影の王宮
メローラが連れて来られたのは、鍾乳洞の広い空洞であった。鍾乳石が蝋燭や松明に照らされて美しい。
その空洞の広場の高台になっているところに椅子に座る人物がいた。髪を伸ばし、黒っぽい服を着ている。全身が黒といってもいい。
「よくぞここに来て下された」
男は良く通る声で言った。
メローラは答えなかった。
「貴様!」コハが横で怒鳴った。
メローラはルキとコハ3人で並んでいる。
男は椅子から立ち上がった。そろりそろりと近づいてくる。
「私の名はバスタークという。メローラ姫、会いたかったぞ」
メローラはその男の顔をはっきりと見た。長く振り乱れた髪から覗くその顔は、整ってはいるものの暗く淀んでいた。目は怪しく光り、魔力のように惹きつけ離さない。
「ここにあたしを連れてきた理由は?」
単刀直入にメローラは訊いた。
「無礼者……」とコハが囁いた。
いい加減に本当に殺してやりたくなってきた。いや、もうずっと我慢してきたのだ。
あとでどうやって殺してやろうか。メローラは視線をバスタークから逸らさない。
バスタークは笑った。
「姫には礼儀を以て当たらねばな。では話そう。メローラ、お主に好き勝手に動かれると迷惑なのだ。我々は協力関係を築けるはずだ」
メローラが笑う番だった。
「あんたこそあたしの邪魔をした。余計な事をしやがって。せっかく大義名分が揃うところだったろうに、これまでの苦労が水の泡じゃねえか!ホントは今すぐにでも八つ裂きにしてやりたいくらいだ。手足も内臓もバラバラにしなぶり殺すぞコラ」
ギロリと彼女は睨みつける。ところがすぐにひょうきんな態度になる。
「それはそれとして、協力関係をどう築くつもりかしら?」
彼女の感情の起伏は端から見ていて激しいものだった。にこやかにバスタークを見つめる彼女は、可憐な姫そのものだった。
「なに、簡単な話だ」バスタークは淡々と答えた。
「オポティウスを骨抜きにする。あ奴は今、ジャイル・ブックスを頼りにしておるが、それを引き裂いて欲しい。お主がオポティウスに近づいてな。さすれば王位奪還も容易くなるだろう。ジャイルを失脚させ、オポティウスを操って貰いたい」
メローラはわざとらしく首を傾げた。首だけではなく上体ごと傾けているといった方が正しい。
「それがあたしに何の益がある訳?」
「国王の妾になって国政を牛耳れば、ナツルも滅ぼせるぞ」
メローラはじだんだして笑い出した。下卑た笑い声だった。
「そうしてあたしがあんたを裏切ったらどうする訳?自分の手で敵を作って、最終目的が果たせないというんじゃお笑い種よね。あたしが権力に固執し、あんたに玉座をあげなかったら」
「心配するな」バスタークはにやりとする。
この二人の間で、暗い情念の火花が散っていた。
「言う事はきかせるさ」
バスタークは高台の上を歩き出す。
「人間をどうやって操るか知っておるかね。まあ分かるとは思うが……、ロウニルトの実は実に美味らしくてな。それを一度口にすると何度でも欲しくなる。食えば食うほど、もっともっと……欲しくなる」
バスタークは口角を激しく上げて振り向いた。
「ここまで連れてきたお詫びにそれを食わせてやろう」
「いらないわ。食べたらあんたらの言いなりになるしかない。あたしの目的も果たせない。ここは互いに利がある方を選ぶとしましょうよ」とメローラ。
「お前が選ぶんじゃない。我々が選ぶんだ」
バスタークは語気強く言った。
メローラはふうと溜息をついた。
「どうやら、あたしは完全な道具になる為にここに来たみたいね」
ルキとコハがメローラに近づく。
「やだ怖い」
メローラは怯えた声を上げる。
コハが左腕をルキが右腕を締め上げる。
「大人しくしろ。お前の命運は尽きだ」
コハが言う。
「そんな事言っていいの?あんたのご主人様はあたしと協力関係を結ぼうというのよ?」
メローラがくすりと笑う。
「まだ余裕がありそうだな」
コハがメローラの腹めがけて拳を叩き込む。
メローラが呻いて倒れそうになるのをルキとコハの二人で支える。
その瞬間、コハの顔面から「ぶすり」と音がした。
ルキはメローラが袖の隙間から針の様な取り出しコハの顔面を突き刺したのだと知った。
一瞬の出来事だった。
コハが「ぎいやああああ」と悲鳴を上げる刹那、ルキは背後に回りこまれるのを感じた。しかしもう遅かった。
頬に鋭利な物を感じる。
「あ、あなた……!」
首を物凄い力で締め上げられる。
ルキは思わず手で振りほどこうとするが、ほどけない。
「大人しくしろ……ってね」
メローラはおかしそうに言った。
コハが呻きながらもメローラに襲い掛かろうとする。
「動くな!こいつを人目に触れられない顔にしてやる!」
メローラが叫ぶ。
「てめえええ」コハは顔を抑えながらバタバタする。顔や手が血まみれになっている。
「バスターク様!」ルキが叫んだ。
バスタークは、じっと立ってその光景を見ていた。
「足掻いても無駄だ。我らが『影の王宮』は必ず勝利する。私の家臣を放せ!さもなくば死んだほうがマシと思える目に遭わせてやる」
彼の言葉は殺気だっていた。
「私の事は気にしないでください!早くこの女を!」ルキは訴えた。
バスタークは首を振った。
「お主らを失う事など私には出来ん……」
メローラは意外そうな顔をした。
「へえ、あんたでも部下は大事な訳?なら、交渉しましょ?大事な部下は助けなきゃ駄目よ」
バスタークはにやりと笑う。
「分かった。お主は解放しよう。その代わりルキを放してやってくれ」
「なら、あたしを出口まで案内しろ。外に出てから1時間は連れて行く。適当なところで放してやる。あんたらは余計な事をするな」
「よしルキ、『青の出口』まで案内してやれ」
「駄目だ!元いた場所に戻せ!」
メローラが叫んだ。
「それはならん。我らの計画を邪魔した代わりに、我々もお主の計画を邪魔してやる。これが最大の譲歩だ」
バスタークは笑った。
「それが嫌なら、自分ひとりで帰るといい」
メローラが歯軋りをする。
「足元見やがって……」
「人質をとって脅しているのはそっちではないかね?」
メローラにずるずるとルキは引きずられる。やって来た方へ向かっていた。
そして広間から洞穴への入り口に差し掛かった時、ルキは解放された。振り向くと、メローラの姿はゆっくりと洞穴の闇に消えていった。
「やれやれ、頑固な娘だ。融通が利かんというか……」
バスタークの声が聞こえた。
「千載一遇の機を逃がしたくないのだ。若いな……。計画は失敗しそうだったら、柔軟に切り替えるものだ」
医者が来てコハを診ている。
「申し訳ございません……」ルキは跪いた。正直、死にたい気分だった。バスターク様の計画を自分が台無しにしてしまった。
「失敗は次取り戻せば良い……。お主らは『影の王宮』の一員なのだ。貴重な仲間を失いとうない……」
バスタークはルキの頭を撫でた。
「これからも、私に尽くしてくれ……」