捜査開始
ヘクセンナハトの仕掛けた卑劣な罠により電車に乗る金すら失ったひよりは、仕方なく交通機関を使わず走って帰ることにした。
おかげで帰宅した頃にはすでに日が暮れていた。玄関の前で変身を解くと、ひよりは大きなため息をつく。
魔法少女に変身している内は気が大きくなっていてあまり気にはならなかったのだが、変身を解いて落ち着いてくると、自分が殺人事件の容疑者になっているという重たい事実がひしひしと襲いかかってくる。
――私、これからどうなっちゃうんだろう。
今のところあやめは自分のことを擁護してくれているようだが、それはあくまで今だけの話。いつ何処でどんな理由で見限られてもおかしくはない。なにしろ彼女はひより同様に強引な性格をしている。最悪なんの確証もなしで逮捕される可能性もありえるだろう。
そしてこの国の法律は彼女を守ってはくれない。なぜなら政府間の取り決めにより魔法少女の罪を裁く権利はすべて聖天界側にあるからだ。
聖天界の法はこの国よりはるかに潔癖ですべての魔法少女に純白であることを求める。それはすなわち、黒はおろか灰色すら許さないということであり、疑わしき者は罰するという傾向が強い。さすがに殺されるということはないと信じたいが、最低でも魔法少女の資格剥奪は免れないだろう。
――魔法少女になれることが私の唯一のアイデンティティなのに。
毎月の給料がもらえなくなるのも辛いが魔法少女になれなくなるのはそれ以上に辛い。ひよりは変身に用いられるブローチをきつく握り締める。
変身によって得られる人をはるかに超越した力。そしてそれを公然と振り回せる権利。それらに酔いしれる魔法少女は多く、悪の組織と戦う危険な仕事であるにも関わらず自主的な離職者の少ない理由の一つでもあるのだが、ひよりもまたその数多い魔法少女の一人だ。彼女の能力は人智を超越した魔法少女の中でも更に一際高いため、それに対する執着もまた人一倍強い。ヘクセンナハトから魔法少女の資格を剥奪すると宣告されたら、その場で衛兵を叩きのめし魔法生物を奪い返して脱走しかねないほどに。
「……先のことを考えても仕方ないか」
世間ではアホの脳筋娘で通っているのだ。あまりうじうじと考え込むのは自分らしくない。
ひよりは気分を切り替えて、出来るかぎり明るい声で「ただいま」と玄関を開けた。
「おかえりひより、遅かったじゃないか」
玄関先ではパートナーの魔法生物であるゼロムが帰りを待っていた。主人の帰りを待っているとはなかなかの忠兎だとひよりは感心する。
「ごめんなさい、もらった交通費をすべて食費に回しちゃったから走って帰ってきたの」
「ひよりは相変わらずだね。もっとも薄給で働かせている聖天界も悪いのだけれど」
ひよりは孤児で両親がいないため自分で働いて稼がなくてはならないのだが、ただでさえ少ない給料から生活費を差し引くと、後はもう雀の涙ほどのお金しか残らない。魔法少女はバイト禁止なので収入を増やすこともできない。代わりに学校では特待生扱いで授業料は免除されており、この家も安く貸し出してもらえているのであまり文句は言えないのだが。
「ちゃんと学校に通うこと。いかがわしいバイトはしないこと。他人に見られて恥ずかしい家に住まないこと。この三つは聖天界が定めた魔法少女になるための最低限の三ヶ条だから遵守してもらうしかないんだ。僕としてはせめてバイトぐらいは許可してもらいたいものなのだけれどね。今の条文だとバイト全般をいかがわしいものとしているから困る」
ゼロムはため息を一つつくと、いつも通りひよりの肩にポンと飛び乗った。
兎型の魔法生物ゼロムはひよりの相棒であると同時に監視者である。ひよりと行動を共にし、彼女が魔法少女として清く正しく行動しているかチェックし聖天界に逐一報告している。
もちろんプライベートがまるでないというわけではなく、職務中以外は魔法生物と行動を共にする必要はないということになっている。もっとも大抵の魔法少女は諸々の理由により、彼らを家に住まわせて養っているのだが。
「その話はもういいよ。それより夕食にしましょう。私、お腹減っちゃった」
「食べて走ってまた食事かい。君もずいぶん忙しいな」
ただ、ひよりとゼロムの関係は他の魔法少女たちとは少し違う。
ただ仕事上の相棒というだけではなく、ゼロムは天涯孤独なひよりにとって唯一の家族といってもいい存在であり、非力な少女に過ぎなかった彼女を魔法少女の道へと誘ってくれた恩人でもある。
恥ずかしくて口には出さないが、ひよりはゼロムにいつも感謝していた。
いつかは恩返しをしたいと常々思っているのだが、魔法生物の喜ぶことというのがいまいちよくわからなかったし、それとなく聞いてみても一緒に居るだけで十分幸せだという臭い台詞が返ってくるだけだったので、いつもうやむやになってしまっているのだ。
「――なるほど、殺人容疑をかけられたか。ひよりもとんだ災難だね」
作り置きしておいた夕食を食べながら、ひよりは本部起きた事柄を大まかに説明した。ゼロムは生のにんじんを齧りながら、落ち込む彼女に慰めの言葉をかける。
ちなみに魔法生物には基本、食事の必要はない。にんじんを齧っているのは単にゼロムの趣味だ。腹はふくれないが味自体は多少は理解できるらしい。
「ゼロムのほうはどうなのよ。あなたも聖天界に呼ばれたのでしょう」
「ああ、君の素行を事細かに訊かれたよ。いくら問題児だからといって突然呼び出されての尋問はおかしいとは思ってたのだけれど……これからはもう少し素行にも気をつけたほうがいいかもしれないね」
ひよりは黙って首を横に振る。十歳で魔法少女になってから約七年間、ずっとこのキャラクターで通してきたのだ。今さら変えようにも変えられないし、今までついてきてくれたファンにも申し訳ない。
「ゼロムは私のキャラが嫌い?」
「まさか、僕も君の大ファンだよ。ただ、疑われている期間ぐらいは大人しくしておいたほうが得なんじゃないかと思っただけさ。もっとも」
ゼロムは齧っていたにんじんを皿に置くと、鋭い視線をひよりを向ける。
「もう遅いだろうけどね。おそらく聖天界上層部は、この機会に問題児の君を処分しようとしている。たとえ無実であろうとお構いなしにだ」
恐れていた事態に青ざめるひより。それを見てゼロムは笑う。
「ちょっと驚かしすぎたかな。あくまでそういうことを考える連中が上層部にいるだろうというだけの話さ。何しろ革命派の勢力拡大の件で、ここのところずっとピリピリしているからね。大丈夫、聖天界だって一枚岩じゃない。君ほどの魔法少女を失うことを惜しむ者だってたくさんいるんだ。身の潔白さえ証明できれば何とでもしてみせるよ」
ひよりは大きく息を吐いてうなだれる。お調子者の彼女を諌めるためにゼロムはちょくちょく釘を刺すのだが、今回ばかりは脅しが効きすぎたようだ。
「さてひより、君はこれからどうする? 本部の捜査結果を指をくわえて待つかい。あやめ本部長は優秀だし君に対して友好的だから、それもありといえばありだけど……」
ひよりはふたたび首を強く横に振る。
「もちろん私も動くよ。私を陥れようとした犯人に目にもの見せてやらないと!」
「それでこそ僕のひよりだ」
ゼロムが笑うとひよりも釣られて笑う。
今までどんな窮地も二人で乗り越えてきた。今回も大変な事態ではあるが、二人ならきっといつもどおり乗り越えていけると思った。
それが、何の根拠もない空虚な幻想であると気付くのは、もう少しだけ後の話になる。
翌日、ひよりたちは高砂市の映画館『ブラックシネマパーク』まで足を運んだ。名前から判るとおりブラックシネマ団の活動拠点の一つである。
犯人捜索をすると決めた後、ゼロムと話し合った結果、やはりブラックシネマ団が怪しいという結論に達したのだ。
「大怪我した頭領を放っておいてみんなで海外で映画撮影なんていうのがそもそもおかしのよ。絶対あいつら何かを企てているわ」
「ひよりさえ始末できれば、ブラックシネマ団は群羊県すべてを手中に収めることができる。聖天界との不仲も当然知っているだろうし、この冤罪が作戦だとすれば実に巧妙な手口だね」
群羊県の中心である前坂市を実質一人で抑えているひよりは、ブラックシネマ団からすれば目の上のたんこぶである。新米魔法少女一人の生命でどうにかなるなら願ったり叶ったりだろう。進一郎が仕組んだことだとは思わないが、組織の中に今回の卑劣な作戦を考えついた切れ者がいるという可能性は十分考えられた。
ひよりはブローチを使い魔法少女ワイルドチェリーへと変身する。いつもなら敵前で堂々と変身する自信家の彼女だが、敵の拠点に単身乗り込むのは初めてのことなので、多少は慎重にならざるをえない。
しかし変身した以上、余計な小細工を弄するのは魔法少女の沽券に関わる。ひよりは正面から堂々とブラックシネマパーク内部へと侵入した。
ひよりはフロントに詰め寄ると大声を張り上げる。
「フィルム伯爵はどこにいる!」
「伯爵なら現在、上映中の映画を鑑賞されております」
フロントの受け付け嬢はあっさりと白状した。いささか拍子抜けで罠を疑ったが、組織と直接関係ない派遣社員だと聞いていちおう納得する。
「ご協力感謝します。それでは私はそちらに向かいます」
「あ、お待ちください。入館はお一人様千七百円です」
「え? いえ、私たちは映画を観に来たわけでは……」
「では上映終了時間までお待ちになられてはいかがでしょうか」
「……上映終了まで、どのぐらいかかるのでしょうか?」
「始まったばかりですので、約三時間ほどお待ちいただければ」
いくらなんでもそこまで待ってはいられないし、待っている間に進一郎に逃げられる可能性もある。ひよりは断腸の思いで財布から野口を二枚抜き出した。
「申し訳ありませんが、当館は魔法生物からも入場料を取る決まりとなっております。お二人様、三千四百円になります」
――悪の組織の分際でぇ!
思わずその場で攻撃魔法を放ってやろうかという衝動をすんでのところで抑える。
たとえ悪の組織であっても法の下の平等は存在する。こんなところで警察沙汰を起こしてしまっては魔法少女の資格剥奪モノである。問答無用で暴れ回っても苦情や小言程度で済んだあやめの現役時代とは違うのだ。
ひよりは血の涙を流しながら震える指で野口をもう二枚追加した。
「当作品は3Dとなっております。チケットのついでに3Dメガネはいかがでしょうか」
もとより映画を観に来たわけではない。笑顔を振りまく受け付け嬢を無視してひよりは肩を怒らせながら館内に侵入した。
貸切にでもしているのか、閑散とした薄暗い館内でひよりは進一郎の姿を探す。
敵の本拠地ではあるが、罠らしい罠もなく、探し人は簡単に見つかった。
「部下から報告は受けている。そろそろ怒鳴り込んで来る頃だと思ってたよ」
ポップコーンを片手にのんびり映画を鑑賞していたフィルム伯爵こと二神進一郎は、ひよりの姿を確認すると隣の席に座ることを薦めてきた。
当初の予定通りマジカル☆折檻を実行に移そうと思ったひよりだが、どうやら単に平日の昼間だから客が少ないというだけで一般人もそこそこいるようだ。一般人の前で暴力を振るうのは少々不味い。
「暴力沙汰はやめとけ。すぐに通報されるぞ」
悔しいが進一郎の言うとおり。今すぐこの場で制裁を加えるのは無理のようだ。
「進ちゃん……いいえ、フィルム伯爵。あなたに訊きたいことがあります」
「用件はわかってる。だがまずは映画を観よう。話はそれからだ」
「そんな時間ないわよ! さっさと表に出なさい、人目のない場所で私がゆっくりことこと折檻してあげるから!」
「焦ったところでおまえの容疑は晴れないぞ。おまえだってせっかく高い金を払ったんだから観なきゃ損だろ。いいから座れよ」
そこでひよりは言葉を失う。進一郎の余裕ある口ぶりに若干いらつきこそしたが、彼の言うことは紛れもない事実だったからだ。
「……一時停戦よ」
ひよりは進一郎の隣りの席にどかりと腰を下ろすと、いつも持ち歩いている愛用のマイ3Dメガネをかけて迫力あるアクション映画を思う存分堪能した。
「どうだい、俺たちの撮影した新作映画は。今回は久しぶりにアクションに挑戦してみたんだが、感想を聞かせてくれよ」
「悪の組織が撮ったにしてはなかなかね。ストーリー自体はシンプルだけど、出演者の演技、CG共に合格点をあげられるわ。強いて文句をいうなら、せっかくの3D技術を生かしきれていないように思えるところかしら。まっ、次回作に期待ってところね」
ブラックシネマパークを出て、近くの喫茶店でひよりは進一郎と映画の話に華を咲かせる。
やはり映画は最高だ。愛と勇気と希望を力に変えて戦うひよりだが、愛も勇気も希望も夢も正義も、すべてはフィルムの中にあるものだと半ば本気で信じていた。
「気に入ってくれて嬉しいよ。それじゃあ映画の話はひとまず置いておいて、約束通り本題に移ろうと思うんだが……」
――本題?
ひよりは首を傾げるが、すぐに気付いてポンと手を叩く。
殺人事件の件で進一郎を尋問しようとしていたことをすっかり忘れていた。
「結論からいうと、ほたてを殺した犯人は俺にもわからん」
「ホントに? 何かウソ臭いわね」
ひよりの疑惑の眼差しに進一郎は大きく肩をすくめる。
「もちろん身内はまっ先に調べたさ。いくら事件当日、組織総出で海外に出かけてたとはいえ、新米魔法少女一人殺すだけなら他の組織に頼るか、もしくは殺し屋を雇えばいいだけの話だからな。情けない話だが、安い手柄欲しさに組織を預かっている俺に黙ってそういうくだらないことをやる輩がいないと断言できないってのが現状だ」
訊けば組織内での進一郎の立場は微妙で、若輩者にも関わらず組織の大幹部に抜擢された彼を快く思わない古株はたくさんいるとのこと。
どこの組織にも軋轢というものは存在するものだと、ひよりは少しだけ進一郎に親近感を覚えた。
「しかし、どれだけ洗っても怪しい奴は誰一人として出てこなかった。今のご時世に暗殺なんてご大層なことをやらかして俺の情報網にかからないってのはまずありえない話だ」
「……」
果たして進一郎は真実を語っているのだろうか。
ひよりとしては幼なじみの言葉を信じたいが、進一郎はすでに卑しい悪の組織の一員だ。組織の繁栄のために彼女に嘘をつき陥れる可能性も十分考えられる。
その証拠にひよりが進一郎の眼をじっと見つめると、彼はプイと眼をそらす。ちゃんと眼を見て話せといってもうるさいと一蹴するだけだ。心にやましいところのある証拠だ。
「進ちゃん、犯行時刻に海外に撮影に行ってたんだよね。しかも組織総動員でさ。それはちょっと都合が良すぎじゃないかな」
「半年以上も前からスケジュールでそう決まってるんだ。都合が良いも悪いもねえよ」
「頭領があんな状態なのに? 進ちゃんって意外と薄情なのね」
「誰のせいだと思ってるんだ! 頭領はおまえにやられた怪我を癒すために地獄に帰っちまったんだからしょうがないだろう。俺たちに出来ることは頭領が戻ってくるまで組織を守ることだけだよ」
確かにそれは正論だ。ひよりは進一郎の殊勝な心がけに感心しながら頼んだコーヒーを口に運ぶ。ところでこのコーヒーの代金はいったい誰が払うのだろうか。
「いいか、これだけは言っておくぞ。一見無法に見える俺たち悪の組織にも、決して破ってはいけない掟ってものがある。互いに決めた決闘時刻以外に魔法少女に手をかけるっていうのはご法度なんだよ。それを犯したゲス野郎には重い制裁が待っている。さっきは断言できないと言ったが、他の組織に頼むなんてことはもちろん、自らの手を汚さずに殺し屋を雇うなんて恥知らずな真似は滅多なことじゃできないし、やれないんだよ」
常識的に考えれば割りカンということになるのだろう。
しかしひよりは思う、こちらはわざわざ高砂市まで出向き、高い金を払って映画までつき合ってやったのだ、コーヒー代ぐらいそちら持ちでも罰は当たらないのではないかと。
「おまえは俺のことを疑っているんだろうが、時間的にはもちろんのこと、立場的にも犯行は不可能だぞ。俺の動向はおまえらだけじゃなく仲間内にだって監視されている。ヘクセンナハトもそのことを理解しているから俺を解放――って人の話を聞け!」
進一郎がテーブルを叩いて怒鳴る。
どうやらうわの空で聞いているのがバレてしまったようだ。そんな青筋たてて怒らんでもええやないかとひよりは思う。
「ここの支払い、7:3でどうかしら? もちろんあなたが7で私が3」
「コーヒーぐらい奢ってやるよ! ともかく、だな……俺たちを疑う前に、ひよりはまず身内を疑うべきだ。おまえはそんな性格だから、恨みを買っている奴が絶対に一人や二人いるはずだ」
「愛と正義と希望のスーパーヒロインであるこの私が悪の組織以外の誰かに恨まれるなんて、そんなことホントにあるのかしら?」
「自覚がないってのは怖いな。そっちの界隈には疎い俺でも良くない噂はいくつか聞くぜ。特におまえと一緒に戦っている魔法少女たち絡みのな」
――むむむむ。
痛いところを突かれて、ひよりは心音が早くなるのを感じる。
「あまり考えないようにしてたんだけど……」
共に死線をくぐりぬけた仲間たちを疑うようなことはしたくないのだが、心当たりがまったくないといえばウソになってしまう。極めて遺憾だが、いずれは彼女たちのことも調べなければならなくなるだろう。
「ここから先は提案だ。俺は今後も悪の組織側の情報を集める。ひよりのほうは魔法少女側の動向を探る。それで互いに情報を交換しあう。真犯人が見つかるまでは一時休戦。おまえが俺を信用してくれるならこれが一番効率的な方法だと思うが……どうだ?」
藁にも縋りたいひよりとしては、涙が出るほど嬉しい提案だ。しかし――
「私としてはありがたい提案だけど、ありがたすぎるのが問題だわ。あなたたちにメリットが何もないじゃない。そういうのは逆に信用できないわ」
「メリットはある。ぶっちゃけ言わせてもらうと、頭領不在の時にひよりに攻めてこられると困るんだよ。情けない話だが現状、おまえに対抗できそうな戦闘員はほとんどいないからな」
ひよりにはボコられたが、ブラックシネマ団頭領、ブラックシネマはこの界隈でも指折りの実力者である。純粋に悪の組織という側面だけで見れば、ブラックシネマ団はブラックシネマのワンマン組織ともいっても過言ではない。
ひよりには組織を潰した経験がないので断言はできないが、頭領不在の今、ブラックシネマ団を壊滅させること自体はそこまで難しくないように思える。
「どうせ捕まるからっておまえに大暴れでもされたら組織が壊滅しちまう。頭領代理の俺は、間違いなくその責任を厳しく追及されるだろう。そうなったら俺はもうおしまいだ。一般人に戻るか、さもなくば首をくくるしかない。
俺は預かった組織を頭領に無事に返すことができる。ひよりは殺人事件の容疑を晴らすことができる。俺がいなけりゃ悪の組織の動向が掴めないからおまえは裏切れない。逆におまえは俺が裏切ったらひと暴れすればいい。互いに得も保障もある、いい協力関係だと思うが、どうだ?」
――あいかわらずお人よしねえ。
進一郎はいかにも対等な条件そうに話しているが、この提案は純粋に好意から来るものであることに、つき合いの長いひよりは気付いていた。
今は猫の手も借りたい状況だ。ここはお言葉に甘えることとしよう。
「もし無罪になったら、また私と戦うことになるのよ。それでもいいの?」
「上等! おまえを倒すのは俺たちブラックシネマ団だ、冤罪なんぞで幕は引かせねえよ」
「そうよね、来年になったら私のAVを撮るって息巻いてたものね」
進一郎は飲んでいたコーヒーを盛大に噴き出した。
「あやめの奴……あの映像、マジでひよりに見せたのかよ。まったく常識を疑うぜ」
当事者が不快に思うような卑猥な単語を連呼しておけば、映像を見せることを躊躇するだろうと踏んでいたと進一郎は言う。もちろんあやめがそんな気配りをするはずがない。彼女はひよりのことを酸いも甘いも味わい尽くしたベテラン戦士だと思っているからだ。そしてその見識はあながち間違いでもない。
「奇麗に撮ってくれるなら、私いいよ」
ひよりが上目遣いでそんな冗談を言うと、進一郎は顔をまっ赤にして、コーヒーの代金を置いてその場から逃げ出した。
浮いたお金でおかわりのコーヒーを飲みながらひよりは、
――進ちゃんって意外と初心よね。
と、勝利の微笑みを浮かべていた。




