迎え
メローラは松明をかざしてやりながら、道案内の後ろを歩く。
そろそろ、追っ手が来てもおかしくない。一人消えたとなれば、下手人はおのずと分かるはずだ。いや、最初から考慮のうちかもしれない。
「おい、もっと早く歩けよ」
案内役は心なしか足を速めた。
しばらくするとふらふらしだした。
また休憩するか。
当然だ。両腕がやられた状態で長い間歩いてきたのだ。
「休憩するか」
そうメローラが言った矢先、案内役のアルは崩れ落ち、その場に倒れこんだ。
メローラは激しく舌打ちをした。
「おい!」
メローラはアルを足蹴にする。
剣と松明を手に握っていたし、彼女には彼に対して遠慮など持ち合わせていなかったのだ。
だが、アルは気を失っているらしかった。
これはまずい。
こいつが起きるのを待っていたら、追っ手に追いつかれてしまう。
思い切り足蹴にする。
アルはひっくり返るも、目を開けようとしない。
「くそっ」
メローラは周囲を見回す。
松明をその辺の壁に立てかけ、懐から布袋を取り出し、洞窟内で滴り落ちる水滴をため始めた。
充分溜まったのを見計らい、それをアルの顔にぶっかけた。
アルは身体全体を震わせ顔を覆ったかと思うと、すくっと起き上がった。
「……」
アルは視界にメローラを見つけ、視線を向けてきた。
「早く起きろ」
アルはよろよろと立ち上がる。頭を抱えた。
「もう充分寝たんだから、案内してもらう」
「はい……」
まだぼーっとしているのか、返事も空ろだ。
2人はまた歩き出した。
「あとどれくらいだ」
アルは振り返らずに答える。
「……、もうだいだい進みました。あと少しですかね」
「曖昧な答え」
メローラは笑った。
洞窟内は風は無いが冷えていた。
早くこんな場所おさらばして日の光を浴びたいところだ。
後方から靴音の何重奏が響いてきた。だんだんとそれは近づいてきていた。
メローラは笑った。
「お迎えよ」
アルは思わず顔をほころばせていた。
「おめでとう」
メローラは言った。
「とりあえず、先に進みなさいな」
彼女がそう促すと、アルは先へ歩みを進める。
「あとどれくらい?」
「……間に合いますまい」とアル。
「……残念ね。ご苦労様」
メローラは剣の柄を強く握った。
「待て!」
声がした。
振り返ると、10人程の兵が松明を持って2人を見ていた。
兵達は剣を抜く。
「剣を下ろせ!」
「あはははは!」
メローラは走り出した。
「待て、追え!」
兵達が走り出す。
呆然としているアルを横切り、兵達が逃げた彼女を追った。
メローラを追いかける兵士達は、怒号を上げながら追いかけてくる。
「そんなに大声上げたら、体力持たないわよ!」
メローラは笑う。
「待て!」
「逃げられると思うな!」
「止まれ!」
兵達は口々に言った。
野で山賊をやっていた彼女は思いのほか俊敏で体力もあった。兵士達は鎧を着ているし、10人という人数には洞窟は狭かった。
だが、とうとう追いつく時が来た。
メローラが足を止めくるりと振り返る。
「っはははは、ここまでね」
兵士達は追いついて停止した。
メローラはにやにやしていた。
「観念したか!」
「大人しく捕まれ!」
「大人しくするよ、もちろんね」
メローラが言うと、彼女の背後から足音と鎧の擦れる音が聞こえてきた。
今度こそ兵士達は身体を停止させた。
「立ち去れ!」
向こう側からやってきた兵の一人が語気強く言った。他よりも豪勢な鎧を着ている彼は、覇気を漲らせ、周囲を圧倒する雰囲気を醸し出していた。
「ジャイル!」
叫んだのは『影の王宮』側の兵士だった。
ジャイルは、ほうと言った。
「俺の名を知っているとは話が早い。さっさと立ち去れ。この姫はこちらで預かる」
「おのれ!」
ジャイルの兵は弓を構えている。
「お前らが何者か知らぬが、俺の邪魔をする気なら、容赦はしない」
兵士達の顔は憤怒に代わっていった。
「ジャイル!お主の様な奸臣はいずれ後悔する事になる。我らが主の前でな」
「射て!」
ジャイルが叫んだ。
矢が一斉に放たれ、兵士達を次々となぎ倒していった。
「……影の王宮……ばんざい……」
事切れる前に彼らはそう言った。
「お助け頂き、感謝の限り。なんとお礼を言って良いか……」
メローラは歩きながら言った。
「よくもまあ、無事だったな」
ジャイルは素っ気無かった。
「ジャイル殿御自らとは、恐縮の至りにございます。わたくしの事など放って置いてもよかったでしょうに」
「王にお主を謁見させると約束した。それを守らねば不忠になる」
彼は淡々と答えた。
「どうやって逃げてきた」
「隙を見てでございます、走っては隠れ、走っては隠れ、苦労致しました」
「そうか」
外に出た。
メローラにはひさびさの太陽の光だった。眩しさにまだ目も身体も面食らっていた。
出口で待っていたホイルが主君に一礼した。
「では、参るとしよう。時間もない」
ジャイルは馬に跨った。
メローラは馬車に連れて行かれ、座席に座らされる。
一行は再び王都へ向かって出発した。