対決1
メローラ逃亡の報せはすぐにジャイルにもたらされ、ジャイルの激高を買った。
彼は、手に持った杯を投げ割った。
「すぐに探し出せ!何をしでかすか分からん!!」
「はっ」
主君の怒気に触れ、怯えた兵士は去っていった。
ジャイルは腕組みをする。
恐らくは、監禁の身となる事を予め予期して準備していたのであろう。
あの姫は、外面は良いから、下手に邪険に扱うとまずい。これまで色々やらかしては来たものの、致命的なものは無く、かといって悪評や罪をでっち上げるのも憚られた。
ジャイルの胸の内で、もう1人の姫の存在が強くなっていった。
プリズルの娘で、現王女のサーシャ姫である。
ジャイルら連合軍はプリズルを僭主と断じている為、今のところ政治的に使い道の無い姫であるが、メローラの様子を見ていると、いずれ出番が訪れそうな気がした。
彼は家臣の1人を呼び、サーシャらを牢から出し、礼節を以て遇するように命を下した。
だが少し後に、さらに追い討ちをかけるような事態が発覚したのであった。
ジャイルは項垂れて椅子に崩れ落ち、頭を抱えた。
伝令の兵士が震え上がった様子で彼を見た。
「かくなる上は……いかなる罰も受ける所存……」
「黙れ、貴様如きに何が償えるというのだ!!」
ジャイルはその美貌から、氷の視線を兵士に向け、雷鳴のような声を叩きつけた。
サーシャ姫一行も逃亡した。
牢の鍵が外から壊されていたのだった。
犯人は予想がついた。
しかし、目的が分からない。
何故、仇敵たるプリズルの娘を逃がす様な真似をしたのか。
「ジャイル様……」
「お前は、兵を率いて捜索の指揮を執れ。メローラとサーシャを探し出せ。早う行け!」
「は、はっ」
慌てて飛び出していく兵から目を背け、夜空を見上げる。
ジャイルには、メローラの行き先が何となく分かっていた。分かっていたが、兵士には告げなかった。どういう心の機微が働いたのか、自身も戸惑うばかりであった。
メローラは抜け穴を進んでいく。
松明の明かりを頼りに、闇の中を歩く。
彼女の前後を兵が取り囲み警護している。
ここは王族しか知らぬ抜け道。サーシャもここを通って王都を抜け出している。
メローラは、懐から布袋を取り出し、中に手を入れ、兵士の1人1人に手渡していった。ロウニルトの実である。
「さ、これで元気でたでしょ。思う存分暴れましょ」
麻薬への飢餓状態にあった兵士達は狂喜し、虚脱状態から一時抜け出した。
メローラはその様子を見て、くつくつと笑うのだ。
しかし、次の瞬間メローラの足が止まった。
「……待って」
メローラは声を潜めた。兵士達は歩くのを止め、きょろきょろとし出す。
「何でございましょうか?」
その内の1人が尋ねてくる。
「聞こえないの?足音が向こうから……」
メローラは高揚感に襲われた。
望みはしていたが、まさかここまで……。
やはり、こういう行動をとったか。
「天はあたしに味方しているみたいね」
兵士達に弓や剣を構えるように指示し、彼女自身はじっと前方を睨みつけた。
しばし、その場で動かずにいると、前方から明かりが近づいてきた。それに連れて足音もどんどんと大きくなってくる。
ふと、向こうが足を止めた。気づいたようだ。
明かりと明かりがぶつかり、双方を照らす。
向こうは驚きを隠せなかったようだ。
「お久しぶり、プリズル!!」
メローラは朗々と声を掛けた。
「元気そうで何より!」
プリズルはあっけにとられた様であったが、足を進めて近づいてきた。
2人はとうとう、顔が見える位置で相対した。
メローラは微笑む。
「王都を見捨てるとはね」
プリズルは悲しげな表情になった。
「何を言うか。お主達こそ王都をどうするつもりだ?」
彼は感情の篭った声で話し始めた。
「ナツルを蹂躙し、国土を奪い、最後は王都まで手に入れるつもりか。裏切りの姫よ。お主は敵に祖国を売り渡したのだ」
涙すら流していた。
「聞け。お前達が忠義を誓うべき相手ではないのだ。お前達を騙し、利用し、自らの野望を達せようとしている。私は断固としてこの姫と戦う。さあ来るがよい」
プリズルは剣を抜いた。
メローラは愕然とした。
この男は、化け物だ。
彼は自身の護衛の兵達だけでなく、メローラの私兵達にも呼びかけていたのだ。彼らは当然だが多くがナツルの防具をつけている。
「お前達、この姫に忠を尽くすというなら、私を倒すがいい。そして姫の命じるままに王都を焼き尽くせばいい」
プリズルの声色は嘆きに満ちていた。
メローラは気圧されていた。
彼女の心には、闇と冷気の嵐が吹き荒れていた。それは非常に根深くどす黒いものであったはずだ。
だが、この男は違った。この男の心は何か異質さがあった。
どす黒い闇というよりも、何かが欠落しているかのような……。
メローラ自身、自分は化け物だと自覚していた。復讐を誓ったその日から。故国を焼き払おうなど、人の所業では無いと思った。
だがメローラは、目の前の男が本当に化け物に見えた。
(化け物同士か……)
思わず冷笑する。
「ナツルがかく如き目に遭うのは、お前のせいだプリズル」
そしてメローラも剣を抜いた。
「天はあたしを選んだんだよ!!」




