『回復』
「いったぞ! イヴ!!」
「はい! 『加速』ッ!!」
王都へ向かう途中の森の中、俺達は巨大な狼の群れに襲われていた。
ビエルが先陣をきり、イヴに指示を出しながら的確に狼を処理している。
狼の体躯は見上げる程大きく動きも素早かったが、身体の動きを高速化させる『加速』スキルを使ったビエルとイヴには及ばなかった。
2人は騎士を名乗るだけはあって武芸に長けていて、スキルの力ももちろんだが、その卓越した剣さばきで獣たちを圧倒している。
「これでッ! 終わりです!!」
イヴは最後の一匹を剣で眼から脳天まで貫き、ぐりぐりとひねりを加えてとどめをさしていた。
赤髪の少女は狼の返り血で羽織っていた白のコートごと真っ赤に染まっている。
「怪我はありませんでしたか? キースさん」
「やめろイヴ、そんな奴の心配など必要ない。四肢のいくつかがなくなっても口さえ残っていれば話は聞けるのだからな」
俺は戦うのを許可されていない。
イヴは「キースさんにはお話を聞かせてもらう為に王都に来てもらうわけですから、護衛するのは当然です」と言い、
ビエルは「不審者に武器を持たせられるか、戦いの混乱に乗じて逃げ出すやもしれん、おとなしくしていろ」と言われた。
イヴは物腰が柔らかく、俺への接し方も好意的で悪い気はしない。
旅の途中も何かと俺の体調を気遣ったりしてくれている。
しかし、それとは対照的にビエルの俺への態度は相変わらず冷たい。
ノリが完全に犯罪者を連行しているものと同じだ。
逃げれないように手錠をかけると言い出した時はぶん殴ってやろうかと思ったが、イヴがビエルをとめてくれた。
「それにしても返り血で大分装備が汚れてしまったな。近くで川がないか探してみよう」
「そうですね、臭いますしちょっと気持ち悪いです」
先の戦闘での疲れもあるのだろう。
二人が休憩の相談をしている。
禁じられているとはいえ、何もせずにいるのもいい加減に飽きてきたので、少し力を貸すか。
俺は2人に近づき、『洗浄』と『回復』の2つのスキルを使った。
『洗浄』は使用者が汚れだと認識している部分を除去するスキル。
『回復』は軽い切り傷や下痢嘔吐、肉体と精神の疲労を文字通り回復させるスキルだ。
俺が冒険者時代の頃は1パーティーに1人はこのスキルを持っている人間を入れるのが鉄板なくらい有能スキルだ。
イヴとビエルが戦闘中の時はすることがなかったので、習得していないかスキル欄を調べておいたのだ。
「貴様ッ! 何をした!!」
ビエルは俺にスキルをかけられた瞬間、目にも止まらぬ速さで抜刀し喉元に剣を突きつけてくる。
「体から疲れが……! 衣服の汚れもなくなってる!?
これ、『洗浄』と『回復』ですよ。ビエル」
「……貴様、随分と便利なスキルを持っているようだな」
イヴの制しによって、ビエルは剣を鞘におさめながらそんなことを言う。
こいつはほんと、もうちょっとやさしくしてくんないかな。
「戦わせてもらえないし、これくらいしないとな」
俺の言葉が嫌味にでも聞こえたのか、ビエルは不機嫌そうにフンと鼻を鳴らした。
「じゃあ、キースさんのおかげで元気いっぱいですし、今日の食事は私が準備しますね」
「な!? ちょっと待て、食事は自分が……!」
「お、それは楽しみだな」
イヴの提案にビエルが何か言おうとしたが、俺はそれにかぶせるように了承する。
2人と行動を共にしてから出てくる食事は全てビエルが作っていた。
俺が作らせてもらえない理由は、前述の戦闘させてもらえない理由と同じようなもので、ビエルから「毒でも入れられたらかなわんからな、食えるか」との事だ。
イヴも今までまき集めや火起こし水汲みなど補助的なことばかりで、直接料理に参加している様子はなかった。
しかし、今日はおかっぱ野郎の食事ではなく女の子の手料理が食べれるのだ。
これはテンションが上がらざるをえない。
「いや~、良い行いはするものですなビエル君」
「……はぁ、ちゃんと残さず食べろよ?」
「?」
その夜、俺は再び『回復』を使うことになった。