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油絵の具で表した黄昏

作者: 穢田 こころ

秋の入口に立つ季節、夕日はまだ沈む前で、僕の住む街は暖かい色に溢れていた。家々の外壁が白からオレンジに変わり、緩やかに流れる川の水面が、キラキラと目に光を刺した。


河原に座る僕は、絵描きのおじさんをチラと見上げる。おじさんはイーゼルを立てて絵を描いている。パレットから筆を離し、キャンバスに色をつけた。オレンジ色の油絵の具と、青々とした草の匂いが、湿気と混ざりながら鼻をつく。夕日はまだ沈んでいない。


おじさんはキャンバスに向かいながら、「何かあったのかい」と僕に聞いた。何もないよ、と僕は答えた。言ったあとで、何もなければこんなふうに答えないのかな、と思っから、また何か聞かれないか心配になった。


おじさんは絵を描いている。東の空は紫色が侵食していて、光の雲は反対側に濃い影を落としていた。


僕は今、人生で二度目の恋をしていて、人生で二度目の失恋を経験しようとしている。


けいすけの言葉が本当なら、あの娘には好きな人がいる。僕は一年間も片思いを続けたのに、ようやく挨拶が出来るだけだ。でも、それだけで幸せだった。会えない週末がつまらなくて、あの娘に会って、おはようとまたねが言える明日を、僕は何よりも楽しみにしていた。


でも、そんな毎日ももう終わる。あの娘には好きな人がいる。それだけで僕は、絶望に落ちる。ああ、馬鹿みたいだ。考えていると、涙が出そうになった。


絵描きのおじさんは、僕の方を見ようとしなかった。でも、おじさんの背中は優しい空気を背負っているふうに見えた。


僕は声が震えないようにおじさんに聞いた。


「ねえ、おじさん。僕の人生は悪いことばかり起こるんだ。これから先もずっとそうなのかな。」


おじさんは雲を描いていた。綺麗な形の雲だった。極東の空には、もう夕焼けは届いていなかった。


「ここにコインがある」おじさんが言った。おじさんの声は、春から夏にかけて吹く風のようだった。「コインの表が幸せで、裏が不幸せとしようか。5回だけなげたら、全部裏が出るかもしれない。でも一万回なげたら、裏も表も、だいたい半分ずつくらいになるだろう。」


「5回裏が出たくらいで嘆くなって言いたいの?」


「それもそうだが、表が出て嘆いていたら、全部裏が出たのと変わらない。裏が出ても気にとめなければ、全部表が出たのと同じだ。そう思わないかい。」


「僕はそんなふうにポジティブにはなれないよ」


「それならせめて、裏が出たのか表が出たのか、よく確かめてから悲しみなさい。」


僕は黙ってしまった。夕日は沈み、空は闇が強くなっていた。川面に反射していた光は失われ、夜の匂いがした。


「見てごらん」おじさんは東の空を指さした。三つ四つ、星が出ていた。「あれを描きたかった。この絵の主役さ。」


僕は立ち上がって、空を見上げた。その時、シャツの内側に風が走り、僕の肌を撫でた。夜空から川に視線を落とすと、暗い水面には三日月が揺れていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 秋の入口の夕暮れが目にうかぶように、美しく描かれていて、引き込まれました。 絵描きのおじさんと僕の会話をお話の核に据えて、最後の三日月の場面はまさに絵画のように美しいお話でした。
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