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酒と短剣

 虜囚のサーシャ姫のもとをメローラが酒を持って訪れたのは、アカラ軍の出陣の前日であった。

「何しに来たのですか」

 陣中の椅子に俯いたまま座っていたサーシャは氷の様な口調で言った。

 メローラは微笑む。

「酒飲める?」

 サーシャがメローラを睨み付けた。

 メローラは構わず、サーシャに杯を差し出し注いでやる。

「飲みなさいな。気が紛れるでしょ」

「毒でも?」

 サーシャがキッと睨むのをメローラは笑い出した。

「そんな事する訳ないでしょ」

 サーシャに注いだ分を自分で煽った。

「そうじゃないのよ。本当に純粋に、いい気持ちになって欲しくてね」

「何故、あの者をあんな目に!!」

 サーシャは叫んだ。

「あの者?」

 メローラは首を傾げる。

「さっぱり思い出せないわ」

「わたくしが、降伏勧告を願い出ていただける様、頼んだ兵士がいましたね?」

「何を馬鹿な事を。一介の兵士如きにそんな権限はないわ」

 メローラはくつくつと笑っている。

「その通りでした。わたくしが浅はかだったのです……」

 サーシャの口調は、諦観すら漂わせていた。

「ま、飲みなさい」

「何を企んでいるのですか」

「もうすぐよ、見てなさい」

「勝利宣言ですか」

 メローラはニヤリとした。

「それはあなた次第なのよ」

 サーシャが首を傾げる番だった。

「あたしが、ナタラールを、この国を、焼け野原に変えた後、あなたがどうするかはね。あたしはそこで満足しちゃう訳だし?」

「本当に満足なのですか?」

 サーシャは目を細めた。

 メローラも目を細める。

「これは亡霊の意地ってやつよ。過去と切り捨てられた者が、平然と未来へ向かおうとする生者達を試しているの。あたし達はただ切り捨てられたりはしない」

「あなたはそうやって、高みから人々を見下して、試している気になって、その営みを見ようとしない。だから平気でこんな事が出来るんです!」

 サーシャは激高した。

「あなたの父上に言って御覧なさいよ。玉座は血に塗れておりますが平気ですか、って」

 メローラは軽い口調で応じたが、サーシャは語気強く言った。

「人を大勢死なせて、それで試す?復讐したいなら、そうはっきり言えばいい!」

 メローラは高笑いした。

 そして、サーシャに詰め寄った。

「流血を以て過去を捨てた連中が、捨ててまで何を為すか。どう歩むか。過去の亡霊たるあたし程度に止められるものだとすれば、笑止の限り。止められねば致し方なし。時代の流れだったという事」

 サーシャの髪を撫でる。

「王族の食事をし、王宮の水を飲み、王宮の空気を吸う。ちょっとは王女の身体に近づいてきた事でしょうね。あなたが本物の王女になれるかは今に掛かっているのよ?真の王女たるあたしが生きている限り、あなたは簒奪者の姫に過ぎない。あたしは機会を与えようとしているだけ。全てが終わり、それでもあなたが2本足で立っているのなら、間違いなくあなたが王女なのよ」

 サーシャは震えが止まらなかった。

 メローラの目は暗く淀んでいる。闇だ。

 メローラは杯を持ちながら、髪から手を離し、くるりとサーシャの反対側に身体を向けた。

 その瞬間だった。

 サーシャがばっと立ち上がる。懐に隠し持っていた短剣で、メローラを突き刺そうとしたのだ。

 メローラがかわし、サーシャの方を見る。

 短剣が握られた手では震えていた。

 メローラは笑う。

「はは、そんなおぼつかない手じゃあ」

 サーシャが叫びながら、短剣を振り回す。

 振り回された腕をメローラが掴んだ。

 物凄い力だ。いやサーシャが非力なのか。

 短剣を両手で握り振りほどこうとする。

 兵士達が駆け寄ってきた。

「下がってろ!」

 メローラが叫ぶ。

「あなたをここで……!」

 サーシャは力を振り絞った。だが、突き飛ばされた。倒れこんだ時、短剣を落としてしまった。

 即座であった。メローラは短剣を蹴飛ばし、兵士の反応も迅速で瞬く間に回収した。

 サーシャは起き上がったところに兵士達によって槍を突きつけられ、結局仮設の牢、彼女のお供達の牢の隣の牢に繋がれる事となった。馬車にて牢のまま運ばれる境遇となったのだ。


 メローラは自身の寝床のある陣中に戻った。

 アシャが迎える。

「姫様」

 彼女は、驚いた様子でメローラの腰辺りを眺めた。

 メローラも自分の腰を見る。

 服が刃物で切られていた。

 豪奢だが簡素で動きやすい服に、切り目が入っていたのだ。

「ああ」 

 メローラはニヤリとした。

「何があったのですか」

「あたしを心配してくれているの?」

「わたくしは、姫様のお世話をするよう仰せつかった身です。当然にございます」

 メローラがからかうと、アシャはむっとした様に答えた。

 いや、あの箱入りみたいな姫もなかなかやるものだ。と思った。

 メローラが笑い出すので、何がおかしいのか、という風にアシャは見てくる。

「それがね、サーシャに斬りかかられた」

「……そうですか」

 アシャは反応に困ったという顔をした。

「心配するような顔くらいしなさいよ。ジャイルに仰せつかったんでしょ」

 メローラはアシャの頭をポンと叩くと、寝床に入っていった。


 一方、サーシャは両膝を立て、抱き抱えながら座り込んでいた。

「姫様」

 彼女の侍女スレスが格子を掴んで嘆く。

「斯様なところに閉じ込めるとは、イチデンのやり様は……」

「いいえ、いいのよ」

 サーシャはぽつりと呟いた。

「ここで終わるつもりはないもの」

 アカラ率いる軍勢がジャイル率いるイチデン軍と衝突するのを、翌日に控えた晩であった。


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