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噂と願い

「お嬢さん、ここまでだよ」

 馬車の老人がにこやかに言った。

「ありがとうございます」

 メローラは微笑み、「ナツルサグでいいですか?」

「まあ、構わないよ。お嬢さんに免じてな。ほんとはイチデンサグがいいんだが」

 この辺りの国家では、サグと呼ばれる貨幣が流通している。もともとは一つの王国だったのだが、遥か昔に分裂した。その名残である。

 メローラは、ノイルという街に降り立った。

 まずは、両替をせねばならないようだ。

 メローラは、両替商のところに向かった。

「3ナツルサグで、1イチデンサグだよ」

 店主は言った。

「そうなんですか?」

「そうさ」

 メローラの言葉に店主は頷いた。

「じゃあ、仕方ないですね」

 メローラはそう言って店を出ようとした。

「ちょっと待ってくれ!」と店主。

「1・5ナツルサグで1イチデンサグにまけといてやるよ。お嬢さんに免じて」

 メローラが腰からぶら下げている金袋が目に入ったのだろう。

 だが、それにしても、通貨の価値を「まけてやる」だなんておかしな言い草だ。

「そうですか、ありがとうございます」

 メローラは微笑んだ。

 街の人に聞きまわって相場はだいだい1・3だと知ったが、まあこれでよしとしよう。

 メローラは大金を手にして、気が大きくなった心地だったのだ。元々これは人から奪った金であるのだが。

 少々損したって、気にはならなかった。

 これで、この国で生活するにはしばらく困らないだろう。

 メローラは路地へ回った。

 薄暗く、汚い場所で、そこには複数の少年がたむろしていた。

「やあ、君達」

 メローラは言った。

 年は10くらいの彼らは、疑わしげに彼女を見ている。

「いい仕事があるよ」

 メローラはにこやかに言った。

 

 路地から飛び立った彼らは、街中にちらばった。

 数日後、ひとつの奇怪な噂が飛び交った。

 曰く、隣国ナツル王国で王位簒奪があった際、王らと共に殺されたはずの姫君が、生きてこのノイルという街にいる、というのだ。

 


 メローラは、潜伏先の空家で訪問を受けた。

 勝手に住んでいるのだが、こう不躾に訪ねて来られると面食らう。

「来てもらおう」

 兵士は言った。

 大男で、蔑む様な目が特徴的だった。

「どこへ?」

 メローラは言った。

「ジャイル様の屋敷へ。あなたに興味があるとの事だ」

 連れられた場所は、街で一番目立つ建物といえた。絢爛さといい、規模といい、高さといい、領主にすら勿体無いと思えた。

 まるで王族の城のようだ。メローラは思った。

 客間に通された。

 そこもかなりの広さを誇り、格調高い調度品に溢れかえっている。

 壁には肖像画があった。恐らくはジャイルのものであろう。彼はこのノイルとその一帯の領主である。自身の権勢を示すためか、それとも自己顕示の賜物か。

 しばらく待たされた。時にして半日。

 メローラはじっと待っていた。

(我ながら殊勝な事だ)

 先方にとっては、単なる暇つぶしかもしれぬ。だが目的の為には、必要な事なのだ。


 この街の領主、ジャイル・ブックスは年若く野心家であった。その凍て付くような美貌と壮烈さに似合い、ことに勢力を伸ばしてきている。彼ならば、自分を上手く使う手段を思い付くだろう。

 もしここで、ジャイルがナツルへのおべっかの為に自分を捕え差し出すのならば、それでよい。死ぬ覚悟ならとっくにできている。だが、もし自分を利用して権勢を高めようというのならば……。

 これ以上ない成果だ。

 扉が開かれ中に入ってきたのは、痩せぎすの若い男だった。

 彼がジャイルなのだろうか。いや、メローラはすぐに確信に近い思いで、彼は部下の一人だと考えた。理屈などない。直感に過ぎぬ。

「お前が、ナツル王家の姫メローラだという噂が流れている」

 男は言った。疑り深く慎重な雰囲気が、見た目から声から流れている。

「左様、あたしが流した」

 メローラは言ってのけた。

 男は面食らった様子で、メローラをじっと観察した。

「何故、そのような事を?姫を偽証するのは大罪である。お主は斬首に処せられてもおかしくはないぞ?」

 質問というより様子見といった風であった。

 メローラは声を立てて笑った。

「偽証ではないとしたら?」

 そして懐から、黄金の紋章をあしらったペンダントを取り出した。

「ナツル王家の紋章だよ。これでも疑うってんなら好きにすればいい。あたしを殺すも生かすもあんたのご主人様次第。それとも、あんたがここで殺す?」

 そして再び笑う。

「確かに、虹の紋章……。私は本物を見た事があるが、これが偽物とは思えぬな……」

 男は淡々と言った。

「メローラ姫は、遺体は見つかっていないと聞く。お主がその遺体からペンダントを抜き取っていないという証拠は?」

「そんなものはない」

 メローラは首を振った。

「だが、それを判断するのは、領主様ではない?」

「それもそうだ」

 男は頷き、部屋を後にした。


 今度は部屋を出るように言われ、執務室のような部屋に通された。

 目の前の大きな机には、氷の化身の様な男が座っていた。

「お目にかかれて光栄です。ジャイル殿」

 メローラは恭しく跪いた。

「ほれ、これは野盗や盗人には出来ぬ振る舞いだぞ。ホイル」

 ジャイルは面白そうに言った。

 ホイルと呼ばれた先程の痩せぎすは、頷いた。

「どうでしょう?例え偽者でも、本物らしさはかなりのものです」

「いや、本物だ。間違いない」

 ジャイルはうんうんと言った。非常にわざとらしかった。

「よくぞ、生きておられた。どれ程の苦難があった事か。だがもう安心なされ。わたくしが姫を必ずお守り申しあげまする」

「それは心強い」

 メローラは感謝する様に言った。

「ですが」とジャイル。「こうして自分から正体を明かしたという事は、何か目的がお有りか?ゆくゆくはナツル王国に返り咲き、僭主プリズル・デキウを倒し、先王の仇を討つのですか?」

「我々は、出来る事なら手伝えます。姫は正義の戦いに必ず勝つと信じております」とホイル。

「いえ、わたくしは女王など目指しておりません」

 メローラは言った。

「王にふさわしいのはジャイル殿とお見受けします。わたくしはその手伝いの為に旗印をお勤め申し上げようというのです」

「何故?」

 ジャイルは首を傾げた。相手がどんな企みがあるか図りかねているのか。

「ならば申し上げます」

 隠すつもりなどなかった。

「ナツル王国など滅ぶべきなのです。殊に王都ナタラールなどは、灰燼と帰すか、略奪の餌食となるがよいのです。これがわたくしの願いです」

 ジャイルは目をまん丸にした。

「祖国を滅ぼして欲しいと申すか」

「いえ、あくまで願いです」

 メローラの目はどんよりどす黒い。

「貴方様と、イチデン王国の人々にお任せするのみにございます」


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