第五章 122話 義信と大峰
1554年12月20日
ここ数日は義信殿が俺の屋敷の竹の間に泊まり、見と梅が来賓館の晴信殿のところに泊まっている。晴信殿もかなり快復したようだ。あと二、三日で外にも出られるそうだ。温泉、医療班の治療、食事の効果が大きいらしい。
大峰の財力とその根源を見た義信殿は武田領も同じように富ませたいと考えたらしく、毎日真剣に学んでいる。あまり他領に裕福になられるのも困るのだが、武田とはもうおそらく争うことはないだろうと思い、聞かれたことには答えるだけじゃなく、積極的に何でも教えるようにしている。義信殿は俺の知識の多さにも驚いたようだ。まあわかんないことは『検索』で調べているだけなんだけど。四郎も一緒になって学んでいる。この兄弟がこのまま上手くやってくれれば、武田は裕福になるだろう。
甲斐の国は米がとれる量が少なく、今は金山でもっているが、今のうちに手を打っておかないとそのうち枯渇するだろう。確か史実でもそうだったはずだ。勝頼の代には金の産出量が減ったことで国力が弱まっていたと何かで見た気がする。史実とは違い、信濃の大半も上州もうちが領有しているから余計にそうなるはずだ。
義信殿が泊まるようになってから、朝食は、詩、春、佳、愛、直には侍女たちと西館の食堂で取ってもらっている。
俺は、義信殿と四郎と小姓たちも入れて松の間に運んでもらって朝食を取っている。四郎がいるので、せっかくなら同世代の小姓たちもと思って一緒にした。
小姓たちも大きくなってきた。
普段、小姓たちは、朝、二つある東館の食堂の俺たちが使わない方で朝食を取り、食事が終わると日ごとにだいたい半分交代で俺の供と、特進学校に通っている。
戸隠衆がいるので寝ないで俺の寝所の番をすることは今はもうさせていない。
俺の側に一番長くいるのは、ずっと幼い頃から小姓として仕えてくれている真田源五郎。
次に長くいるのは竹中兄弟の半兵衛と久作、そして奥田三右衛門。
与一も役に立つから結構側にいることが多い。
それに対して巳六はまだ覚えるべきことが多いため学校に行かせていることが多い。
まだ幼かった本多鍋之助と榊原亀丸はこの四年間、ほとんど俺の側ではなく学校で、しっかりと学問、武術の稽古、馬術の稽古、新陰流の修行をした。そろそろ側に置いて色々覚えさせてもいい頃だろう。その分、いつも側にいる源五郎たちも学校に行って学ぶ時間が増える。先日小姓となった北条乙千代丸も学校に行っていることが多い。
というのも、先日ついに学校が、一般学校、特進学校共に開校した。
今まで、祖父のカリキュラムがあったので一門重臣の子は今でいう特進学校で学ぶものを既に学んでいたのだが、今年の初めに計画した、一般学校、特進学校が開校したため、一門重臣の子でなくても優秀な子がいれば、特進で学べるようになった。
校舎は計画通り、岡部、甲良大工たちの手によって、一般学校を三ノ丸の東門を出てすぐの場所に建設し、特進学校は西の馬場門を入った辺りの本丸内部に建設してもらった。
一般の方は、校舎、武道場、食堂、寮があり、一万人が学び生活できる規模で建てられた。
特進の方も一般よりは小さいが校舎、武道場、食堂、宿舎が建てられた。
現在、一般学校は三百人、特進学校は五十人くらいが学んでいる。一般の方は一万人規模のマンモス校にしたいのだがまだまだ程遠い。建物だけが大きい。まだ先日できたばかりなのでこれから徐々に集まって行くだろうが。
講師には、一般の方は教えることに秀でた中級家臣が、領内から集まってきた子たちに教えている。農民や商人、職人の子たちもいる。特進の方は、祖父や、隠居した森越後入道可新殿を中心に、少しでも手が空いた家臣たちがいればその者たちも教えている。今後は、隠居する予定の父上や備後、兵庫殿、主計殿も加わるだろう。そうすると特進の生徒数も増やしていける。そして、特進の新陰流の道場では上泉壱岐師匠が自ら新陰流を教えている。一般の方にもたまに行っているようだ。新陰流の正統を継いだ伊豆も特進、一般に教えに行っている。
今日も松の間で朝食を取っている。
長い机に俺と義信殿が端で向き合った形で、畳の上に座布団を敷いて座っている。
俺の右には源五郎、義信殿の隣には四郎が座っている。そこからは左右に別れ、半兵衛、久作、三右衛門、鍋之助、亀丸、与一、巳六、乙千代丸が座っている。
信輝「義信殿、晴信殿の具合が良くなってよかったね。」
義信殿がそうしてくれと言うので。話し方は対等にした。
義信殿「ああ、信輝殿のおかげだ。以前より体調が良くなったくらいのようだ。何から何まで済まないな。」
信輝「晴信殿はまだまだ若いもんね。33だっけ?」
義信「そうだ。まだまだ頑張ってもらわないと。今のうちに私は色々と学んでおかないとな。」
信輝「うん、本日はどうする?」
義信「本日も堤防と水車について教えてくれるか?」
信輝「では、そうしよう。堤防は昨日見てどうだった?」
義信「理屈はわかったが、川の水の流れや、水車で水を水路に流すことも考えると、ただ配置すればいいというわけではないだろう?そこが難しい。」
信輝「うん、それに雨や雪解け水で水嵩が増したときにどうなるかなんかも考えないとね。」
義信「そうか。天候のことも考える必要があるな。」
信輝「配置とか形が悪いと、出水のときに一か所に力が掛かりすぎて決壊してしまうこともあるらしいよ。」
義信「そうか。難しいのだな。」
信輝「本当は安倍隠岐という家臣を呼んで説明するのがいいのだけど、今上州に行っているからね。」
義信「いや、信輝殿の説明で十分わかるぞ。あとは、私の知識が不足しているだけだ。」
信輝「いや、色々よく知ってると思うよ。」
義信「そうだといいのだが。農業や産業の他にも学べることがたくさんありそうだな。」
信輝「何でも言って。俺が教えられることなら何でも教えるから。」
義信「いいのか?」
信輝「いいよ。武田とはこれからもずっと同盟国であり続けるだろうし。」
義信「ありがたい。ではこれからも頼む。」
信輝「うん、わかった。とりあえず食事を済ませちゃおうか。」
義信「そうだな。」




