第五章 116話 武田家と躑躅ヶ崎館
1554年11月2日
朝、龍岡城を出発し、八ヶ岳を右手に見ながら進み、昼頃、甲斐の領内が見えて来たところで、義信殿が迎えに来てくれているのが見えた。
義信「信輝殿、ようこそ。」
信輝「義信殿、わざわざありがとうございます。」
義信「ああ、見も来たそうだな。梅が帰って来たところだから助かるよ。」
信輝「梅殿は大丈夫ですか?」
義信「ああ、かわいそうだけどな。無事でよかった。」
信輝「そうですね。」
義信「氏政殿はあのような方だったし。それに氏政殿が16なのに梅はまだ10だ。それもあったのだろう。信輝殿は見を大事にしてくれて感謝しているよ。」
信輝「はい。こちらこそ姉を大事にしてくださっているようでありがとうございます。」
義信「おう、潤がいれば側室はいらないと思っているくらいだ。子も生まれるし。まあ、見を信輝殿に側室にと押し付けておいたこちらが言うことではないが。」
そう言って義信殿は笑った。
あまり暗い感じでもないのでよかった。
そのまま話しながら躑躅ヶ崎館に入った。
俺たちは大広間へと通された。
義信殿もそのまま大広間へ。
すぐに晴信殿が現れた。
晴信「武衛殿よくお越しになられた。」
信輝「ハッ。晴信様におかれましてはご壮健そうで何よりでございます。また、先日は御自ら木曽までの援軍誠に忝く。お礼もかねて些少ではありますが進物をお持ち致しました。どうかお納めください。」
晴信「おう、感謝するぞ。大峰の物は珍しいものが多いからな。此度は見も連れて来てくれたそうだな。それも気遣い感謝するぞ。」
信輝「はい。」
晴信「見とは後で会おう。数日泊って行ってくれんか?梅の話は聞いたな?」
信輝「はい。北条とのことお話しするのが遅くなり申し訳ございませぬ。」
晴信「よい。氏康殿も残念であったな。」
信輝「はい、その話も含めて、いくつかお話しても?」
晴信「ああ、よいぞ。」
俺は足利家の話から、大峰の話、義輝様が生きていること、細川連合の話、北条家の内乱、鎌倉公方の話まで、ここ数年で知りえたことのほとんどをまとめて話した。
晴信殿と義信殿はその都度、驚きながら真剣に聞いてくれた。
晴信「なんと、そのような話だったとは。北条はややこしいことになったな。梅も返してもらえてよかったかもしれん。京の新政権もそのようなことだとはな。そして、武衛殿、お主も源氏の同族であったのだな。多少遠いが。見もいいところに嫁に行けてよかったわ。なあ義信。」
義信「はい、色々と驚きました。我が武田としてはどのように処すべきか考えどころですね。」
晴信「それは決まっておる。大峰とともに北条、今川、細川連合と戦うまでよ。」
義信「はい、そう致しましょう。」
わざと義信殿は武田の方針がわかる様に促して言ってくれたな。
信輝「ありがとうございます。つきましては友好の証に、兵糧を送らせて頂きます。」
晴信「おう、それは助かる。だが、信濃も今年は厳しいと聞いたぞ?」
信輝「はい、領内の収穫は厳しかったのですが、貯えがあったことと、今、奥羽の米を買っておりますので。」
義信「さすが。」
晴信「そうか。では遠慮なく頂こう。そうしてもらえるなら来年にも、北条領となった、富士郡、駿東郡に侵攻したい。」
信輝「はい。援軍に参ります。」
晴信「上州の方は大丈夫か?」
信輝「はい、上州からも南に兵を向かわせます。」
晴信「そうか。そうしてもらえるとありがたい。」
信輝「時期はいつ頃をお考えでしょうか?」
晴信「そうじゃな。一月末か、遅くとも二月頃には。」
信輝「わかりました。」
晴信「また使者を送ろう。その時は宜しく頼む。」
信輝「はい。」
晴信「大峰が何かあった時には駆けつける故、そちらも遠慮なく申して欲しい。」
信輝「わかりました。ありがとうございます。」
晴信「表向きの話はここまでに致そう。別室に簡単に食事の用意をしておる。夜はまた別に宴に致そう。義信、梅と見も呼んで参れ。」
義信「ハッ。」
信輝「ありがとうございます。食事にと面白いものをお持ちしておりますが、ご覧頂いても宜しいでしょうか?」
晴信「おう、では別室に持ってまいれ。」
信輝「わかりました。」
広めの部屋に通された。
食事は、湯漬けの用意をしてくれていた。
備前、肥後、陸奥、采女、又兵衛の分も準備してくれてあった。
晴信殿に連れられて、俺たちが部屋に入り席に着くと、義信殿が兄弟たちを連れてやってきた。
晴信「おう。義信すまんな。」
義信「いえ。」
なんとなく、史実を知っているから、晴信殿と義信殿の何気ない会話とかが気になってしまう。仲はすごくいいようだ。
晴信「武衛殿、紹介させてくれ。わしの子たちだ。ここにおるのは上から義信、梅、見、四郎、真理だ。」
義信「皆、挨拶せよ。」
梅「梅と申します。妹がお世話になっております。」
四郎「四郎と申します。」
真理「真理です。」
信輝「大峰右兵衛督信輝と申します。宜しくお願いします。」
俺も頭を下げた。これが勝頼か。大きい子だな。
皆綺麗な顔をしている。皆母親似かな。
でもどうしても梅殿が気になってしまう。大丈夫かな。
それに気付いたのか梅殿は俺の方を見て微笑んだ。
ヤバい。気を遣わせてしまった。
晴信「皆、席に着きなさい。武衛殿が面白いものを食べさせてくれるそうだ。」
皆俺の向かい側の席に並んで座った。
見は俺の隣の空けていた席に座った。
俺の正面が晴信殿で、義信殿、梅殿、四郎殿、真理殿は乳母に付き添われて座った。
信輝「では、又兵衛。」
又兵衛「ハッ。」
又兵衛に準備していたものを出してもらう。
信輝「まずは干し果実です。どうぞ召し上がってください。」
干し果実は砂糖を使って少し甘くしたものを持ってきた
晴信「おお、これは面白い。」
義信「甘いですね。」
梅「美味しいです。」
四郎「うまい!」
見「美味しいでしょう?信輝様、私からも紹介させてください!」
信輝「ああ、じゃあ次はこれだ。」
パンは柔らかく焼いたもの、バターは有塩のものを持ってきた。
見「はい。これはパンといいます。こっちのバターというものをつけて食べると美味しいです。」
晴信「これも面白いのう。」
義信「食べたことない味じゃ。」
梅「不思議な食べ物ですね。」
四郎「さっきの方がうまい。」
見「これは干し肉とチーズです。」
晴信「これは酒が飲みたくなるのう。」
義信「そうですね。後程の宴に出してもらえるといいですね。」
梅「美味しいですね。」
四郎「これも上手い!」
見「これはジャガイモとサツマイモです。」
晴信「ほう、美味いな。」
義信「これも美味いな。」
梅「美味しいですね。」
四郎「うまい!」
蒸かした芋が意外と好評だった。
信輝「持って来れる物はこのような物でした。あとは酒を持ってきています。それと、トマト、ナス、玉ねぎ、ジャガイモ、サツマイモの野菜をお持ちしていますので、また後で調理してお召し上がりください。もしよろしければ私が調理致します。そして最後にお召し上がりいただいた芋は、おそらく甲斐でも育てられるのではないかと種芋をお持ちしています。こちらももしよろしければ私がここにいる間に育て方をお教えしましょう。」
晴信「おお、そうしてくれ。武衛殿は調理もするのか。是非頼む。その芋も教えてくれると助かる。忝いな。」
見「父上、信輝様はお料理がとてもお上手なんですよ。」
晴信「そうか、見はいつも食べさせてもらっているのか?」
見「そうです!とても美味しいのです!」
晴信「それは楽しみだのう。」
義信「信輝殿は何でもされるのですね。私も食べてみたいです。」
信輝「では後程やってみましょう。」
梅「楽しみですわ。」
四郎「楽しみです!」
晴信「では、湯漬けを頂くとしようか。部屋は供の者たちの分も用意させてある。ゆっくりしていってくれ。」
信輝「はい。ありがとうございます。」
こうして躑躅ヶ崎館に数日間逗留させてもらうことになった。




