天命
ナツル王プリズルとその臣下達は沈鬱な表情を浮かべていた。
「イーンが……!」
家臣達は項垂れる。
さらに最悪なのは、ジャイルからの布告であった。
曰く「プリズルの即位には疑わしき点がある。疫病が蔓延していたからというが、唯一プリズルの領地だけ無事だったのが怪しい。プリズルは毒を各地でばら撒き、疫病と偽り、それは国王への天罰だとのたまい、国王一家を殺害の後に王位を僭称したに相違ない」
要約するとそういう事である。
プリズルは悲しげに首を振った。
「全くのでたらめだ。私が各地に毒をばら撒いたなど……。そんな大それた事出来得るはずもない」
「左様でございます。誰にも気づかれず、毒をばらまき、あたかも全土に疫病が蔓延しているかの如く人々を中毒にする。有り得ませぬ……」
ギュンタールが言った。
痩せぎすで猫のような風貌の男であった。
彼は、プリズルの右腕として、新王朝で辣腕を振るっている。
もともとプリズルの家臣ではなかったが、だからこそ、重用されているといってもよかった。
「ジャイルめ、いや……、メローラ姫の入れ知恵か?」
トエルが言った。彼は諸侯の一人で髭を生やした中年の男である。
「あのような作り話を誰が信じるか」
プリズルはトエルの言葉に苦笑する。
「だが、効果はあろうな。大義として充分な程に。だからこそ」
現国王は玉座から立ち上がった。
「ナツルを守る為、お主達の力が必要だ。このままではナツルは蹂躙されてしまう。土地が、自然が、民が、奪われ焼き払われてしまう……」
プリズルは悲しげな顔をした。
「共に戦ってくれ」
プリズルは広間を出で、自室に戻った。
思わず、壁を蹴飛ばす。
(メローラ!!)
「おのれ……!」
プリズルは拳をぎりりと握る。
あの時、殺す手はずだった。だが、それから逃げ仰せ、追っ手にも捕まらず、隣国イチデンの実力者ジャイル・ブックスに身を寄せるとは!!
そして今や旗印としてナツルに攻め寄せている。
復讐なのだ。
前国王一家を皆殺しにした事への。いや、あの時メローラも殺していれば斯様な事態にはならなかった。
かつて、プリズルはメローラを目の当たりにした事がある。彼はその時一豪族に過ぎなかったから、話す事は勿論、謁見も有り得なかったが、可憐さこそあれど、かく如くしぶとい娘だとは思わなかった。
事故に見せかけて殺すよう命じた兵達から、メローラが寸前で自ら飛び降りたと聞いた時、驚きはしたが……、後に追っ手を惨殺して再び姿を消した時、戦慄を覚えもした。
さらに、つい最近送った刺客からも、報告はまだ無い所を見ると……。
プリズルは歯軋りをしながら、考えに沈んだ。
策だ。策を考えねば……。
彼は、幼い頃から、兄と比べ日陰の存在であった。兄プリザイは武勇に優れ、教養もあり、人望も厚かった。父からも自慢の後継ぎとして、誇りに思われていた。
プリズルは、父から疎んじられた。兄プリザイが後継者として申し分がないせいもあるが、プリズルが兄に対抗心を燃やしているのを悟られたのもあろう。父は兄ばかりを稽古し、たまにプリズルにやっても、意地悪く叩きのめされ、罵声を浴びせるだけであった。食事も兄と比べ貧相で、1人だけ1段下の下座で食べさせられた。
兄もそんなプリズルに優しくは接するも、どこか軽蔑する向きがあった。時折蔑む目で彼を見るのだ。家臣達も曰く「プリザイ様は、大器じゃ。知勇兼備で、慈悲深い。それに比べ弟君はどうじゃ。性根が曲がっておる。下人をいたぶるのがお好きなようじゃ」
プリズルが変わったのは、王都ナタラールに出仕した時だった。国王はメローラの父であり前国王ヒョウ3世のさらに先代のヒョウ2世の時代だった。プリズルは王都では闊達であった。人当たりもよく、下人や民衆など、誰にも優しく、生真面目で、かつ弁が立った。いつのまにか彼の周りには人々が集まっていった。
武術に学問にも打ち込み、いつの間にか王にも信頼され始めるようになった。
そんな生活を10年続けた頃、故郷から連絡があった。
父が危篤という知らせだった。
プリズルは慌てて馬を走らせ、辿り着いた時には父はこの世の者ではなかった。
既に兄プリザイが実権を握っており、プリズルは兄をよく支えた。盗賊や野盗の壊滅、村々からの嘆願を実施したりした。
「プリズル様は変わられた」
と家臣や身内は囁くのを、プリズルは心地よく聞いていた。
プリズルは、自分がどう振舞えば人が喜ぶか知っていた。どう振舞えば、人に信頼されるかも。
彼は妻も子供もいる。彼らにすら「演技」をしていた。
しばらくそうした生活を送っていると、兄プリザイが倒れた。
当主として無理したのが祟ったのであろう。
父が急死した為、一心に重責がプリザイの双肩に圧し掛かった。他豪族との付き合いや、領地の経営、王宮との関係、その全てが彼の責任となった。
「兄上!」
プリズルが駆け寄ると、兄は元気の無い顔で微笑んだ。
もう長くないと、医術師にも言われている。
「後の事は頼んだ……」
「何を仰せですか兄上」
「……、昔、俺はそちの事を蔑んでいた」
兄の言葉にプリズルは黙る。
「だが、今こうして立派な男となったのを見て、誇らしい……」
「何を仰せですか」
プリズルは兄の手を握った。
「兄上にはまだ、生きていて貰います」
だが、兄もまた、死んだ。
父も兄もこの世の者ではなくなった以上、当主はプリズルとなったのだ。
そして、しばらく時が流れ、あの疫病騒ぎが、ナツル全土で発生した……。
(俺は、天に愛されている男だ)
たまたま、プリズルの領地では犠牲が出なかった。彼はそれを最大限に利用し、民衆や豪族、有力者達に、自分は『神に選ばれた男』だと宣言した。疫病は現国王への天罰だという風聞が広まりつつあるのを目敏く見抜き、それを広める手伝いもした。
そして、宮廷工作の結果、プリズルは名実共に『天に選ばれた新たな王』として、武力簒奪を決行したのだ。『天罰を受けた国王一家』に対して。
だからこそ、ここで終わるはずが無い。
まだ、自分には天命があるはずであった。




