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僕と彼女とこれからと

 僕の彼女は無口だ。

 付き合いたての頃は沢山話した記憶がある。その日あったこと、見たテレビ番組、好きなお笑い芸人、嫌いな食べ物。どんなことでもお互いにたくさん喋りあった。

 同棲を始めてからもう三年ほどになるだろうか。少しづつお互いの口数は減っていった。それでも僕は彼女の事が好きだし、彼女も僕の事を好きでいてくれているだろう。そう思うのは僕の一人よがりなんかじゃなくちゃんと僕の話は聞いてくれるしそれに反応だってしてくれる。長く一緒に過ごしてきたからもう言葉なんか交わさなくたって意思の疎通ができるという彼女なりの暗示なのだろうか。まあ、僕の方も彼女の仕草、表情の変化で何を思っているかわかっているつもりだし、今のこの生活に何一つ不自由を感じていない。

 カーテンから漏れる朝日に目を覚まし、彼女よりも先に僕は起きる。布団をめくると、まだ寝息を立てて彼女が寝ていた。黒くて長い髪の毛に寝癖が付いており、僕は彼女の頭を優しく撫でる。そうすると彼女は目を覚ました。

「朝だよ。」

 そう声をかけると彼女はまだ眠たそうな目を擦りながら微笑んだ。こうやって彼女を起こす。それが僕の日課だった。

 布団から起き上って洗面台へと向かう。顔を洗って目を覚ますと僕は台所に立った。

「朝ごはんはパンでいい?」

 まだ布団にいる彼女にそう聞くと、一度頷いた。

 お皿にバターロールとハム、それからキャベツの千切りとスクランブルエッグを乗せたプレートを二枚机まで運ぶ。飲み物はオレンジジュースだ。手を合わせていただきますをすると食べ始める。僕が食べ終わっても、彼女のプレートにはまだほとんど食べ物が残っていた。彼女はかなりの小食なのだ。彼女が手を合わせて申し訳ないような顔をすると、それがごちそうさまの合図。僕のお腹に余裕があるときは彼女の残した分を食べてあげることもあるけれど、そうでないときはもったいないけれど、『ごめんなさい』をしてしまう。

今日はもったいない方だった。

 朝ごはんを食べ終わると一緒に歯を磨いた。歯を磨き終わったらテレビをつける。いつも通り、朝の情報番組をつけた。ここまで毎日変わりなく行っている事である。今日もいつもと同じだ。

 僕の仕事は家でパソコンを使って行う仕事なので一般的なサラリーマンのように決まった時間に家を出るなんてことはなかった。時々は色々な事情で本社に行くことはあるけど、基本的には家にいる。それでも彼女としっかりと二人で生活できるだけの稼ぎはあるから問題はないだろう。前は僕だって朝から夕まで外で働いていたさ。この仕事に切り替えたのも彼女と同棲を始めてから。少しでも長い時間彼女と一緒に居たかったからだ。

 それに請け負っている仕事が終わってしまえば次の仕事が来るまでは自由な時間が過ごせるというのも魅力的。ちなみに今の仕事は二日前に終わっているので今日も僕はフリー。つまり彼女と楽しい時間を過ごせるって訳だ。

「ねぇ、今日は何をしようか。」

 そう聞けど、彼女はいつも迷った顔をする。だから僕が何をするか決める。

「よし、今日はオセロをしようか。そこの棚にあるからとってくれる?」

 僕はオセロを机に広げた。じゃんけんに負けたので僕は白の方を使う。

「よし、やるか。」

 彼女から打ち始める。最初の方は白の方が優勢だったにもかかわらず、中盤にかけて黒の色が多くなってきた。

「やるなぁ。さすが、でも僕だって負けないよ。」

 そうは言うものの、圧倒的に黒の方が優勢なことは分かっていた。で、結局僕は負けてしまった。

「あーあ、負けちゃった。悔しいなぁ。」

 そう言って負けた僕の方がオセロを片付けた。

「なにか欲しいものある?って、ケーキか。」

 というと、彼女は満面の笑みを浮かべて頷く。

「じゃあ買に……一緒に行くか。」

 そう言うとこれまた頷いた。

「自転車の鍵はーっと。これだな。ほら、靴履いて。出るよー。」

 手を引き外に出る。

「カギはちゃんと閉まったかなっと。よしオッケー。じゃあ行こうか。ほら、後ろに乗って。」

 と、急かすと、彼女は自転車の荷台にちょこんと乗った。

「よし、しゅっぱーつ。」

 気合いを入れるとペダルをこぎ始め自転車は前に進む。次第にスピードが出て風を感じられるようになる。

「日差しが結構あるな。帽子持って来ればよかったね。暑くない?大丈夫?」

 と声をかけると彼女は僕の服をつかみ微笑んだ。

「そっか、大丈夫そうだね。」

 少し走ると目的のパン屋さんに着いた。入口のドアを押して店内に入ると焼きたてのパンの良い香りが僕と彼女の嗅覚を刺激した。

「お、このパン新しいやつだな。おいしそう。買うのは…いつものでいいかな。」

 と、注文しようとすると、いつものショートケーキではなくモンブランを彼女は指差した。

「そっか、たまには違うのにするか。あ、すいません、このモンブランください。」

「はい、森のモンブランですね?260円になります。」

「じゃあ千円で。」

「かしこまりました、こちら740円のおつりです。」

 それを受け取ると、店員のお姉さんは手際よくモンブランを箱に詰めていった。

「あ、お召し上がりまでどのくらい時間あります?」

「そうっすね、15分くらいですかね。」

「わかりました。じゃあ、今日日差し強くて暑いのでドライアイス少し多めに入れておきますね。」

「あ、ありがとうございます。」

「はい、こちら商品の方になります。ありがとうございました、またおこし下さいませ。」

 ケーキを受け取ると、自転車の所で待つ彼女の所に戻った。

「さ、帰るか。」

 行きと同じように帰りも彼女を後ろに乗せて走る。なぜか帰りは6つある信号にすべて引っかかった。まるでかごに入れてあるケーキをダメにしたいかのように。

 家に帰ってもケーキの箱はまだヒンヤリしていた。あのお姉さん本当にいっぱいドライアイスを入れてくれたようだった。

「さ、お食べなさい。」

 お皿に盛ってフォークと共に彼女の前に置く。長い髪を片方かきあげケーキを食べる彼女。僕はそれをただ眺める。彼女を見ていることが好きなのだ。ご飯を食べている時も、寝ているときも、テレビを見てる時も、料理を作ってくれていた時だって。いつだって彼女は可愛い。

「あれ、もういいのかい?」

 申し訳なさそうな顔をして残りのモンブランを僕に差し出してきた。それを僕は食べ、美味しいねと言うと、彼女の顔はついさっきとは打って変わって笑顔になった。

「美味しかった?」

 と、聞くと笑顔で頷いた。

 モンブランを食べ終わり、皿を洗うと、僕は洗面台に水をためた。ある程度水が溜まったところで彼女を呼んだ。

「これ見て、さっきケーキに入ってたドライアイスなんだけどさ、」

 と、箱の中のドライアイスを洗面台に溜まった水の中に落としていった。するとブクブクと泡をたてながら水面は白い靄で覆われた。僕と彼女はそれが溶けきるまでしばし観察していた。その途中で残りのドライアイスをトイレの中に入れて神秘のトイレとか靄がかかってるトイレに言ってみたら思いのほかウケた。

 一通りその観察が終わると部屋に戻った。部屋に戻ると携帯電話に一通メールが届いていることに気が付いた。差出人は付き合いの一番長い友達からだった。

 一瞬、何か嫌な予感みたいなものがしたけれど僕はそのメールを開いた。

 メールの内容はごく平凡なもので、感じていたものは取り越し苦労で済んだようだ。

“お疲れ。今度久しぶりに遊びに行ってもいいか?”

「ねえ、友達が今度遊びに来てもいいかって聞いてきてるんだけれど、どう?」

 彼女に聞いてみると、一瞬考えたような素振りを見せたものの、頷いて承諾してくれた。

 彼にいつにするかと返信を送ってみると、すぐに返事が返ってきた。

“あーじゃあ一週間後でいいか?”

 そう返ってきた。

 一週間後か。大丈夫だな。

 そう返すと、わかった、ありがとうとだけ返ってきた。

 それから一週間、特に変わったことは無く、いつも通りの毎日だった。彼女と一緒に買い物に行き、彼女と一緒にご飯を食べ、彼女と一緒に洗濯に行く。洗濯に行った時なんかは一緒に近所の猫と遊んだりもした。とても楽しかった。でも、なぜか日に日に彼女は元気をなくしていってる気がした。心配になってどうしたのか尋ねてみても、微笑んで首を横に振るばかりだった。僕には彼女が無理をしているのが分っていた。

 ところが友達の来る前日には彼女は元気を取り戻していた。

 昼ご飯の材料を買いに行って、家で作った。簡単なものだけどおいしくできたつもり。

 ご飯を食べながら映画を見ていた。彼女は左横にいて一緒に映画を見ている。

 ねぇ、ここがさ。と、いろいろにしゃべれども彼女は頷くばかりだった。

 物語も佳境に入ってきたところで玄関のチャイムが鳴った。どうやら友達が来たようだった。

「空いてるよー。」

 そう言うと、ドアが開いた。

 案の定ドアを開けたのは友達で、靴を脱ぎ家の中に入ってきた。

「お、映画見てたのか。」

「うん。」

「おまえ、これ好きだよな。」

「まぁ。」

 と、友達は僕の右隣に座った

「お、俺の分も飯用意してくれてたのか。すまんな、遅くなって」

「え?これはかのじょ……。」

 左を見るといつの間にか彼女は忽然と姿を消していた。

「彼女?おまえ…」

「あれ?いない……さっきまでここにいたのに……。」

「お前まだそんな事言ってるのかよ。現実見ろよいいかげんにさ!」

「ねえ、どこ……どこに行ったんだよ…。」

「おい!話聞けよ、なぁ、お前の彼女はとっくに死んでるじゃないか!二年も前にさ!一緒に葬式だって出たしあの子の家まで行って遺影の前で手だって合わせたじゃないか!いつまで幻想見てるつもりだよ!現実見ろよ!」

「う……う…ああああああああああああああああ!」

「なぁ…なぁ。帰ってきてくれよ。」

 雨音と、テレビから出る砂嵐の音だけが部屋に響いた。

 気が付くと、雨は止んでいた。傍らには彼女……ではなく友達が。

 落ち着いた僕はうつろの目ですべて聞かされた。彼女が死んだ日の事。どういう風に死んだか。それからの僕。

 それが自分とは思えなかった。あまりにも衝撃過ぎて。

 でも思うことがあった。僕の中で、彼女はそれだけ大切で、かけがえのない存在だったこと。だから、いつまでも僕は彼女の事を忘れないでいようと思う。


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