洞窟の中で
ジャイルがメローラを連れて王都へ発った。メローラは馬車に乗せられて揺れる山道を進んだ。
ルキは得意の身軽さを以て馬車に併走した。馬車は程ほどに豪勢で、姫君が乗るのには少々物足りない気もするが、まだ本物か偽者か公には認めかねているのだろう。
周囲には3人の護衛の兵と馬車を走らせる兵ひとり。あわせて4人。なんとかなるだろう。
バスターク様のお考えは、あの姫を利用する事にあるのだという。「私と同類だ」とまで仰っていた。
バスターク様にあそこまで言わせる姫があの馬車にいるのだろうか。
コハが向かいの木陰に隠れている。彼は大柄の男で、粗暴なところがある。
「姫がどの程度が見極めてやる」と言っていたが。
しばらく併走を続けていたが、険しい山道に馬車が列からやや離れた瞬間を狙っていっきに襲い掛かった。
まずはコハが兵士に突撃した。
槍を振るい彼らの注意を向ける。
「山賊だ!」
兵士が叫ぶと馬車の兵は慌てて周囲を見回している。
いきなり止められたので馬達もわななき、少々暴れた。ルキは俊足を以て馬車に走りより飛び乗った。
そして座っていた少女の手を取り、連れ出そうとする。
「死にたくなかったら動くんじゃないよ!」
ナイフを取り出し、突きつける。
相手はびびるとかと思ったら、平静だった。
「目的は?」
やや茶がかった髪の色をした姫は、目が冷たく光っていた。
「お前さ」
ルキこそ平静を装い応えた。
「とにかく来い」ぐいっと引っ張る。
引っ張られる拍子に相手はルキのもう片方の手を弾いた。
ナイフが馬車の床に落ちる。
「しまっ……」と言う前に口元を塞がれ叩きつけられる。
「なかなか可愛い顔してるじゃない」
姫はくつくつと笑っている。
「あたしも昔山賊をやっててね」
「私は山賊じゃない!」ルキは口元から手を振り払い語気強く言った。
「ある目的を持って行動している!」
「あたしもそうよ」
姫はにやりと笑った。
「あんたのお仲間が外にいるわね」
馬車の入り口にぬっとコハが現れた。
姫は乾いた笑いをした。
「その目的とやらを教えてね」
姫は大人しくコハの肩に担がれた。
「逃げるぞ」
コハは周りを見回しながら言った。
離れていた兵士達が騒ぎを聞きつけ駆け寄ってくる。
姫は笑っていた。
「さっさと逃げないと殺されちゃうわよ」
「黙れ!お前こそ死にたいのか!」
コハが怒鳴りつける。
二人と姫はぐるぐると山の中回りながら兵士達をまき、とある岸壁にたどり着いた。
「ここに入るよ」
ルキは言った。わざわざ宣言する必要などなかったが。
洞窟の中をルキが松明を持ち進んだ。ひんやりとした空気が身体を包み、聞こえるのは息遣いと足音だけだった。それが洞窟に反響し、何重奏にもなる。洞窟内は松明の揺らめきによって、魔物が蠢いているようでもあった。
「どこまで行くの?」と姫。
「休憩地点がある。とりあえずそこまでだ」
何時間か歩き、休憩地点にたどり着いた。そこは天井に小さな穴が開いていて、そこから光が差し込んできていた。だが天井まではゆうに人の十倍もの高さがあった。
コハがやや乱暴に姫を下ろすと、姫は地面に叩き付けられた。
「ちょっと、もう少し優しく扱いなさいよ」
ルキの言葉にコハが鼻を鳴らす。
「こいつそんなヤワじゃねえよ」
姫はすくっと身体を起こし、洞窟の壁に寄り掛かった。
「あーあ、この服高いだろうに」
と愚痴る感じでもなく言った。
姫が着ている服は貴人として、どこに出ても恥ずかしくない類の服だった。ジャイルが用意させたのだろう。この姫を利用しようとして。
「ふん、そんな服どうだっていいだろ」コハが言った。
「そうだけど、ジャイルが可哀想じゃない?王へ謁見させるはずだった姫が道中攫われるなんて……さ」
姫はくくくと笑った。
そこで軽食をとった。干した羊の肉を頬張り、水を飲む。それだけの食事で、また歩みを進める。
「ひとつ言わせて貰うと、イチデンを出る」
ルキがそう言うと、姫はさすがに顔をしかめた。
「どこへ行くの?」
「ナツルさ」コハが答えた。
「故郷に戻れるんだぞ。嬉しいだろ」
そう言った瞬間、コハが呻いた。
姫が彼の腕に噛み付いたのだ。
「てめえ!」
コハに振り払われ、姫は洞窟の壁に叩き付けられた。
「てめえら、ナツルの差し金か!」
姫は地の底を這うような唸り声を上げた。
「違う!コハも落ち着いて!」
ルキは二人を交互に見た。
噛み付かれたコハは今にも飛び掛ろうとし、姫はコハとルキを睨みつけていた。
「違うってんなら、訳を言いなさいよ。答えによっちゃぶち殺すぞ」
姫は、姫らしからぬ言葉遣いと声色を以て、ルキを脅した。正直ルキは怖くさえ思えた。彼女なら言葉通り、何のためらいも無く、我ら二人を殺しに掛かるだろう。よしんば返り討ちにしたとしても、大怪我は免れないであろう。
「我々の悲願は、玉座に恥知らずにも座るオポティウスを亡き者にし、バスターク様を王位につけることのみ!」
ルキは力強く答えた。
「その為に、貴女様の力が必要なのです。貴女様も王宮を追われ、屈辱と汚辱の日々を送ってこられたお方。その憎しみ、悲しみはバスターク様もよくお分かりになるはずです。お二方が協力して、共に故国の僭主を打倒するのです」
姫はじっと二人を睨んでいた。
ちょっとしてから、にっこりと微笑む。
「どうもあなた達を誤解していたみたいね。とりあえずその方に会わせて」
「はっ」ルキは頭を下げた。その横でコハもしぶしぶ一礼するのが分かった。
3人はしばらく歩いた。
姫は自身で歩きたいと言ったので、言うとおりにさせた。今更逃げようもないし、その意思もないであろう。
ルキが最前列で一番後ろはコハだった。真ん中に姫を歩かせた。コハは姫を注意深く監視しているようだ。もし姫が変な動きを見せたら取り押さえるつもりなのだろう。
こんな狂犬の様なお姫様を連れて来いとは、バスターク様もこんな姫だとは思うまい。
「お腹すいた。なんかくれない?」
姫が軽い感じで言うと、「黙って歩け!」と後ろでコハが怒鳴る。
「バスターク様は、どうしてあたしを連れて来いと?」
「静かにしろ!」とコハ。
ルキは振り返らずに答える。
「分からない。ただ言える事は、あなたがジャイルと共にオボティウスに謁見すれば、ナツルを攻める口実が出来る。バスターク様はナツルなどの周辺国の力を借りて、オボティウスを玉座から引き摺り下ろそうとしているから、それは阻止しなければならない」
「そうよ。勝手な事をしてくれたわね。あと一歩だったのに。バスタークは自分が王になりたいからあたしを連れ去った。ナツルと組みイチデン王国へ攻め入って王になりたいと。ナツルの傀儡の出来上がりじゃない」
「黙れ!」コハが苛立たしげに怒鳴る。
「でもあたしは違う。あたしはイチデン王国がナツル王国を滅ぼそうと構わない。誰が王位につこうと構わない。そうだ、バスターク様とやらにナツルを差し出しても構わないのよ?ただ、あの国が火の海に包まれるのを見れりゃそれでいいの」
姫の声はふざけている様には聞こえなかった。これまでになく、淡々と述べていた。
「あなた、故国に復讐するつもりなの?」
ルキは訊いた。
バスターク様は似ていると仰ったが、似て非なるものではないか。行動原理がまるで違う。
「ええ」
姫は地面から這い上がる様な声で答えた。