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第2話 灯火の仕事

 地下世界は概ね二種類の街で形成されている。

 都市と都市を繋ぎ、巨大な縦穴構造で形成される中継都市ルート、そして一つの中継都市を中心として枝葉のように居住区や工業区を持つノードだ。

 中継都市を兼ねる街も存在するが、大体は中継都市に二つから三つの街が所属する形で、一つの都市と成している。

 この二種類の街には、それぞれ一つずつ灯火トーチ台が置かれ、光力や工業機械といった街のエネルギー事情を一手にまかなっているのだ。

 そして、灯火と灯火トーチ使いは街から街に旅をすることで、常に地下世界の街の灯火台を絶やさぬよう灯し続けることで、人類は今もなお地下世界で文明を維持しながら生きているのだ。

 

「そ……そういえば、さっき灯火トーチ台が光っていましたけど、ウィルさんが灯してくれたんですよね。蓄灯石ちくとうせきはもう無かったんですか?」

 案内された機材室の中、無言で準備をしていたウィルに、ついに場の空気の重さに耐えかねたルミエルが声をかける。

 蓄灯石ちくとうせきとは、灯火が出すエネルギーを一定量貯めるための道具だ。街から明かりが消え、灯火の到着も遅れた万が一の時の備えである。灯火が灯火台に充填する際に、一緒に予備として充填するのが慣例となっているが、ルミエルが見渡す限りではひとつも用意されている様子は無い。

「無駄口叩かずにお前は蓄灯に集中しろ。準備ができたらすぐに灯火台に火を入れる。街の人たちにあんな汚い光を浴びせ続けるわけにはいかないしな。しかし……蓄灯石の備蓄はおろか灯火教団の詰所には人っ子一人いない。ここは生まれたての中継都市なんですか?」

 ルミエルへの返事も程ほどに、ウィルは作業員に皮肉を込めて言った。

 二人が昨日この街を訪れたときから先程ウィルが灯火台を灯すまで、ずっとこの街は黒闇の中にあったのだ。

 聞けば丸一日その状態が続いていたという。それはすなわち、ライフラインが息絶えていたことであり、灯火台に全てをゆだねる地下世界の住民からすれば一大事である。

 事態を理解していないのか、それとも言えない事情があるのか。

 言い淀んでいた作業員を急かすようにウィルは続けて言った。

「いずれにせよ詳しい話を後ほど説明してくたさい。事によっては、街にも伺いますのが、まずはこの灯火台から灯しましょう」

「お願いします……ああ、こっちの準備はできました」

「こちらもです。――よし、始めようか」

 

 台座に腰かけているルミエルをウィルが見据える。

 手首と足首には器具があてられ、あとはルミエルが発光さえすれば、灯火台に灯火の帯びる光がエネルギーへと変換される仕組みだ。

「……お手柔らかにお願いします」

 ルミエルは顔を引きつらせてウィルを見返す。

 それもそのはず、灯火が灯火台を灯すということは、感情を高ぶらせ発光することに他ならない。

 灯火使いであるウィルは、灯火であるルミエルの使役者だ。

 より効率よく、必要な場所、時に、灯火であるルミエルの感情を高ぶらせ、必要な量の灯火の光を出させねばならない。

「さて、どうしたものか。つい先刻叱ったばかりだしなァ、まだまだネタはあるんだが」

「反省してます……」

 薄っすらとルミエルの体から青味を帯びた光が輝き出す。

 ふむとウィルは唸ると、作業員の男を手招いて、包みを受け取った。

「……ウィルさん、それは……まさか」

「そう、まさかだ。お前の大好きなアレだ」

 青から白を含んだ黄色へ。ルミエルの輝きが増す。

 中年の作業員はそれを見て、おおっと声を漏らした。

 ルミエルに繋がれた機器は灯火のエネルギーを検出し、その量を示す針はぐんぐんと上がっていく。

「何なにナニ?! 中身何?!」

「今回の街でもこれを探すのには苦労したんだ。地下世界の上層なら未だしも、ここは中層だからな。行く街々で探せても俺らの路銀で事なすとなると案外出費なんだぜ?」

「はやく!なかみ!!それ何!中身何なの?!」

「慌てるなよ。まだ中身も、そもそも今回の仕事でこれをやるとも話をしてないだろう。お前がこれを大好きなのはよく知ってる。しかしお前は今日の務めをきちんと果たしたか?」

「く、くぅ……そ、それは……」

 ルミエルに帯びる光が青味を増して、一際強く輝く。その時だった。

「……今です。お願いします」

 くんっ。

 作業員がレバーを下ろすと、ふっとルミエルが帯びていた光が消える。それと合わせて、機器が差していた針がぐんととかさを増す。

 ルミエルはというと一瞬固まったように惚けた後に、その目と体に光を取り戻した。

「うう……今のでお勤めしたでしょ!ご褒美ください!」

「まだだ。……とは言えちゃんと反省していたようだしな。ほれ、ご褒美だ。ワームの皮のパリパリ揚げ、朝飯まだだろ? ……あ、今です。お願いします」

 光り始めたのを見計らって再度レバーを下ろす。

「これじゃない……これじゃないよ! 美味しいしお腹減ってたけどこれじゃないの!」

「……灯火のお嬢さんは何と思ってたんですか?」

「こいつは遺物がーー旧世代の発掘物か好きなんですよ。地上の風景の写真とか、昔の書物とかですね」

「なるほど。先程ご注文なさっていたのはそれだったのですね」

「あるじゃん!! やっぱご褒美あるじゃん!! 早く! それ!! はやく!!」

「……寝坊した分体力がありあまってるのか? 今日は元気だな。……こいつが光ったら問答無用でレバー下げてください。この分だともう数回いけます」

「は……はぁ」

 作業員がおずおずとレバーを下げる度に、ルミエルはかくんと糸が切れるようにうつむき、また体に光を帯つ。

 

「ウィルさん……私今日結構頑張ったよね? ご褒美欲しいな?」

「いけるいける、あと三回はいけるぞ。寝坊も考え物だな、そんなに体力か有り余っているのならその半分でも胸が育てばいいのにな」

「なっ……なんですってええええぇぇぇっ!!」

 

 かくん。

 

「疲れたか? じゃあ先に遺物の詳細を教えてやろう。地表近くの区画で発掘された映像ディスクとブックレット一式だ。映像は見れないがブックレットの状態はすこぶる良い。旧世代の『海』について書かれた――」

「何それ欲しい!! 見たい!! 今! いますぐううぅぅ!!」

 

 かくん。

 

 このくらいだろうか。

 こんなやりとりをもう数回重ねたところで、頃合いを見測ったウィルは、ルミエルの両手から器具を外し始める。

 ルミエルは丁度虚脱から抜けきったところで、ふえと声を漏らしてウィルを見上げた。

「ウィルさんん……私頑張ったよね? 良い子だよね?」

「ああ。寝坊癖さえ直ればな。ほれ、これがさっき言ってた映像ディスクだ」

 ウィルがそれを手渡すと、途端にルミエルの体から一段と強い光が輝きだす。

 それはこれまでとは比べ物にならないほど強く、一番輝きに満ちているように見えた。

「うぅ……中身見たい!! あけていいですか?」

「もう手がかかってるぞ……下の休憩室でやれ。他の人の迷惑にならないようにな。俺は機材の片づけを手伝――居ないか」

 返事も程々に、階下にかけていくルミエル。その後には、輝きの残り香が軌跡として残ったまま、宙を漂っていた。

 ウィルは階下から聞こえるルミエルの喜々とした声に、少し頭を痛ませながら、先ほどまでルミエルに繋がっていた機器類を手際よく片付けていく。

 灯火台の充填率を確認すると、いよいよ再起動の手順に移り始める。

 程なくして、灯火台が灯していた赤黒く禍々しさすら感じる光は、様々な色を帯びる暖かく力を帯びた黄白色の光へと変わっていき、その光を見てウィルは満足げに頷いた。

「素晴らしい、私は太陽の光というものを知りませんが、きっとこんな暖かな光なのでしょうな。灯火台がこんな光を出しせるとは思ってもいなかった。……しかし驚きました。小さくてあんなに輝く灯火さんは初めて見ましたよ」

「あの年齢の灯火はみんなあんな具合ですよ。しかし同じ年代の子で、それほど輝けないのであれば、それは他の灯火使いが灯火の力……感情の力を引き出せていないのでしょう。」

「なるほど、灯火使いさんの腕前というやつですね。差し出がましいのですが最後お渡ししていた遺物、あれをもっと早めに出せば、より早く灯火台が灯せたのでは?」

 灯火使いが灯火をコントロールする方法は、灯火使いによって異なる。あのタイミングでルミエルの好物を出したことに、整備員は疑問を持ったのだろう。

 灯火台の光に満足はしている。しかし最後にルミエルが帯びていた眩いほどの光は、今の灯火台が放つものとは比べ物にならないほどに得難い。惜しくなってしまう気持ちもわかる。

「灯火使いの我々は、過去灯火だったことはご存知ですか?」

 作業員が頷き、ウィルが続ける。

「私もかつて灯火でした。灯火が帯びる光が灯火台にもっていかれるとき、今回で言えばレバーを下された瞬間。ルミエル《あいつ》の体と目から光が無くなったのを見たと思います。あの瞬間、光と一緒に感情が、気持ちが持って行かれるんですよ。

 嬉しいとか、怒りとか、楽しいとか、悲しいっていう気持ちが、灯火台に吸われてしまう感覚があるんです。そうすると、ふとどうでもよくなっちまうんです。大好きなものが目の前にあるのに、大好きな人によくされたり、悪くされたのに、それまで持っていた気持ちが、その瞬間全て消え失せるんですよ。だから俺は灯火使いになる時に決めたんです。ああいう時、本当に伝えたい事やあげたいものは、充填とは関係なくしてやろう、ってね」

「灯火のお嬢さんが、あんなにも眩しい理由が分かりましたよ」

 

 中継都市が灯火台の光によって彩られていく。

 建物の壁が、彼処に茂る緑が、自らの色を思い出したかのように輝きはじめる。

 人々は上層を見上げ、灯火台がきちんと灯ったことを見ると、それぞれ今日の務めをこなさんと声を上げて動き始めた。

 

 この街の、朝がはじまった瞬間だ。


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