第五章 133話 戦果と綱成
1554年12月28日続き
崩れかけた藤堂隊の後ろから、ものすごい勢いで緑の鳳凰の旗と丸に三つ柏紋の旗が来るのが見えた。
左近だ。
その後ろから、鳳凰が全員来ているようだ。助かった。近江か。兵部か。上手くやってくれた。
左近がその勢いのまま、黄八幡の綱成殿とぶつかった。
黄八幡の勢いが止まる。
黄八幡が止まったため、後からついて行こうとしていた大道寺、笠原の隊も止まった。
信輝「今だ!押せ!」
青龍に突撃をさせる。
それが他の隊にも伝わり北条勢を押し包んでいく。
今度は向こうの方で衝撃があった。
足利隊が玄武、麒麟に攻め寄せたようだ。
まあそっちは負けることはないだろう。
問題はとにかく黄八幡だ。
と、次はこちらに向かって猛進してくる一団が見えた。
大道寺隊だ。俺の旗が見えたからか。
盛昌殿だったか。さすが老将やるな。
又左衛門の前田隊が立ちふさがる。
笠原信為殿は足利隊に合流しようと来た方向に方向転換し動き出した。
玄武が挟まれる格好になったが、それをさらに三左衛門が後ろから攻めかけている。
そっちの方でわぁーと声が上がった。今度は何だ。
目の前の大道寺隊と又左衛門もかなり激しく戦っている。
采女の配下が報告に来た。さっきの声のことか。
采女「殿、越前殿が怪我を負われたようです。」
信輝「何!?無事か!?」
采女「長門殿が大膳殿、出羽殿を付けて戦場を離脱させました。長門殿は長尾衆を率いて戦っています。」
信輝「そうか。すぐに医療班のもとへ行くように伝えてくれ。」
采女「ハッ。」
信輝「虎高も一緒に医療班の方へ運んでやってくれ。」
采女「畏まりました。」
まさか越前が。大丈夫か。
だが、今は目の前の敵だ。
又左衛門「大道寺盛昌殿、前田又左衛門利家が討ち取ったりーー!!」
信輝「おお!!又左!よくやった!!」
越前の負傷離脱で悪くなりかけた流れがまたこっちに向いてきた。
包囲陣の中の北条勢もかなり減ってきた。
武田の方を見るとそっちも大蛇が横から攻撃を仕掛けてからは問題なさそうだ。
氏政の本陣はどうするのか。
黄八幡は鳳凰、白虎、朱雀、そこに八咫烏隊が加わり攻めている。
そっちはとりあえず大丈夫か。
玄武の方を見ると、苦戦していたが、麒麟の方から援軍が向かっている。
すごい勢いで敵兵が倒されているのがわかる。伊豆だな。伊豆と長門が揃ったら大丈夫か。最強の二隊だ。
そうすると麒麟が手薄になるのは大丈夫かと見ていたら、今度は右から、誠の旗が足利隊に突撃を仕掛けた。
これであっちも大丈夫か。
また、次は義信隊の方で喚声が上がる。
氏政が本陣を動かして仕掛けて来たらしい。
見ると、晴信殿の隊も乱戦に近付いている。
三左衛門「笠原信為殿、森三左衛門可成が討ち取ったりーー!!」
おお、三左衛門もやったか。
左近「北条綱成殿、島左近清興が生け捕ったりーーー!!」
こっちも!なんと!!生け捕りって!あれをか!
老将二人の討ち死にと、綱成殿を生け捕ったことで、完全に北条勢は勢いがなくなった。
包囲陣の中にいる北条勢は我先にと逃げ出した。
信輝「よし、又兵衛、逃げる者は逃がしてやれ。そしてまた全軍押し上げる。各隊に伝令頼む。」
又兵衛「ハッ。」
あとは、足利隊と氏政の本陣だ。もうほとんど勝ったようなもんだな。
全軍、玄武、麒麟、霊亀が戦っている足利隊の方へ前進していく。
足利隊も激しく戦っている。
そこに横から六連銭の旗が突っ込んでいくのが見えた。
それが最後の決め手となり、なんとか踏ん張っていた足利隊が崩れた。
崩れ出すと早い。あっという間に戦場を兵たちが離脱して行った。
最後は氏政の隊だけになった。
それも長くは持たず、殿に最初から戦っていた黄八幡の残りの兵を残して退却して行った。
その中にいた綱成殿の子息である康成殿も兵たちによって捕らえられた。
危い時もあったけど、なんとか勝ったな。
越前と虎高は大丈夫だろうか。
それにしても北条の被害は甚大だったはずだ。
しばらくはしかけて来ないだろう。
晴信殿の百足衆が来て、この後すぐに、今朝、軍議を行った場所で論功行賞を行うと伝えて来た。
俺は越前を除いた十神隊の将と三左衛門を連れて、武田菱の陣幕に入った。
義信「信輝殿、素晴らしい手並みだった。」
信輝「いえ、義信殿も見事な戦ぶりだった。」
義信「私は戦の指揮をしただけだ。信輝殿の采配の成果として、綱成殿、康成殿を生け捕り、大道寺盛昌殿、笠原信為殿、足利道茶殿、足利義為殿を討ち取ることが出来たのだ。大金星ではないか。」
信輝「道茶殿、義為殿も討ち取ったの?」
義信「聞いていないか。伊豆殿と長門殿がやってくれたぞ。」
信輝「それはまだ聞いてなかった。言ってこなかったから、本人たちも認識していないのかもしれない。」
義信「それはますますすごいではないか。意識せずに大将首を取るとは。」
信輝「そうだね。すごい成果だったな。」
そうか。知らなかった。道茶と義為殿か。そしたら伊豆の領地はどうなるんだろ。考えながら床几についた。
晴信「皆、大義であった。よく働いてくれた。皆のお陰で大勝利じゃ。では論功行賞を始める。」
一同「ハッ。」
晴信「功があった者が多かった。順にあげていくぞ。一番は、綱成殿を生け捕りにした島左近殿じゃ。」
左近「ハッ。ありがたく。」
晴信「次に、大道寺盛昌殿を討ち取った前田又左衛門殿、笠原信為殿を討ち取った森三左衛門殿じゃ。」
又左衛門「はい。光栄です。」
三左衛門「ありがとうございます!」
晴信「最後に、これは首が破損していて確認はできなかったが、道茶殿を討ち取った上泉伊豆殿、義為殿を討ち取った須田長門殿じゃ。」
伊豆・長門「ありがたく。」
晴信「もう一度言おう。皆のお陰で大勝利を収めることができた。本当に感謝している。あとは鰍澤口の報告を待とう。」
一同「ハッ。」
この後、大道寺盛昌殿、笠原信為殿、足利道茶殿、足利義為殿の首実検が行われた。
そして、北条綱成殿、康成殿の番になる予定だったが、晴信殿が二人を捕らえたのは大峰だから、大峰の方で自由にしてほしいと言ってくれたため、二人はここに姿を見せることはなかった。
大峰の陣に戻って来た。
信輝「又兵衛、綱成殿、康成殿の縄を切ってここへ丁重にお連れしてくれ。」
又兵衛「よろしいので?」
信輝「ああ、そうして。」
綱成殿、康成殿が案内されてきて用意した床几に腰掛けた。
二人は縄も解かれ、床几も用意されたことに多少驚いたようだ。
信輝「大峰右兵衛督信輝と申します。」
頭を下げた。
綱成「北条左衛門大夫綱成と申します。」
康成「北条孫九郎康成と申します。」
信輝「お二人は今後どうされますか?北条に戻られるようでしたらお送りしますが。」
綱成「いや、もう小田原には戻らなくてよいと思っております。氏政にはもう愛想をつかしておる。それよりも武衛殿、氏康様が最期お世話になり申した。本当に感謝致す。」
信輝「いえ、心安らかに眠られましたのは良かったですが、私は何もできませんでした。」
綱成「いやいや、氏康様はお主に婿になってもらったときから本当に嬉しそうにしておられた。最期もきっとその武衛殿と春殿に送られ、満足だったことでしょう。」
信輝「そうですか。それで、お話は戻りますがお二人はどうされますか?」
綱成「とりあえず、大峰に立てて頂いた氏康様の墓参りをさせて頂きたい。今後どうするかはその後の話でもよろしいか?」
信輝「そうですか。わかりました。先ほど仰ったように、もし氏政に愛想をつかしていて大峰に住んでいただくとなれば、まだ氏政が帰る前にご家族をこちらに迎える手配をした方が良いように思いますがいかがしますか?」
康成「そこまでお考えくださっていたのですね。父上、お願い申し上げては?」
綱成「武衛殿、忝い。その深い心に春殿も氏康様も惚れ込んだのだろう。お願いしてもよろしいだろうか?」
信輝「わかりました。小太郎。」
小太郎「ハッ。綱成殿、康成殿お久しぶりでございます。」
綱成「小太郎か。久しいな。お主も氏康様を送ってくれたらしいな。感謝するぞ。」
小太郎「いえ。」
綱成「そうか。お主がわしらの家族をか。」
信輝「小太郎、できるかな?」
小太郎「お任せください。」
綱成「小太郎。頼む。忝い。武衛殿、感謝致す。」
康成「武衛殿ありがとうございます。小太郎も済まないな。お願い致す。」
信輝「では、小太郎お願いね。」
小太郎「ハッ。」
信輝「采女、越前と虎高は?」
采女「お二人とも傷は命に別状なく、今は眠っておられますが、明日には目を覚ますでしょう。」
信輝「そうか。よかった。」
よかった。本当に。
激しい戦いだったが、死傷者数は多くないようだ。
ふう。終わった。
こうして笛吹金川の戦いは大峰、武田連合の完全勝利で幕を閉じた。




