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笑顔

 僕が最後に見た君はいつも通りの笑顔だった。

 十年ほど前、僕は親の都合で東京へと引っ越すことになった。いつも仲良く遊んでいたあの子に別れも言えず。引っ越しの数日前に「じゃあ、またね。」と言われたきり、あの子の姿を見ていない。それでも、あの笑顔だけが僕の脳裏に焼きついたままだった。あの子の事を親に聞いても、友達に聞いても、先生に聞いても事故だ誘拐だとみんな意見がバラバラで確かなことは誰一人として知らなかったのだ。それでもあの子は突然僕の、僕達の前から姿を消したのだった。

 仕事も落ち着いて、十年ぶりくらいにこの街に戻ってきた。十年も経つと駅周りは様変わりしていた。高いビルが建っていたり、よく行っていた書店などが無かったり。すっかり都会に一歩踏み出していた。それでも駅から少し離れるとそこは僕の記憶とはあまり変わりのない光景があった。僕の住んでいた住宅街や学校、雑木林などもまだ残っていた、さすがに子供のころにつくった秘密基地はとっくになくなっていたけれど、驚いたのは学校近くの駄菓子屋のばあさんがまだ生きていたことだった。僕が子供の頃には既に腰を曲げたばあさんだったのに、今も変わらずばあさんだった。

 ふと、あの子とよく遊んだ神社が見えた。山に面した神社で、長い階段を登り本堂にたどり着くにはさらに長い石畳の道を歩かなければならない。この階段から道に掛けて真っ赤な鳥居が全部で煩悩の数だけ均等に並べられていた。子供たちはみなそれが怖くてあまり近付かなかったけれど、僕はあの子とよく遊んでいた。この神社で何を祀っていたのかは……覚えていない。

「懐かしいな……。」

 階段を見上げると、僕を後ろから押すように風が吹き、鳥居の中へと抜けて行った。来いってことか?なぜだか、誰かに呼ばれたような気がした僕は足早にその階段を上へ上へと登って行った。頂上まで着く頃には僕の息は切れていた。子供の頃は難なく登れた気がしたのに、改めて体力の低下を感じる。ぜーはー息を荒げていると、どこからか女の子の笑い声が聞こえた気がした。顔を上げると石畳の道にあの子が昔のままの姿で立っていた。一瞬驚いたものの、ずっと会いたかった彼女を前に涙が零れそうになった。

 あの子は少し笑うと神社の本堂の方へとかけて行った。それを追いかける僕。体力の限界はとっくに迎えているはずなのに、何故かあの子を追いかけることだけはできた。本堂のある広場まで着くと、あの子は本堂の横の小さな祠の前に立っていた。決して開けてはいけない祠、それをあけろと言うのか?何を聞いても不思議とあの子は答えてはくれなかった。僕はその真意を知るために祠を開けた。するとそこには僕宛ての封筒が入っていた。

「これは……。」

 辺りを見回すとさっきまでいたあの子はいなくなっていた。

 封筒を開けると、手紙が入っていた。封筒の宛名も手紙の文字もあの子の字に似ていた。

“こんな形でごめんね。一番仲が良かった君にだけは直接お別れを言おうと思っていたんだけど、間に合わなかったみたい。突然いなくなっちゃってごめんなさい。信じられないとは思うけれど、私ね、この神社の次の……君がこの手紙を読んでいる頃には今のかな?神様に選ばれちゃった。ごめんね、勝手すぎるよね。私もそう思った。でも神様に選ばれるってすごくない?なんて強がってみちゃったり。本当は怖いんだ、私も。

“こんな形でごめんね。一番仲が良かった君にだけは直接お別れを言おうと思っていたんだけど、間に合わなかったみたい。突然いなくなっちゃってごめんなさい。信じられないとは思うけれど、私ね、この神社の次の……君がこの手紙を読んでいる頃には今のかな?神様に選ばれちゃった。ごめんね、勝手すぎるよね。私もそう思った。でも神様に選ばれるってすごくない?なんて強がってみちゃったり。本当は怖いんだ、私も。もっと君と一緒に居たかった。でも町は神様も力によって守られてるから神様がいないと災害が起こったりいろいろよくないことが起こるんだって。だから、しかたなくね。神様になっちゃったら人間には姿は見えないし、もし見えたとしても、それは私の一部で会話することはできないみたい。だから、私を見かけたら、怖がらないで寄り添って、いろんな話を聞かせてあげてね。PSどういう形であれこの手紙を見つけてくれてありがとう。ずっと、最後まで言えなかったけど私は君のことが好きでした。

「僕も………だよ………。ばかやろう。」

 振り絞るような声を出し、僕は手紙を握りしめ、うずくまり、静かに泣いた。

 大人になってからこんなにも初めて泣いた気がする。

 頭を撫でられたような気がして顔を上げるとあの子がいた。そうだよな、泣いてばかりじゃいけないよな。

 立ち上がりあの子と手を繋ぎ石畳の道を歩いた。昔はあの子の方が背が高く僕よりも大きな存在に感じたのに、それもこんなに小さかったんだな。長い階段の横にさらに上の展望広場に続く階段があるそれを登り、広場のベンチに座り、そこから見える景色を見た。子供の頃は気が付かなかったが、街を一望できるこの広場から見える景色はいつものコンクリートジャングルにはない懐かしい心揺さぶる景色だった。

僕は隣のあの子に一方的にいろいろ話した。引っ越してすぐの事、高校、大学、そして社会人になってからの事。あの子は微笑んで僕の話を聞いてくれた。

時間も忘れて話し込んでいると辺りは夕暮れ時になっていた。夕日によって朱に染まるこの街は僕をどこかノスタルジックな気分にさせた。

「最後に、君にまた会えてよかったよ。僕も、君の事が好きだよ。」

 そう言うとあの子は目からひとすじの涙を零し、今日一番の笑顔を見せてくれた。そして、僕を手招きすると、僕の頬に口づけをした。

 それから僕は毎年のように故郷へと帰り、あの子にあった出来事を話し続けた。いつまでも。いつまでも 年をとっても これからも。    


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