対決2
プリズルは胸の内で毒づいた。
(ふざけるな!俺は死なん、俺は選ばれた人間なのだ!死ぬのは王都の連中だけだ!)
だが、表面上は悲しみを湛え、国や民を憂うる姿を兵士達に見せた。
「陛下、必ず捲土重来の機が訪れます」
兵士は泣いていた。
(そう思うなら、俺の身代わりになるくらいの働きはしろ!)
抜け穴を松明の明かりを頼りに歩き続ける。
こうして、王都を脱出する事はごく一部の者にしか伝えていない。
どうせ、降伏したとしても、あの姫が許すはずが無いのだ。
(必ずや俺を殺そうとするだろう)
そうなれば、より正統な血筋である彼女に抗すべき手段はもはや無い。
恥を忍んで、身を隠すより他は無かった。
ふと、前から足音が聞こえてきた。
プリズルは、立ち止まり様子を伺った。
互いに近づいて、相手の正体を知った。
プリズルの目の前に、1人の若い女がいる。不敵な笑みを浮かべ、周囲にナツル兵を従えた女が。 彼は正直、当初は誰か分からなかった。あまりに様子が変わっていたのだ。
(メローラ……!!)
かつての姫は、お淑やかな深層の姫でしか無かった。殺すよう命じた時も特に感慨を抱いた訳ではなく、邪魔だと思っただけだ。だから、姫が変わってしまった事へは驚きこそあれ、目の前の姫に対する怒りの方が遥かに大きかった。
(俺を殺す気でここに来たか。むしろお前が死んでしまえ!消えろ!そうだ、あの女を守っている兵はナツルの兵だ。何か取り繕って言葉をかけてやれ、そうすればこちらに靡くに違いない)
「聞け。お前達が忠義を誓うべき相手ではないのだ。お前達を騙し、利用し、自らの野望を達せようとしている。私は断固としてこの姫と戦う。さあ来るがよい。お前達、この姫に忠を尽くすというなら、私を倒すがいい。そして姫の命じるままに王都を焼き尽くせばいい」
兵士はしかし、プリズルの味方になろうとはしなかった。
剣や弓を構え、プリズルに向けている。
だが、少々迷いが見えた。
プリズルは剣を抜く。
メローラも剣を抜いた。
彼は勝利を確信していた。兵士達は彼の並べ立てた言葉に揺れ動いている。そして今、メローラとの一騎打ちになろうとしているのだ。
彼には自信があった。剣の腕にも、相手の心を動かす術にも。
所詮、相手は小娘ではないか。
メローラとプリズルは互いに剣を構え、相対した。
しばし、張り詰めた空気がその場を支配した。
じりじりと2人は間合いを図っている。
「姫、思い直す事は出来ないのか」
プリズルは悲痛な声色で言った。
「何を善人ぶってやがる。もう遅い!」
メローラは語気強く答える。
「やはり、私はお主を斬りたくない」
プリズルは両手を広げた。
「ナツルの兵よ。国を愛するなら、姫を愛するなら、今しかない。だが、そうでないのなら、姫が私を斬るのを黙って見ているといい」
訴える様な口調だった。
「何言ってる。あたしへの警戒を解いていない構えのくせに。あたしが斬りかかったらすぐに反応出来る体勢じゃない」
メローラは吐き捨てた。
しかし、彼女の私兵は戸惑い始めた。
私兵の幾人かが彼女に近づき、手を近づけた瞬間であった。
「下がりなさい!!」
洞穴全体を震わす様な一喝であった。
メローラは私兵をぎりっと睨みつけ「おい、さっきあたしを手で制しようとした奴はどいつだ。そんな奴は斬り捨てときなさい。あたしは目の前の相手で忙しいの……」
その瞬間であった。メローラはプリズルが振りかぶる剣を弾いた。
プリズルは彼女の反応の速さに驚愕しながらも、返す剣でもう一太刀浴びせに掛かった。
しかし、それも受け止められる。
力で押し切ろうとするも、メローラに逆に押し飛ばされてしまう。
再び間合いを取る。
「本性を現したわね」メローラは口元を緩めた。
「それがあんたの真の姿よ。臆病故に、正面から行けない。だから策を弄する。人を欺く」
プリズルは顔色を変え、メローラを睨みつけた。それは、英明で意気軒昂で誠実な王の姿ではなかった。傷つけられた尊大な自尊心そのものだった。
「お前のような小娘のどこに、そんな力が……」
メローラは声を立てて笑い出す。しかし、あくまで構えは崩さない。
「あたしは目的を果たそうとしている。あなたは命惜しさに逃げようとしている。その違いじゃない?」
「黙れ!それ以上その汚らわしい口を開くな。お前は父親と一緒に死ぬべきだった。天命だったんだ。この結果を見ろ!お前は父と同じくナツルに災いを起こし、滅ぼさんとしている。このプリズル、ナツル王国の為に何としてもお前を斬る!」
プリズルは激高した。が、この期に及んでも周囲の兵の目を気にして言葉を紡いでいた。
「陛下!」
彼を護衛する兵が叫んだ。
「危のうございます!」
「お下がり下さい!」
「愚か者共が!私が下がれば姫の兵が矢を以て応えるだけだぞ!一騎打ちにて呪われし一族の姫を倒し、正義を明らかにするのだ!」
メローラはふうと息をついた。
「あなた達、矢を」
彼女は兵の背後に回った。
「もうこの男と、問答するのは御免だわ」
目を細め、神妙な表情を浮かべて言った。
「さっさと始めなさい。あたしと、あの男のどっちに忠義を尽くすつもり!?」
メローラの怒声に慌てて、彼女の私兵達はプリズルとその護衛の兵達に矢を浴びせた。
数人の護衛が死の舞踏の後に倒れる。が、プリズルは何度か弾いてみせた。
「かかれ!」
メローラの私兵とプリズルとその兵が入り乱れての乱戦に突入した。
激烈な斬り合いが展開された。が、ロウニルトの実によって狂気に乗っ取られたメローラの私兵が終始優勢であった。数的に優位な上に、絶叫しながら斬り掛かってくる兵士に、プリズルの兵は恐怖したのだ。彼らだって命など捨てる覚悟は出来ていたにも関わらず、である。
プリズルの護衛達は大方骸となったが、その主君が周囲の目を盗んで王都側へ逃走を図ったのを見逃すメローラではなかった。彼と共に逃走を手助けするごく僅かな兵以外は、悉く討ち取られてしまっている。
「追いなさい!」
メローラは激を飛ばした。
彼女も兵と共に、相手を追い掛けた。
逃走劇はそう長くは続かなかった。
プリズル自身が、傷を負っていたばかりではなく、護衛の兵も重傷だった。時をかけずして彼らは走る体力を失った。
「もう諦めた?」
メローラは笑った。
彼女の方は、息一つ乱していない。
「お、おのれ……」
息も絶え絶えのプリズルは、肩から血を流しながら呻いた。
護衛の兵達は瞬く間に討ち取られ、まさにプリズルは絶体絶命であった。
メローラの彼を見つめる視線は、これっぽっちも暖かさはなく、ただ冷たく、そして冷笑的であった。
鞘を腰から外し、横に思い切り振る。
プリズルは打撃音と共に壁に叩きつけられ、横になり呻いた。
「ただでは殺さねえよ」
メローラはケラケラと笑いながら、再び鞘を振った……。
彼女の前には、無残な死骸が横たわっていた。
ぜえぜえと息をしながら、「ちょっと時間食っちゃったわね」
と微笑む。
プリズルは、最期は命乞いを繰り返していた。
その姿は、無様なものだった。
メローラは舌打ちした。本人も気づかぬ内に。
彼女は歩き出した。
「さっさと行くわよ」
「はっ!」
メローラの私兵達は彼女の警備を再開し、一行は王都方面へと抜け穴を進んだ。
穴を出たのは、それから少し後であった。
メローラは、久々に王都の土を踏んだ。
去った時は、石を投げられ彼女は涙を流していた。
しかし、戻ってきた今、彼女は口角を釣り上げ、笑っている。
まだ、王都は厳戒態勢とはいえ静かで、王の死など誰も知らない。そして、復讐の姫が戻ってきた事も、誰も知らないのだ。




