三十二話
足に力をこめ、遊女に特攻を仕掛けようとしたとき、頭上から大量の瓦礫が落ちてくる。
瓦礫自体は何の苦も無く、当たらないように誘導したが、瓦礫のほかに降ってきたものは嵐を驚愕させた。
瓦礫と共に頭上から降ってきたのは新鮮な空気。
それも、その空気は流れができていた。要するに地上とここが吹き抜けのようになったと言うことだ。
「なっ、どういうこと!?」
今まで余裕の表情を崩さなかった遊女の表情が初めて崩れる。
それもそうだ。ここが密閉空間でなければ煙は外に流れて遊女の力は決定的に落ちることになるし、嵐は勝利することができる。
嵐が頭上を仰ぎ見ると、遠くに零士の姿を見つけた。
ボロ雑巾のようになっているが、ひとまずは大丈夫だろう。
そんな零士が何事かをこちらに叫んでいる。辛うじて聞き取れる範囲で零士の言っていることを予測すると。
「あとは任せたぜ! かっこよくぶったおしてこいや!」
と言ったところだろう。
「お節介な野郎だな」
苦笑しながらぼやく。零士の言葉は不思議と嫌な気がしない。
零士のおかげで勝ちの目が見えた。それに、遊女は確実に勝てる状況が覆されて、焦っている。
この機を逃す手はない。
「決着つけようぜ……!」
「あなたなんかに負けるわけにはいかないのよ!」
嵐は右手にナイフを構え、遊女は自分の効果圏内にある煙を総動員させて大量の拳を作る。
にらみ合う両者の視線が一瞬だけ交差する。
その瞬間に二人が動く。
嵐は自分の残りの力を振り絞り、遊女を切り伏せるために直進する。
遊女はその嵐を自分の下に来させないために拳を嵐に向けて発射し続ける。
遊女の首をかき切るために全力を傾けている嵐は防御の姿勢も、躱すための行動も、拳を吹き散らすことに余力を裂いたりもしていない。
だと言うのに、駆ける嵐の勢いは衰えない。
「何で……何で、止まらないのよぉ!」
「止まれるかよ! 止まったら二度と立ち上がれなさそうだしな!」
殴られているせいで体が揺れる。ともすれば倒れてしまいそうになる。そこを意地と気力で足を前に出し続ける。
あとちょっと……あとちょっとで未来と共に帰れる!
頭の中にあるそんな未来のおかげで痛みなど思考の端にもかからない。
あと少しで遊女の下に届くと言うタイミングで手元のナイフが弾き飛ばされた。
そんなことは知るか。ナイフを弾き飛ばされた右手を強く強く握りしめて最後の距離を詰める。
そして、握りしめた拳と遊女との距離がゼロになった。
渾身の力をこめた拳が直撃した遊女は錐揉み回転をしながらぶっ飛ばされて、背後の壁に体を打ち付け、ズルズルと落ちてくる。
もう立ち上がる気配はない。
嵐の勝利だった。
「……やったぜ」
拳を上に突き上げようとするが、腕が痙攣して動かない。
「あ?」
視界が揺れる。気が付いたら視界いっぱいに移っているの天井だった。
絞りっカスの最後の一滴を使って未来を縛り付けているロープを断ち切る。
そこで嵐の意識は嵐の手から離れた。
最後に未来の悲鳴を聞いたような気がした。




