鏡
鏡ってあるじゃない?反射して自分の姿が映るやつ。
鏡ってどうやって作るか知ってる?
鏡ってさ、ガラスの板に金属をつけて作るんだ。
それで、マジックミラーってのもあるじゃない?それは鏡よりも付ける金属の厚みを薄くするんだってさ。だから片方からは反射して、片方からは普通に見えるんだって。
でもあれ、マジックミラーって、より明るい側が反射して見えるらしいんだ。だから、外側よりも内側の方が明るかったら外から内側が丸見えなんだそうな。
うちの職場もさ、フロアとバックを隔てる扉にマジックミラーがついてるんだよ。やらしい意味じゃなくて、突然扉を開けて、すぐそばにお客さんがいたらぶつかっちゃうでしょ?それを確認するためについてるのさ。外から見ると鏡だからさ、時々お客さんが顔とか見てるのがわかるのな。変な顔して。
ま、それは置いといて。結構前からバックにある流し(台所にあるシンクのこと)のとことの電気がつけっぱなしだったんだ。もちろん、電気が点いている事に気がついたら消してたよ。でも、何度消してもつけっぱなしにする奴がいるみたいなんだな。で、スタッフの人たちに聞いてみる。もちろん社員の人にも。ところが誰も身に覚えがないそうな。
おかしいよね。電気が勝手につくわけないんだ。紐を引いてつけるタイプの電気だから、誰かが点けないとつかないわけ。まあ、みんなに聞いたわけだし、これで勝手につくこともなくなるだろう。そう思っていた。
しかし電気は次の日も、また次の日もついていた。誰もこの時間はバックに用はないのでつけるはずがないのだがついていた。ということにため息をつきながら今日も消した。
ある時の事だった。ふと、バックに通じるミラーに目をやると、電気はついてないないようで、売り場からバックの中は見えなかった。それが本来当たり前の事なのだ。安心、安心。そう、思ったときの事だった。
カチッ。紐を引っ張る音だった。
バックの流しの電気がつき、売り場からバックの中が見えた。
おかしいよね。今日出勤しているスタッフは今、全員売り場に出ているはず。
レジに一人。売り場に二人。お客様の対応に一人。計五人……。じゃあ誰が?
恐る恐る中を覗くと、流しの前に女性が立っていた。女性だということが分かったのも、ぼさぼさの髪を腰まで伸ばしていたから。でも、そんなスタッフはうちのお店にはいない。おいおい、勝手に入って不法侵入か。と思い、注意しようとドアノブに手をかけた。
すると女性はゆっくりと首を捻ってこちらを見た。肌の色は青白く。目の焦点は合っていない。その普段見ないような不気味なたたずまいに、背筋が凍り、ノブから手を離した。
それでも女性から目が離せない。女の口がゆっくりと開いた。何か、言っている。そんな気がしたが声は聞きとれない。
女性から目を離さないまま、意気込んで扉を開けた。
扉を、開けた。
開けたが、そこには誰にもいなかった。いつもと同じ。バックの、流しの所の電気がついているだけ。さっきまで見ていたのは誰だったんだろう。そしてあの女性は何を言ってたんだろう。
家に帰ってもそのことだけが頭をめぐる。
明日も、明後日も、同じように電気を消した。誰も消そうとしないから。