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 私はもう既に、周りが見えなくなってしまっていたのだとこのとき気づくべきだった。だんだんと友人たちに勉強に誘われなくなり、遊びにも誘われなくなり孤立していった。

 いや、実際には気づいていたのかもしれない。それでも彼女に必要とされることがまんざらでもなく、そのまま堕ちていった。

 大学に行かなくなった。付きっきりで彼女に数学を教えた。

「大学行かなくていいの?」

「行かなきゃね。」

 いくら鈍い彼女でも、私の変化、異変に気づいていたに違いない。もう自分ではどうしようもなかったのだろう。

 そんな中でも誤魔化しながら私は彼女に数学を教え続けた。

 彼女の成績はとどまるとこを知らずに伸び続けた。私が嫉妬するほどに。

大学入試の背景までわかるほどではないにせよ、一般的な受験生を母集団としたときの偏差値五十五から六十くらいはあったと思う。最高で六十ちょっと。

 私の全盛期の偏差値七十八には及んでないことが救いだった。それだけできるようになってしまえば、私は用済みだ。

 年末。

 私はもう既に大学に行かなくなっていた。授業で何を学んでいるのか、テスト範囲はどこなのか、そもそもテストはいつなのか。わからなかった。

 縦の繋がりはもうなくなってしまった。所詮、この程度の繋がりだったんだ。連絡も来ないから過去問ももらえない。もらったとこで勉強できないのだが。加えて、出席日数も足りていない。これだけで退学は確定かもしれない。

 自分はもう何も見えなくなり、彼女に依存していった。

 いざ自分が依存する側になると、第三者の視点から物事をみつめるのはできない。彼女とその彼氏が陥っていた共依存の関係に自分も成り下がっていたのに気づいたのはずっと後のことだった。

 なぜ突然泣いたり怒ったりしていたのかわからない。普段はめったに感情を顕にしないこの私が。

「うるさい!」

「ごめん。」

「ごめん、おれが悪かった。」

 日に日に彼女は弱っていったが、そんなことに私は気づくこともなく、いわゆるDVを繰り返した。

 それでもなお彼女が私から離れなかったのは共依存だったからだろう。さらに私の家をでるといよいよ行くあてがなくなる。いつのまにか追い詰めていた。

 もっと、もっと、もっと早く気づくべきだった。

 そんな関係がセンター試験まで続いた。彼女の頬や腕、足には多くの痣がつき、醜い有様になっていた。

 当日。

 ちらちらと雪が降っていた。凍てついた空気の中、二人は会場に向かった。

「頑張ってくるね。」

「頑張れ。いってらっしゃい」

 私にそんなことを言う資格はなかった。数学は教えた。両親には内緒だが、衣も食も住も提供した。

 結果どうなったのか。彼女を振り回してしまった。初めは彼女が私を振り回していると思っていた。時間が経つにつれて、いつのまにか、気付かぬうちに私が彼女を翻弄していたのだ。目隠しをして茨の道を進んでしまっていたのだ。

 彼女に、彼女の彼氏に、彼女を取り巻く人に示しがつかない。

 このときようやく共依存を認識したのだ。

 それからDVはしなくなった。どれだけ酷いことをしていたのか。勃然と憤怒が湧き上がった。

 ようやく俯瞰的に見えた気がした。同時に自暴自棄になっていた。私は今何をしているのだろう。テストは、数学は、単位は、彼女は。

 彼女の数学はどうなったのか。

 自己採点をさせた。

「だめだった。」

 悔しさを堪え、彼女は笑った。

「頑張ったんだけどなー。」

「だめだったなー。」

 だんだんと目に涙を浮かべ、やがて号哭した彼女は見るに耐えなかった。私はそっと目を逸し、彼女の肩を抱き寄せた。あのとき再会したときの天候のように心に雨が降っていた。

 私がテストの日程を知ったのは、テストが始まってからだった。もうどうしようもない。テスト勉強はしていない。テスト範囲も知らない。

 全てのテストを欠席した。

 当然ながら、単位は取れなかった。

 必然的に、大学の規定通り退学となった。

 心に思い浮かんだのは何もなかった。この半年、いろいろやってきたのに、何も浮かばなかった。感覚が麻痺していた。

 彼女も同様だったのだと思う。

 全て私の責任だった。あの日あの時、彼女と再会していなければ、提案を断っていれば。

今更何をやっても遅い。彼女も私も行き場のない不安や畏れに苛まれ、抗いようがなかった。救いようがない。

 二月初め。

 半年前に再会したあの喫茶店に行くことにした。

 その日は空気の冷たさが肌を刺したが、雲ひとつない青空。あの日出会ったときと正反対の空模様だった。

 ここの喫茶店は勉強にも使っていなかったので長らく足を運んでいなかったが、幸いにも潰れずに営業をしていたようだ。

 二人はコーヒーを頼み、私は煙草に火をつけた。二人は何も言葉を交わさず、何時間も過ごした。やがて、彼女の声が乾いた空気を震わせ、私の耳に届いた。

「いこっか。」

 彼女は笑った。


人生初めての小説執筆でした。


良いところ悪いところ含め、感想、批評、評価等々待ってます。

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