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事情聴取

「ゼロムから見て進ちゃんはどうかしら」

 その日の晩、ひよりはいつも通りゼロムと二人きりの食卓を囲んで会話を楽しむ。話のネタは当然ながら二神進一郎がシロかクロかだ。

「私の心情的にはシロかな。初心な進ちゃんに殺人なんて大それたことができるわけないし。証言もウソをついているようには聞えなかったかな。もっとも進ちゃんの単純な頭じゃウソをつくなんて高等な芸当できるわけないんだけど」

 ひよりの――進一郎を擁護しようと思ったら結果的に失礼になってしまった――言葉に、しかしゼロムは首を横に振る。

「この世の殺人犯の大半が初心なものだ。慣れていたらそれは殺し屋か狂人だ」

「いや、そういう意味で言ったんじゃないんだけど……」

「同じさ。いくら純朴そうに見えてもやっている奴はやっている」

 まるで経験者であるかのような口ぶりである。言っていることはわかるが、もう少し言葉を謹んで欲しいとひよりは思う。

「それにひよりは進一郎くんのことを舐めすぎだ。僕には彼がそうとうな切れ者に見えたよ。あのブラックシネマが自らの片腕として全幅の信頼を置いているだけのことはある」

「高校にも行かずに悪の組織に就職したロクデナシのドラ息子なのに?」

「頭の良さに学歴は関係ない」

 ゼロムは強い口調でそう主張する。

 ひよりは進一郎に対してそのような印象を持ったことはまるでないが、ゼロムがそういうのであればきっとそうなのだろうと、とりあえず納得することにした。

「でも進ちゃんの言ってた通り、彼が殺人を犯すっていうのは立場的にありえなくないかな」

「果たしてそうかな? 進一郎くんは自ら証言していたよ。『組織内での自分の立場は微妙』だとね。人もネズミも追いつめられれば何だってやる。頭から無実だと決めつけるのは良くない。ひよりは彼から助け舟を出してもらったから甘くなっているのかもしれないけど、もしかしたらそれも彼の計算の内かもしれないよ」

 ――まさかそんなこと。

 ひよりは否定しかけるが、しかし確かにゼロムのいう通りかもしれないと思い直す。

 数世紀前までは想像の産物にしかすぎないと思われていた魔法が今では日常のように行使されているぐらいだ。この世にありえないなんてことはありえない。

「とはいえ、進一郎くんが犯人だという線は薄いと僕も思う。心情的に疑いたくないのはもちろんだけど、それとは別に彼は、彼自身が言う通り、色々なところから目を付けられすぎている。もし彼が犯罪行為を指示したとしたら、どれだけ隠密にやったとしてもどこかでバレるだろうね。独りで映画を観ていたのも、人間関係に疲れきって荒んだ心から来ているのかもしれない。まだ若いのに大変だ」

 ――出世するっていうのも辛いものなのね。

 孤児で貧乏でたいした贅沢もできないが、魔法少女として聖天界から保護され、わりとのほほんと生きている自分はまだ幸せなのかもしれない。

 それにしても、さすがは『魔法少女フルーティアーズ』の頭脳労働担当。無言で肩にしがみついていただけで何もする気がないと思っていたが、その実、様々な思考を張り巡らせていたのだ。

 肉体労働担当のひよりに探偵役は荷が重い。推理面はやはり老獪なゼロムに任せるしかないようだ。

「君はあまり疑いたくないと思っているのだろうけど、進一郎くんの言うとおり次に疑うべきは身内だろうね。明日は学校に行くんだろう。事情聴取をしてきてくれないか」

「それはいいんだけど……ゼロムは来ないの? あなたには探偵役を任せたいと思っているのだけれど」

「あまり買いかぶってもらっても困るが善処しよう」


 翌日――ゼロムは探偵役としてひよりの通学する学校までついてきた。

 校内は動物の持ち込み禁止のため携帯のストラップに化けて。

「どうだい、完璧な変装だろう?」

「ええ、こんな方法考えつきもしなかったわ。さすがはゼロム、聖天界一のキレ者ね」

 普段の兎型魔法生物のままで教室に入ろうものなら周囲から怪まれ、すぐに教師に報告されてしまうことだろう。しかし見慣れた携帯ストラップなら誰も気に留めない。なんて冷静で的確な判断力なのだろうとひよりは唸る。

 唯一の欠点は、ゼロムのサイズが一般的な携帯ストラップのサイズよりはるかに大きいことぐらいだろうか。しかしそれもひよりからすれば極めて些細なこと。完璧な作戦としか言いようがない。

「ひよりさん、学校に魔法生物の持ち込みは校則違反ですよ」

 担任教師の栄口に首根っこをつかまれ職員室まで連行されていくゼロムを無言で見送りながら、ひよりは大人しく着席し友だちとの雑談に華を咲かせた。


 教師に拘束されたゼロムがひよりの許に戻ってきたのは二時限目の終わり頃だった。

「話せばわかってくれたよ」とはゼロムの言。実際は裏でヘクセンナハトからのお達しがあったらしい。あやめには感謝しなければならない。

「数日間、君と一緒に行動しても構わないという本部からの許可を得た。とはいえ、君が魔法少女だということが周囲にバレては大変だから、やはり携帯ストラップに化けておこう」

 ゼロムはふたたびストラップの止め具に首輪をひっかけると、まるで死んだかのように動きを完全に静止させた。

 こんなに完璧な変装なのにどうして正体がバレたのかまるでわからない。ひよりは頭を傾げる。おそらくは、埃の一つも見逃さない小姑のようなクラスメイトの誰かに話しているところを見られたのであろうが、それにしても――

「あっれー、ひよりんいつの間にケータイ買ったの?」

 ひよりの後ろからひょこりと顔を出したボーイッシュな少女は芭蕉さちえ。ひよりのクラスメイトにして現役の魔法少女だ。

「これはゼロムのストラップ擬装用に用意した、友だちからのもらい物よ。携帯会社と契約してないから繋がらないけど」

「だよねぇ。ひよりんお金ぜんっぜんもってないものねー」

 あけすけとした物言いだが、それもこれもひよりとさちえの親しさ故だ。彼女とは魔法少女フルーティアーズとしてコンビを組んで以来かれこれ二年近いつき合いになる。

「お金のことは言わないでよ。さっちんはもうちょっと他人を気遣うってことを覚えたほうがいいんじゃない?」

「そういうひよりんだって、あたしのこといつも猿だ猿だっていってるじゃん。口が悪いのはお互い様だよねー」

「だったら『モンキーバナナ』なんて変なマジカルネームつけなきゃいいじゃない」

「『ワイルドチェリー』なんておかしな名前をつけたひよりんには言われたくないよ。だいたい、私がこんな名前になったのも、元はといえばひよりんのせーじゃない」

 ひよりは呆れて大きなため息をつく。

 フルーティアーズ結成時、名前をフルーツで統一しようと提案したのは確かに自分だが、バナナにしろなどとは一言も言っていない。バナナが好きだからという理由でバナナを選び「バナナといえば猿よねぇ」と今の恥ずかしい名前にしたのはさちえ本人なのだ。責められる謂れは何ひとつない。

「さっちんの頭ってホントおサルよね。それはともかく、ちょっとあなたに訊きたいことがあるから、放課後いつものところに集合してね」

「えっ、今からじゃダメなの? あたし今日は部活の助っ人があるんだけど」

「みやびちゃんと一緒に話を訊きたいから。彼女にも連絡のほうよろしくね」

「ひよりんケータイ持ってるんだから自分で連絡すればいーじゃん」

「だから携帯会社と契約してないってさっき言ったでしょ!」

 ――さっちんと話すのって疲れるわ。

 ひよりは常々そう思っているし、それ故にある種の信頼もしていた。

 そう、さちえのような人畜無害なモンキーガールに、殺人などという大それた真似ができるわけがないのだ。


 芭蕉さちえことモンキーバナナは、総合的な実力はそれほどでもないが、身体能力に限っていえば一流の魔法少女だ。戦闘でももっぱら肉弾戦を好み、遠距離からの魔法攻撃は滅多に行わない。魔法少女としてそれはどうなのかと思わないでもないが、彼女の格闘技は見栄えがするのは事実なのでひよりは黙認している。

 さちえのその優れた身体能力は、怪人や魔人との戦闘より、ことスポーツにおいて最大限に発揮される。彼女自身、何かひとつのスポーツに打ち込むようなことはないのだが、どんなスポーツをやらせてもそつなくこなし、時には長年の経験者をも圧倒する。一言で言えば運動の天才だ。

 当然のことながら部活からの勧誘はひっきりなし。魔法少女の仕事があるので適当な理由をつけて断ってはいるのだが、それでも非番の日には今日のように助っ人として八面六臂の大活躍をみせるのだ。

「ごめーん、待ったー?」

 サッカー部の助っ人を終えたさちえが、満面の笑みを浮かべてひよりに駆け寄ってくる。

「ううん、ぜんぜん。それにしてもハットトリックとは凄いわね。将来はサッカー選手でも目指したほうがいいんじゃない?」

「あたしなんてまだまだだよ。そんなことよりみやびちゃんを待たせているから早く待ち合わせの場所に向かおうよ」

 さちえは謙遜しているが、すでに複数の大学からスポーツ推薦の話が来ていることをひよりは知っている。今のところは本人に乗り気はないようだが、将来的には魔法少女などという危険で儲からない職業など辞めてアスリートの道へと進むのだろう。魔法しかとりえのないひよりには実に羨ましい話だ。

 ――彼女が殺人、ましてや私を陥れるなんてこと、万に一つもないわよね。

 とはいえ、他人を疑うのが捜査の基本だとゼロムに窘められたばかりだ。いちおう話ぐらいは聞いておこうかな。

 はしゃぐさちえに手を引かれながら、ひよりは自分が何かとてつもなく不毛なことをしているのではないかと不安になる。

 身内を疑うのは楽じゃない。こんなことなら手強い敵と戦っていたほうがはるかに気楽だ。ひよりの心労はまだまだ続く。


 いつもの待ち合わせ場所であるファミリーレストラン『パイナップル』で、ひよりたちは三人目の仲間であるみやびと合流した。

「お久しぶりですひよりさん、さちえさん」

 艶のある長髪に、進学祝いに父親からもらったというダイヤ製の造花をあしらったヘアピンをつけた美少女――巨峰みやびは、ひよりたちを見つけると深々と頭を下げた。

 巨峰みやびこと『ハニーブラック』は、今年に入ってから仲間になったばかりの新入り魔法少女である。魔法少女も長くやっていれば飽きも来るということで本部から「てこ入れ」という名目で紹介されたのが出会ったきっかけだ。

 おしとやかな大和撫子で、魔法による遠距離からの射撃戦を得意としている。三人の中ではもっとも魔法少女らしいといっても過言ではない才女だ。もちろん一般市民からの人気も高く、もしかしたら長年群羊県の平和を守ってきたひよりより高いかもしれない。

 ――ふっ、魔法少女の人気なんて所詮ビジュアルよねえ。

 ふて腐れながらひよりは店員にフルーツパフェを三人分頼む。

 実はひよりも、みやびに負けず劣らずの美しい容姿をしているのだが、普段の素行が素行だけに世間からはあまり美少女だと認められていない節がある。日頃のイメージというものがいかに大切かわかる好例だ。

「ひよりさんがブラックシネマを倒して以来、近隣の悪の組織がすべて活動を自粛してしまいましたから。それはもちろん良いことなのですけど、ひよりさんたちと会えないのは少し寂しいです」

「携帯は持ってないけれど、私にだったらいつでも連絡してくれて構わないのよ。部活の助っ人でスケジュールがカツカツのさっちんと違って悪の組織との対決がないときは超ヒマだから。いくらでもみやびちゃんにつき合ってあげる」

 みやびは三人組の中で唯一、私立のお嬢様学校に通っているため何かと疎遠になりがちだ。だからといって仲が良くないというわけでは決してないのだが、彼女の家柄やその高貴そうな佇まいも相まって、どうしても近づき難いという印象を抱いてしまう。

 みやびのほうもそれを敏感に感じ取っているらしく、ひよりたちに対してどこか遠慮しているようにも思える。友だちの間にはできるだけ壁を作らないようにしているひよりにとって、これは猛省すべき事実だった。

「あっ、でもあんまりお金のかかるところはNGね。知ってると思うけどうちはとっても貧乏だから」

「お金のことでしたら私が工面してさしあげますのに」

「国民の血税で遊ぶなんてさすがに申し訳ないわよ」

 ひよりのブラックジョークに対して、みやびは嫌な顔ひとつせず朗らかに応える。

「ご心配なく、ちゃんと私が自分で稼いだお金ですよ。ロクな仕事もできない新人ですがヘクセンナハトからは、ちゃんとお給料をいただいていますから」

 巨峰みやびの両親は政治家だ。どちらも与党の大物で父親のほうは総理大臣になったこともある。同時に巨大なグループ企業も経営しており、この県における彼らの影響力は絶大である。

 みやびは有力政治家の一人娘として、今まで周囲の人間から畏怖の目で見られて生きてきたそうだ。唯一、ひよりとさちえだけが家柄に関係なく自分に接してくれると、いつも感謝の言葉を口にしていた。

「ところでひよりさん、折り入って私たちに話があるとのことですが」

「そうそう、いったい何の話よぅ。ひよりん、あたしにも何も教えてくんないしぃー」

 ――むむむむ。

 この二人を疑うのは正直気がひけるのだが、集めた以上はアリバイを訊かねばなるまい。ひよりは覚悟を決める。

「先ほども申しましたが、お金のことでしたら私にいつでもご相談ください」

「うちの冷蔵庫に入ってる食パンの耳ぐらいだったらあげるから、好きなときに好きなだけ持っていっていいよぉ」

 二人とも自分のことを何だと思っているんだと疑いつつ、ひよりは本題へと移った。

「本日二人に集まってもらったのは他でもないわ。八月二十六日の晩にあなたたちが何をしていたのか知るためよ」

 ひよりは二人に自分が容疑者であるという事実を伏せて、隣りの市で魔法少女が殺されたことと、同県担当の魔法少女としてその犯人を探していることを説明した。

 すべてを説明し終えると話を聞いていた二人は口を揃えて、

「その話なら、すでにあやめさんにしているよ」

 ――ええ! そうなのぉ?

 訊けば二日ほど前に各々放課後に呼び出され、簡単な事情聴取を受けたとのこと。

「ていうか、ひよりん情報遅くなぁい? ほたてちゃんが殺された話なんてとっくの昔にみんなの間に広がってるよ」

「近年一番の大事件でしたからね。ひよりさんもてっきり知っているとばかり思っていました」

 驚きゼロムのほうに視線を向けると、彼は深刻な面持ちで首を横に振る。そのような話はまったく聞かされていないとのことだ。

 ひよりたちは情報規制を受け、最初から最重要容疑者としてマークされていた。

 事態を軽く見ていたわけでは決してないが、自分たちが思っていた以上に状況は深刻のようだ。やはりこのままではほたて殺しの犯人に仕立て上げられてしまう。ひよりは危機感を覚える。

「それでわざわざ、私たちを呼び出してアリバイを聞こうとするなんて……ひよりさん、もしかして……」

 察しのいいみやびにはすでにバレているようだ。観念したひよりは本当の事情を二人に告白した。

「ひっどーい、あたしたちのことを疑ってるんだぁ!」

 当然のことながらプンプン怒るさちえにひよりは深々と頭を下げて謝る。

 もちろん心から疑っているわけではないのだが、二人の証言から事件解決のヒントが得られないものかと、藁をも掴む気持ちで訊いていると説明すると、ようやく機嫌を直したさちえが事件当時の事柄をぼつぼつと話し始めた。

「あの日の晩は……ええっと、確か……珍しく勉強してた、はずだよ。夏休みの宿題もまだ終わってなかったし、あたし馬鹿だし、この前のテストも赤点だったから、このままだと留年しちゃいそうで怖かったし。後は……マンガを読んで、お風呂入って、入念にストレッチしてから寝た……かな?」

 予想はしていたが、さちえの話はまるで要領を得ない。おそらくあやめに対してもそうとういい加減な受け答えをしたのだろう。アリバイを訊いても「おかあちゃんに聞いて」の一点張りだ。彼女の母はキャリアウーマンで娘に対して無関心。訊いたところでロクな返答はもらえないだろうなとひよりは嘆息する。

 さちえに関してはこれ以上の証言は諦めて、今度はみやびに事件当初のアリバイを訊ねる。

 みやびはひよりの置かれている立場を十分に理解しており、神妙な面持ちで事件当時の自分の状況について話し始めた。

「犯行時刻に私はお父様の主催するパーティに参加していました。もちろん何週間も前から決められていた話です。大物政治家の娘故に周囲からの目は厳しいです。パーティを抜け出してほたてさんを殺害するのは不可能です。明確なアリバイならヘクセンナハト本部が確認していると思うので、気になるようであればお問い合わせください」

 会話中に失礼かとも思ったが、みやびから携帯を借りて、予め教えられていたあやめの携帯に連絡を入れる。

 あやめからの返答は「巨峰みやびのアリバイは完璧」とのことだった。複数のパーティ参加者から彼女が会場から離れた様子はないという証言を取れている。ウソだと思うのなら証拠の映像をすべてそちらに送るとまで言ってきた。

 ひよりはあやめに感謝すると電話を切る。もともとそこまで疑っていたわけではないが、これでひよりの中でみやびが犯人だという疑いは奇麗さっぱりなくなった。

「ひよりさん、犯人探しなら私もご協力いたします。お父様が持つコネクションの中には警察関係者も多いです。この県すべての警官を総動員させてでも一刻も早く真犯人を探しましょう」

「そ……そんな大袈裟な。助力はありがたいけど、そこまでしてくれなくてもいいわよ」

「いいえ、良くはありません。ヘクセンナハトはともかく、私は聖天界のことをそこまで信用してはおりません。このままではひよりさんは、冤罪であろうとおかまいなしに捕まってしまいますよ」

「……」

 みやびの言うことはもっともなのだが、警察関係者とはいえ一般人を巻き込むことに強い抵抗を覚えるひよりは、彼女の申し出を丁重にお断りした。

 固辞の理由はひよりの個人的な信条だけの話ではない。身内の始末は身内でつけるのは魔法少女、悪の組織共通の矜持であり常識でもあることはもちろんだが、この国の公的機関を彼女たちの界隈に介入させることは、個人を超えた大問題に発展しかねないことを長年の経験から知っているからだ。

 万が一大きなトラブルでも起きようものなら、ひよりの首は物理的な意味で飛ぶだろうし、保護者であり監視者でもあるゼロムもタダでは済まないだろう。

 本当に危なくなった時には助力を要請するかもしれないが、出来るかぎり本部もしくは自分の手で解決したい旨をみやびに伝えると、ひよりはウェイトレスが持って来たフルーツパフェを二人の前に差し出した。

「ひよりんが奢るだなんて……明日は雹でも降るんじゃ……」

「これは……他言すれば殺すという暗黙のメッセージでしょうか。こっ、こんなものをいただかなくとも私の口は堅いですよ!」

 相変わらず失礼な物言いだとひよりは眉をひそめる。

 このパフェは純粋に感謝の証であり、これでもひよりは形の上だけでも二人を疑ったことを申し訳なく思っているのである。

「今回の殺人事件に関して色々とみんなの話が聞きたいなぁーなんて思ってね。実は私、本部から情報規制を受けてるから、知らないことが多いのよ。だから、そのパフェは情報料だと思って遠慮なく食べちゃってよ」

 差し出されたパフェを怪しみながら食べる二人から、ひよりは自分、もしくはほたてを恨んでいる人間を知らないかと訊ねるが、ノワール部長の田嶋良子と海岬ほたてがクラスメイトだという事実を知ったこと以外、とりわけ大きな収穫もなく終わった。


「けっきょく手がかりゼロか、とんだ無駄足だったね」

 夕焼けに滲む街を力なく歩きながらひよりはゼロムに話しかける。

 落ち込み気味なひよりとは違い、ゼロムのほうはやや興奮した面持ちで彼女に応じる。

「無駄足? とんでもない、今日だけでも相当な量の情報が入手できた。僕的には大満足さ」

 確かに信頼する二人の仲間が犯人ではないとわかったのは嬉しいが、それ以上に予想以上に悪い自分の立場に気付いてしまったことが彼女の心を曇らせた。

「君の立場が悪いなんて最初からわかりきっていたことなのだからあまり気にするな。それよりも巨峰みやびという心強い協力者ができたことを喜んだほうがいい」

「でも、一般人を事件に介入させるのはちょっと……」

「相手が問答無用でこちらを捕らえようとしているのに、ちょっともそっともあるものか。なんだかんだで我々はこの国から土地や権利をお借りしている立場だからね、強力な後ろ盾があるのはいいことだ。使えるものは何でも使うぞ」

 相変わらず悪い兎だとひよりは思う。修道院で最初に出会った時からずっとこんな感じだったので今さらではあるのだが。

「それに更なる追求を必要とする容疑者も一人生まれたじゃないか」

「もしかして田嶋良子さんのこと? 特殊な力もないただの一般人が、どうやって魔法少女を……」

「彼女じゃない。芭蕉さちえさ」

 驚きのあまり目を丸くするひより。ゼロムは構わず話を続ける。

「なぜ驚くんだい。君も聞いただろう、さちえの極めて曖昧でたどたどしい話を。アリバイがないのだから疑うのは当然だ」

「いや、でもさっちんの言動はいつもあんなだから……」

「自分のことなのにあれほど記憶が曖昧なのはさすがにおかしい。しゃべり方もたどたどしく、いかにも何かを隠している風だった。あやめからも彼女の話を聞いたんだろう。アリバイについて何か言っていたかい?」

 あやめからみやびのアリバイを聞いた時、同時にさちえのアリバイは現在確認できていないという話も聞いていた。しかし、ただそれだけの理由で彼女を疑うなどということはひよりにはとても出来ない。むしろゼロムの神経のほうを疑ってしまう。

「馬鹿なこと言わないでよ。さっちんがそんなことするわけないでしょう」

「ひよりはさちえのことを全面的に信用しているみたいだけど僕はそうじゃない。君は気付いていないかもしれないけど、彼女が君に対してあまり良くない感情を持ち合わせていることを僕は知っているからね」

 ――馬鹿馬鹿しい。

 ひよりはゼロムの言い分を鼻で笑う。

 さちえは中学時代からの魔法少女仲間であり一番の仲良しだ。無二の親友といってもいい。そんな彼女が自分のことを快く思っていないなどということはありえない。ゼロムの眼はどうやら節穴のようだ。

「明日からはさちえについて調べていこう。もしかしたら彼女がクロかもしれない」

「さっちんを怒らせたくないからもういいよ。そんなことより他の魔法少女を当たろうよ」

 ひよりは話を打ち切ろうとしたが、それでもゼロムはさちえを疑うべきだと執拗に食い下がってくる。

 いい加減うんざりしてきたひよりはゼロムを無視することに決めた。

 ゼロムの話をすべて無言で聞き流し、スーパーに立ち寄り銀行からおろしたばかりのお金を使って買い物を始める。

 今晩の夕食に使う食材を買ってスーパーを出るとひよりに声をかける者がいた。

「あら、こんばんはひよりちゃん」

 ひよりのクラスの担任、栄口比奈だ。厳しくて口うるさいのでひよりは苦手にしているが、ひきしまったモデル体型と眼つきはやや鋭いが概ね整った顔立ちのおかげでクラスの男子には評判がいい。

「もう日が暮れてるわよ。女の子がこんな時間まで外を出歩いてはいけません」

 さっそくお小言をいただいた。やはりひよりはこの女教師のことが苦手だ。

「特にあなたはとても可愛いのだから、暴漢に襲われるかもしれませんよ」

「ひーにゃん先生、私は魔法少女だから大丈夫ですよ。暴漢なんて返り討ちです」

「それ、私に言っちゃっていいのかしら?」

 ひよりはとっさに両手で口を塞ぐ。魔法少女は一般人に正体をバラしてはいけないという暗黙のルールをすっかり忘れていたのだ。もっともひよりの通う前坂高校はヘクセンナハト直営のため、教師は全員ひよりの正体を知っているのだが。

「ク……クラスのみんなにはナイショだよ?」

「すでに公然の事実ですけどね」

 多少衣装や髪型が変わるとはいえ顔を隠しているわけではない。ひよりをよく知るクラスメイトには当然バレているが、その辺りは「お約束」として空気を読んで知らないフリをしているだけなのだと栄口から聞かされる。

 薄々気付いていたこととはいえ、面と向かって伝えられると、やはり若干のショックは否めない。これからは桜桃ひよりのイメージ向上のために、少しだけおしとやかにしてみようかと出来もしないことを考える。

「あなたの力はともかくとして校則として違反してますから。魔法生物の持ち込みも含めれば今日は二回目ですよ。職員会議の結果、今回は特別に同行を許されましたが、以後このようなことのないよう気をつけてください」

「す、すいません……」

「魔法生物を使ってカンニングでもされようものならこちらとしてもたまりませんよ。まったく、さちえちゃんからの報告がなければ危うく見逃すところでした」

 ――……え?

 聞き間違いかと思って再度確認を取るが、芭蕉さちえがひよりが魔法生物を所有していることを、わざわざ職員室にまで来て栄口に報告したことは間違いないらしい。

「過ぎた事をいつまでも言っても仕方ありませんね。それでは寄り道せずにちゃんと帰るんですよ」

 その性格同様キッチリとした足取りで帰路につく栄口をひよりは呆然と見送る。

 初秋とは思えぬ一陣の冷たい風が制服の隙間から入り込み、ひよりはぶるりと身体を震わせた。

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