ファインダーにうつるもの
彼のファインダーには、たくさんのモノが映し出されていた。沢山の空。沢山の景色。沢山の人たちの笑顔。
しかし、彼が本当にそのファインダーに収めたいものは一枚も映し出されていなかった。
彼の友人が、彼に本当に写したいモノは何かと尋ねると、彼はほんのり顔を赤らめながら、
「好きな子の笑顔」
とだけ小さな声で答えた。
照れくさそうな素振りを彼が見せていると、その友達は微笑んで、任せろと一言だけ言った後、どこかに電話をかけ始めた。
しばらくして電話を切ると、右手の親指を立ててグーサインをつくった。しかし、彼は状況がよくつかめていない模様なので、その友達はいきさつを説明した。
電話は、彼が思いを寄せている人にあててしたもので、彼がキミの写真を撮りたいことをその子に伝えると、その子は喜んで承諾してくれたようだった。
今から会えるようにと約束を取り付けてくれたその友達は、彼にその場所を書いた紙を渡すと、用事を思い出したからと言ってそそくさとどこかに行ってしまった。
直接、表には出さないが、彼は内心ではとても喜んでいた。
彼はすぐさま紙に書いてある場所に向かうことにした。
冬の寒い空気の中、手袋やマフラーで防寒対策をした彼は、雪が積もり凍っている道をひたすらに歩いた。
もう、あと1キロメートルほどという交差点に差し掛かった時、けたたましいブレーキ音が渇いた空気に伝わり、周辺に響き渡った。
遠くの方で知らないおじさんが叫んでいるのに気が付いた時にはもう遅かった。
凍りついた地面にタイヤを取られスリップした軽自動車は、そのコントロールを失いものすごいスピードで一直線に彼の体に衝突した。
車にはねられ、数メートル吹き飛ばされた彼の体は、力なく地面に倒れ込んだ。そして、温かい液体がゆっくりと彼の体から流れ出た。
それに気が付き手で触ると、彼の灰色だった手袋は、鮮やかな真っ赤に染まった。
すぐさま周りにいた人たちが彼の周りを取り囲んだ。
ある人は大声で助けを呼んだ。ある人は救急車を電話で呼んだ。ある人は大丈夫かと彼に声をかけ続けた。ある人は彼の体をゆすった。またある人はその人を止めた。
そんな人たちをかきわけて、女性が一人。彼が今から会おうとしていた人だった。
彼を覗き込む彼女の顔は泣いており、零れ落ちる涙のしずくが彼の頬へとしみこんでゆく。
温かい……。
彼の冷たくなってゆく皮膚に、彼女の体温が感じられる。
本当に見たかったのは。本当に写したかったのは無垢な笑顔のはずだったのに、その薄れゆく意識の中で、最後に彼自身のファインダーに焼き付けられたのは彼女の泣きじゃくる顔だった。