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第3話 崩落事故

「崩落?」

「はい。二日ほど前のことなのですが、ここから一番近いノードと繋がる道で事故がおきまして、まだ復旧の目途がたっておらず……灯火台の明かりが消えたのはそんな時だったのです。本当にお二人にはなんとお礼を言っていいものやら」

 整備員は礼を言うと、その目に涙を浮かべる。

 無理もない。地下世界で灯火トーチが消えたということは、インフラのすべてが停止するという事以上に深刻な問題なのだ。

 光苔ひかりごけをはじめとした代替燃料や、旧時代からの名残で利用している化石燃料を使った照明器具があっても、多くのいのちを抱える街で、すべての暖と生活をまかなえるほどの供給は無いのが常だ。

 灯火と灯火使いは、彼らを庇護する灯火教団の指示に伴い、街から街へ移動し供給を賄っているが、極稀に今回のような事故や地下世界の生物による事件により、どうしても辿り着けない街がでてきてしまう。

 常駐している灯火教団により最悪の事態は脱がれるが、もし灯火が灯らなくなってしまった街があるとしたら、それはどうなってしまうのだろう。

 それはもはや街ではない。

 まずインフラが止まり連絡や移動ができなくなる。明かりは消え、暖もとれず、地下世界の生物怯え、人々は忘れられたように地下の一角に閉じ込められたまま、街そのものごと滅びを迎える。

 ウィルは窓越しに広がる街並みに目を向け、表を一望した。

 どの街も灯火台は街のほぼ中央、一番高く頑丈に作られる建物に備え付けられている。それは中継都市ノードであっても変わらず、階下には街が広がり、指先の長さ程度に人々の姿が伺えた。

 中継都市は他の中継都市との接続口であり、だいたいは竪穴式の構造となっている。

 上下階には街や他の中継都市に移動する通路が備わっており、灯火台からも往来を確認できる位置にあるのがどの街でも基本だ。

「一番下層の通路です」

 ウィルが探すようなそぶりをしていると、整備員が崩落事故のあったという通路を指さす。入り口では昼の休憩も程ほどに、仕事に明け暮れる人々の姿が伺えた。

 事故の影響で住んでいた街に戻れなくなった者もいたのだろう、彼らが身に着ける衣服は作業着から普段着と皆異なっていたが一様に土埃に汚れている。本来の仕事を投げ出して、復興の作業に追われているのだ。

中継都市このまちを含めたこの区画は、居住区の大半が街にありまして、中継都市こちら側には被害はなかったものの、今のままだと生活もままならない状況なのです」

「灯火教団の施設も街側……ということですか。一人も教団の姿が見えないのはおかしいと思っていましたが」

「それが……今回の崩落の原因はワームの大量発生によるものだとかで、教団の方々には、あちらの街から真っ先に向かってもらっているはずなのですが、重なる崩落で今は連絡が取れないらしく……」

「そういう事情であれば私たちも現場に向かいましょう。モグモグ族の方々と力を併せれば、一日もあれば土砂を除去できるかもしれない……おい、ルミエル聞いていたか?」

 ウィルがソファに目を向け、その眩さに目を細める。

 窓辺から室内を照らす光はさんさんと、食後ともあれば睡魔に襲われかねない、柔らかな温かみをもって降り注いでいる。

 その光の元となった少女はといえば、仕事は終えたとすっかりくつろぎムードでソファへと寝ころび、ご褒美としてもらったブックレットのページを一枚一枚めくるたびに、好奇と感嘆の悲鳴を浴びては、まばゆい光を放ちながら転げまわっていた。

「…………聞いていたな?」

「はい。聞いていました」

 嘘を付けと叫びたくなるを必死にこらえる。

 感情だけは隠し切れず、ウィルが身にまとう光に、黒色が増していく。

「すぐに出発だ」

「はい。分かりました。準備します」

 憤怒の黒炎がウィルから立ち上った瞬間、ルミエルは即座に佇まいを直す。

 やはり今まで見た灯火たちとは違うなあと作業員が苦笑いし、ウィルも手際よく身支度を整えた。

「大体の事情は把握しました。私たちも現場に向かいますが事情をきちんと伺いたいので、今回の崩落の事情に詳しい方と一緒に行くことはできませんか?」

「おお、助かります。お二人の話は伝えますので、通路の入り口でお待ちください」

 言うな否や、ウィルの帯びる光にあてられたのか、事故の解決に活路が見えたためか、整備員もそそくさと行動を始める。

 ルミエルはといえば、ウィルが少し目を離したすきに、階下へと続く階段を降り始める慌てようだった。

「急ぐのと慌てるのとは違う。こけるなよ」

 やれやれとため息をついてルミエルの後を追うウィル。

 階を下り灯火台を出ると、先程までは届かなかった市中の喧噪が目と耳を覆った。

 辿りつく街々で目にしてきたような、活気から来る喧噪ではない。崩落事故という非常時、口にこそ出さないが駆り立てられるような焦燥感を、街が、人々が醸し出している。

 人ごみを縫うように街中を進み、待ち合わせ予定の場所を目指す。次第に見えてきたそれを見上げて、ウィルは思わずた言葉を漏らした。

「……厄介だな、これは」

 街と街を繋ぐ通路は、距離や役割によって大きく形が異なる。

 工業が盛んな街との通路であれば灯火台程の高さを持つものもあるし、居住区から中継都市への通行のみが主であれば、建屋一階程の高さしか持ち合わせないこともざらだ。

 商工業地区を兼ねた中継都市から居住区、行政区を抱える主要街への接続通路は、ウィルが想像する以上に巨大だった。

 歩行や荷車用に舗装された道の他、脇には灯火を原動力とする貨物用トロッコの上下路線までも伺える。

「大きいですねぇ」

「これほどの大きさの通路が通り抜けできないくらい崩落したんじゃ騒ぎになるわけだ。ここから見える距離になさそうだし、崩落した場所まで暫く歩きそうだな」

 灯火台からの光が届かない通路の先は薄闇に覆われている。

 平時であれば灯火台からの供給で灯りがつくのだろうが、今は足元を光苔ひかりごけがぼんやりと照らし、かろうじでそこが道であることがわかる程度だ。

 闇の向こう、まだ見ぬ場所で起きた事故は、ウィルの想像を大きく上回っているようだ。

 ふとルミエルに目を向けると、初めて見る大規模な通路に心躍らされているのか、微かな黄色を混ぜた光を放っているのを見て、ウィルは再び大きなため息をついた。


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