騎士マズル
『親衛騎士』であるマズル・ダイルは王への謁見を行った。
型通りの礼を済ませた後、王が言う。
「やはり見つからんか……」
「はい……」
マズルは答えた。
彼は前国王の娘を探し出し次第捕えるという任を仰せつかっていた。マズルが姫の世話係をしていた事が理由であった……。
「見つからぬものは仕方あるまい。あれを放っておいても害はなかろうし、お主もそろそろ私の元へ戻らんか?」
王の言葉にマズルは顔を上げた。
「仰せとあらば……」
王はにこりと微笑んだ。
「王国を立て直すにはお主のような忠臣が必要なのだ」
謁見を済ませ、マズルは彼の館へ帰還した。
あんな事になる前、マズルは姫に世話を焼かされたものだ。お転婆で勉学や稽古からすぐに逃げ出した。決まって追いかけるのは彼の役目だった。
親である王と王妃は笑って見ているだけで、怒るのも彼の役目だった。
(御無事であればいい……。どこかで人知れず生きておいでであろう……)
マズルはすぐに思考を、これからの政へと切り替えた。
考えていてもきりがない。自分はどうせ、あの時に『見捨てた』のだ。
「お帰りなさいませ」
侍女のキャスが出迎えた。
「うむ」
「どうかなさいましたか?」
心配そうに彼女が横から言ってくる。
マズルは部屋にずかずかと上がり、振り返った。
「何でもないよ」
食事が用意されていた。
果実酒を煽る。
爽やかな香りと喉越しの良さも、今日は感じない。
今日は食欲がない。
すくっと、立ち上がるとキャスが台に乗せて食事を運んできていた。
「マズル様」
「今日はいらない。寝る」
困惑した様子の侍女を尻目に寝床に入っていった。
ナツル王プリズル・デキウは、腐敗した王権を打倒し、王国を立て直すと言った。マズルを含め皆がそれに賛同したのだ。
事実、プリズル様が王となられてからは、汚職の一掃、旧弊の廃止、王権と軍事権の強化が、同時進行で行われていた。
前国王一家は、王の器ではないから誅されたのだと、人々は言った。前国王ヒョウ3世の治世の末期には、疫病や災害が相次いだのだ。
始まりは、辺境の村々での疫病騒ぎからであった。前日まで元気にしていたのが、翌日には死んでいたという。全滅した村はいくらでもあった。奇跡的に現国王プリズル様の領地だけは何の被害もなかったので、それもあり人々は「天に選ばれた新たな王」と彼を称えた。
そして「あの日」深夜に王宮を襲撃し、王宮の警備兵まで抱え込んで国王一家を捕えたのだった。
姫を捕らえたのはマズルだった。
当初姫は怯えていて、マズルにすがろうとした。
「マズル……助けて……」
姫は王宮の庭の木陰に丸まっていた。
「ここにいるぞ!」
マズルは叫んだ。
「姫様、大人しくお縄に。手荒な真似は致しません。逃げればむしろ危険です」
「マズル!?」
姫は捕えられた。その時の姫の顔をマズルはありありと思い出す事が出来る。裏切られたと感じた人間の顔はあんなになるのか、と思った。
プリズルは開口一番に一家の処刑を命じた。
「お待ちを!」
マズルは歩み出て跪く。
「処刑は王とその男子のみでよろしゅうございましょう」
「ならぬ」
プリズルは言った。
「災厄の一家は全て死なねば、王土は救えぬ」
「ですが、女子を殺せば不人情と謗りを受けましょう」
プリズルは唸った。
「確かに私も、女子を殺すのは忍びない。だが助けるのは姫のみだ。王妃は死なねばならぬ」
「有り難き幸せ!」
そして王と王妃と嫡子らは市中を廻された上、斬首とされた。姫はその後ろから兵に連れられていたが、途中で別れ山の方へと消えていった。その先に引き受け先の寺院があるのだ。
しばらくして、兵が姫を見失ったとの報告があった。
詳細は不明だが隙をつかれ逃げられたのだという。逃げられたという場所は問い詰めたら崖の上だったので、こんな開けた場所で逃げられてしまうものなのかと不思議に思ったが、それから数ヵ月後、ある老夫婦と兵士数人の死体が発見されたのだった。場所は崖から半日はかかる所で、姫が彼らを殺したのだと結論付けられた。何故姫がやったと分かったかといえば、その老夫婦の通報で兵士達が姫を捕えにいっていたからだった。
以降、王の命によりマズルが探索の任を与えられていたのだった。
結局、姫は見つからなかった。
いや、見つからない方が良いのだ。
その非積極性が、姫の発見に至らなかった原因だと思わないではなかったが、逆に積極的になっても見つかるものではあるまい。
どこかでひっそりと生きてさえくれればいい……。
そんな矢先、マズルが久々に登城を果たしたその日、ある報告がもたらされた。
慌しい様子にマズルは側にいた者に尋ねてみた。
「何事だ」
帰ってきた答えに、マズルは頭蓋をがんと叩かれたような衝撃を覚えた。
「例の姫が、イチデン王に謁見しようとしてるんだってさ!」