拷問
「ちょっと待って」
メローラはロシを立ち上がらせようとする兵士達に声をかけた。
ロシに近づき、顔面に蹴りを叩き込む。
血が噴出し、仰け反ってロシは倒れこんだ。
「姫様!」
「歯の間に毒を仕込んでいるかもしれない。確認して」
兵士は言われた通りに、失神したロシの口を開け、歯の隙間から小さな袋を取り出した。ごく小さな麻の袋で、人の歯より少々大きいくらいのものを、歯の間に引っ掛けていたのであった。
「これは……」
メローラは含み笑いをした。
「服にも何か仕込んでいるかもしれないわね」
ロシはひん剥かれ、牢獄に繋がれる事となった。
見張りをしていたと見られる刺客の2人は逃亡した。
ようとして行方が知れなかったが、この暗殺未遂の黒幕は容易に分かった。
「ナツル王プリズルであろう……」
「ジャイル様、無理を為さっては」
ベッドに横たわるジャイルに向かって、ホイルが嗜めるように言う。彼はジャイルの右腕とも呼ばれ、その痩せぎすの風貌は、神経質そうにメローラを見つめた。
「あなたの主君は、無茶し過ぎよ」
メローラは吐き捨てた。
「こんなんじゃ、早死にするわ。いざとなればあたしなど見捨てて……」
「お言葉ですが……」
ホイルが言い返す。
「我らが主君は、オポティウス様ただお一人」
メローラは口元を歪め、そっぽを向いた。
「あたし一人であれはかわせた」
「いや、お前の後ろにはアシャがいただろう」
とジャイル。
アシャは今回、罠としてロシ達を手引きさせた。
「申し訳……」
アシャは恐縮して頭を下げた。
「いや、よい……」
「ここで死なれたら、あたしの目的は果たせない」
とメローラ。
ジャイルが青白い顔を愉快そうにした。
「おい、感謝の言葉はないのか」
「感謝はするけど、失望させないで」
「言われずとも、俺はこの程度では死なん。それにしても、かすり傷程度でこの様とは、まともに受けていれば死んでおったな……。あの毒槍で貫かれればお前は今頃死んでいた」
「それなら、あたしの命運もそこまでだったということよ。プリズルは安心して時代を作ればいい。あたしは、奴にその資格があるか、時代に審判を委ねる為に……」
「過去の亡霊として生きる事を選んだか。新たな時代の担い手たる資格がプリズルにあるか、確かめる為に……」
ジャイルは笑った。
「それにしても、俺も不覚であったな」
「そうよ」
「お言葉ですが、メローラ様もです」
ホイルが口を挟む。
「将たるもの、後方に控えておくのも常道。油断して前に出た結果がこれなのですから」
「ホイル、それは俺に対しての言葉か」
「……、そうでもあります」
ジャイルは発熱と倦怠感に襲われ、寝込んでいる。当初は意識混濁すら見られたが、翌日には意識をはっきりさせていた。
捕えたロシの尋問は、ホイルが向かったが、メローラも後で参加した。
ロシは両腕を天井から吊るされ、足の指先がかろうじて床につく体勢をとらされている。
「なかなか、口を割りませんので」
ホイルは淡々と言った。
メローラの姿を認めたロシは、笑い出した。
「楽しそうじゃない。ねえ?」
メローラはロシを指差しながら、ホイルに向かって言った。
ホイルは頭を軽く下げただけで、声に出して返事はしない。
メローラは兵士から木の棒を受け取ると、ロシを突っついた。
彼女はケタケタと笑う。
「あんたの忠誠心も見上げたものね。プリズルもあなたを誇らしく思っているでしょうね」
「ふん、お前がプリズル様を語るな」
ロシは吐き捨てた。血の塊が口から吐き出される。
「プリズルの差し金なのは間違いないのね」
メローラは呟いた。
「だろうと思っておりましたが」
とホイル。
彼の前ではロシは一切口を割らなかったのだ。それが、メローラ姫が来た途端これだ。
「やはり、プリズルはバスタークとつながっておりましたな」
「そうね、じゃあもう用済みじゃない?」
「……、でしょうな」
メローラとホイルはロシを見つめた。
ロシは叫んだ。
「イチデンの蛮族と、蛮族に加担する売国の姫よ!プリズル様は決して貴様らを許しはしない!必ずや貴様らに破滅の二文字を課すであろう!!」
精一杯の叫びであり、魂の咆哮であった。
ロシは再び血を大量に吐いた。
「もう駄目ね」
メローラは言った。
くつくつと笑い出し、やがて声を上げて笑いながら、木の棒でロシを叩きのめす。
「あんたは、忠義の士として死なせてやるよ!よかったね、嬉しいだろ!?あんたの名は歴史書に残るよ!」
血が乱舞し、メローラが鼻歌まじりに、木の棒を兵士に返すと、ロシは項垂れた。
「いや、イチデンにとってあんたは賊だった。ナツルは滅びるのに、忠義の士なんてお笑いだった」
メローラは石段を登りながら、笑う。
「あんたが、忠義の士かそれとも賊か、どちらになるかはあの世で見てな!!」
牢獄に笑い声が響いた。
ホイルは複雑な表情でいる。
ジャイルは5日後、政務に復帰した。
「このジャイル・ブックスと、ナツルの正統の王メローラを狙い、暗殺を企てた賊は、ナツル王を僭称するプリズルの差し金であった。この事実を看過する事など出来ない。もはやナツルは地獄の業火に焼かれるであろう。プリズルに与する豪族共も同様である。僭主を崇める豪族も同罪だ。今ならまだ間に合うが、もはや猶予はないと知れ」
ジャイルの極めて厳しい布告は、周辺諸国に発せられた。
ナツル包囲網は、予断を許さぬ状況となっている。




