T字路のはなし
夜のとあるT字路に男性が一人、女性が二人何やらもめ合いをしていた。どうやらこのT字路をどちらに進むかもめ合っているらしい。暗い中、街頭1本だけが寂しく辺りを照らす中でのことだった。
「ねぇ………結局のところ、どっちに行くわけ?もう30分もこうしているわよ?」
と一人の女性が苛立ちながら言った。
するともう一人の女性はおっとりした声で
「どうします~?また、さっきみたいにじゃんけんで決めます~?」
と言った。
「ふざけないでよ!そうやってじゃんけんばっかりしてるからどんどんどんどん迷って行って駅につかなくて町から帰れないんじゃない!アンタはどうなの!?」
「どうして急に僕に振るんだよ!ていうか、それをさっきから考えているんじゃないか!」
と男が言う。
「まともな考えが出ないのはどこのどいつよ、まったく…………。」
また、この場に沈黙が起きた。静寂の中聞こえるのは、虫の声と時折聞こえる犬の遠吠えの声だけである。
「あ、そうよ!」
「なに?どうしたの?」
「どうしたんだい?」
おっとりした方の女性がバッグの中から携帯電話を取り出した。
「携帯なんか取り出してどうするのよ。」
「地図を見てみたらどうかしら…………。」
二人の目が皿のように丸くなる。
「そうだよ!なんでもっと早くに気が付かなかったんだ!」
おっとりした女性は早速地図を起動させた。携帯電話はGPSで現在地を探している…。
「あ、来た。」
「ん?な、なんだよこれ……。」
画面に映し出された地図は、今まで三人が通ってきた道の記憶とは全く違っていた。しかもその地図の現在位置も今いるT字路ではなく一本道になっている。
「ウソ……でしょ?」
「もう…閉じてもいいよね?」
「最後の希望も…終わった…か。」
それから、携帯電話を閉じた三人は途方に暮れ、その場に座っていた。もうなすすべがなくなってきていたのだ。
しかし、その間にも、どんどんと宵は深まっていく。
少し経ち、女性は口を開いた。
「ねぇ。先。進まない?」
「進むってどっちへ?」
「どっちでもいいわよ!ずっと進まないよりは幾分かましでしょう?」
「まぁ…それはそうだけど…。」
「じゃあさっさと立つ!」
女性にそう言われて、男性とおっとりした女性は重い腰を上げた。
「で?どっちに進むんだい?」
「そうね…。」
キョロキョロと二つの道を見る。しかし、どちらも真っ暗で先が見通せなかった。
「さっきは右に進んでこの場所にたどり着いたから、今度は左にしましょ?」
「そ、そんな安直な……。」
「うるさい!だったらアンタはもっといい案でもあるわけ!?」
「いや…。それはないけれど。」
「だったらいいじゃない。アンタは?」
「私はアナタの指示に従うわ~。」
「ん、なら進むわよ。」
そう言うと三人は歩き出した。
暗い夜道を歩く。街頭は所々にしかなく、5m先も見通せないほどだった。この道は住宅街のような道だけれど、不思議なことにどれだけ歩いても玄関のようなものはなく、ひたすらに道が続いていた。遠くの方にビル群は見えているものの、それは近づくことは無く、これまたどれだけ歩いても常に一定の距離を保っているままだった。
「なぁ。」
「な~に?」
「僕達は…いったいどれだけの時間こんな所にいるんだっけ……?」
「さぁね。はっきりした時間は分からないけれど、少なくともまだ日があるうちからこうして駅目指して歩いているわねぇ。」
「そうだろ?で、その間にどれだけの人間を見た?」
「えーっと……アナタと、この子と………。」
「違う!俺ら以外の人間だよ!どれだけいた?いなかっただろう?」
「そう言えば……。」
「おかしいと思わねぇか?この街………。大体俺らはいつからここにいるんだ?そもそもこの街に入った記憶あるか?ていうか、お前の名前なんだよ!お前だって俺の名前わからねぇだろ!」
「そんな……あなたの名前は…………え?」
「あ。」
「どうした?」
「どうしたの?」
「あれ……。」
彼女が指差す先には、街頭が細々と照らすT字路があった。
「うそ………もう、何回目よ。」
「また……T字路かよ…。」
「いやよ………いやいやいやいやいやいやいやいいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやあぁっぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
女性の目の焦点は完全に定まっていなかった。
彼女は頭を抱え叫び続けたまま、そのT字路を右へと全速力で走って行った。
「おい!ちょっと待てっ!!」
「そうよ!待ちなさい!」
「おい!追うぞ!」
「ええ!」
二人は女性の後をこれまた全速力で追いかけていったが、彼女には追いつかないどころか、姿を見失っていた。
そのまま二人は走って行くと、街頭に照らされた場所が。
そこはまたもやT字路かと思いきや、なんとそこは行き止まりになっていた。
「どうなってる…の?」
「なぁ!さっきのT字路からここまで一本道だったよなぁ!?途中に路地や分岐なんて無かったよなぁ!?」
「ええ!」
「だったらどうなってるんだよ!あいつはどこに行ったんだよ!」
「知らないわよ!あたしだって知りたい!ここから家に帰りたい!」
男はうずくまり頭を抱えた。そして頭を上げて膝立ちになり喉がかすれるような大声で叫んだ。
「なんだよ……なんだよこれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえぇぇぇぇぇぇ!!」
残り二人はそのまま永久の闇に飲み込まれていった。
しかし、彼らの意識はいつまでも、いつまでも同じようなT字路を彷徨いつづけることになる。腹も空かず、眠りも必要とせず、風呂も排泄も必要としないまま、彼らの魂はここからは出られもしない。
どこかで誰かが呟いた。
―ふふっ。また失敗だったか…。今回は…そうか、一人ね。それでも精神に異常をきたしてしまったけれど。ふふっ。使えない、使えない。こんなこともできないなんて。さ、次を見つけるとしますか………ね―
ここからは誰も出ることができない。それはここが一本道とT字路で構成された街を模した無限に道が分岐するだけの巨大な迷路なのだから。