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You saved I  I saved you  作者: 頭 垂
第三幕
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三十話

「あらぁ、遅かったのねぇ」

遊女がこちらを見ながらそんなことを言ってくる。

相変わらず、悠然と陶然とした雰囲気を纏っている女だ。本当に気に入らない。

ここは『デイブレイカーズ』本拠地最深部。

嵐の視界内には艶美に煙管から煙を吸っている遊女と、椅子にくくりつけられている嵐のこの世の何物よりも大事な人がうつっていた。

「嵐……君……?」

未来が焦点の定まっていない目でこちらを見上げながら、消耗しきったような声で名を呼んだ。

その事実だけで嵐の腸は煮えくり返っていた。

「……おい」

「なぁに?」

「……未来に何をした」

「何って……見て分からないの?」

遊女は馬鹿にしたように嵐にそう言った。

確かに一目見れば何があったかなんて問うまでもなくわかることだろう。

未来は見るも無残なほどに痛めつけられていた。目は片目が開かないほどに腫れ上がっているし、痛々しいほどに全身が腫れ上がっているのが服の上からでも見て取れた。

要するに、暴行を受けたのだろう。ここに連れてこられてから、嵐がここに来るまでの間ずっと。

「っ……!」

嵐は早くも後悔していた。

一瞬も躊躇するんじゃなかった。あの連れ去られそうになった時に躊躇せずにこの遊女に本気の風をけしかけるべきだった。あそこで躊躇してしまったからこそ未来は痛めつけられてしまったのだ。

「死ね……!」

もう無表情など創ってはいられなかった。

嵐は必死に今まで取り繕って隠していた感情を爆発させる。そして、一足で遊女の元までたどり着き、拳を振るう。

その拳は遊女の体をすり抜けてしまった。

「甘いわねぇ」

背後から遊女の声が聞こえてきたのだと脳が認識した直後に、背中に強い衝撃が走った。

「クソッ……!」

剣帯から抜いたナイフを背後に向けて一閃する。が、ナイフを一閃したときには背後には何もいず、ナイフは空しく空を切った。

振り返ると、遊女との距離はまたあいてしまっている。更には入ってきたときとは遊女と嵐の位置関係が逆転している。

この部屋唯一のドアの前に遊女が悠然と立って煙管から煙を吸い、未来をかばうようにして嵐が息を荒げている。

勝機は薄い。だが、動いていなければ気がくるってしまいそうだ。

牽制としてナイフを遊女に向けて放つ。

そのナイフから遊女を守るように、周囲に散っていた煙が一瞬だけ壁のように密度を濃くし、遊女の姿を完全に隠してしまう。

ナイフは煙の壁に阻まれて勢いを殺され、重力に捕らえられる。重力に囚われたナイフが地面につく前に嵐がそれを拾い上げる。拾い上げられる位置までダッシュで近づいてきていたのだ。

そのダッシュの勢いのまま、ナイフを遊女に向けて振るう。

「無駄」

煙管から口を離した遊女がつまらなそうに言う。

その直後に嵐の体を挟むようにして衝撃が右と左から同時に来る。

「ガフッ……!」

遊女の首を刈り取ることを考えすぎていたせいで周囲の警戒がおろそかになってしまっていた。そのせいでその攻撃をかわすことはおろか、威力を逃がすように体を捻ることすらできない。

衝撃が全身に伝播し、肺の中の空気が強引に口から外に排出される。

体中が痛みと言う名の危険信号を脳に伝える中、嵐は辛うじて異能を使うことに成功する。

口から吐き出された空気を使って、ふらつく嵐の無防備な腹に追撃を叩き込もうとしていた煙の拳を散らす。

だが、それもただの急場しのぎにしか……ダメージを減らすことにしかなりえない。

口から吐き出された空気の量は少なく、眼前に迫る煙の拳は吹き散らせない。その拳を正面から受け、未来の座っている椅子の前まで転がされる。

「ちっ……クソが……」

喉に絡んでいる血を吐き捨てながら毒づく。

遊女と嵐の実力の間には絶対に超えられないほどの高い壁があるらしい。戦術面でも、異能の性能でも、実力でも遊女には勝てる気がしない。

その高い壁は状況によっては超えられるかもしれない壁だ。だが、その状況と言うのも嵐の敵であるらしかった。

遊女の異能はある一定の範囲にある自分が生み出した煙を自由にできると言うものであると考えていいだろう。その範囲がどれほど広いものかはわからないが、少なくともこの部屋をカバーできるぐらいには広い範囲だろう。

この異能は密閉空間でこそ最高のパフォーマンスを行える異能だ。そして、ここは自然風がどうやっても入り込むことができないであろう地下。武器になる空気の絶対量が決められていると言う点においても嵐の不利は確定的だった。

そんな思考をしながら、ふらつく足で立ち上がる。

遊女は自分から嵐に攻撃してくる気はないのか、倒れている嵐に追撃をかけてこようとはしてこなかった。

あるいは、それは自分がこの地下と言うフィールドにおいては嵐に負けるはずがないと言う絶対的な自身からくる余裕なのかもしれない。

「……一つ聞かせろ」

「……なぁに?」

「何故、俺に直接喧嘩を売るのではなく未来に目を付けた」

「相手の弱点を突くのは当然のことだと思わない?」

質問を聞いた遊女は何の揺らぎもなくそう言い切った。そこには自分は当然のことをしたのだと言う確信しか込められていなかった。

確かに、相手の弱点をつき、自分に有利な状況を創るのは当然のことと言えば当然のことだ。今回は嵐が未来をさらわれたと言う事実で頭がいっぱいになり、周囲が見えていなかったと言うこともあるだろうが、明らかな失策。

何も考えずに特攻してきたこと自体は後悔していない。こんなに痛めつけられた未来を見た後に、もっとじっくり考えてきてから来ればよかったなどとは思わない。

それに、もっと遅れてしまっていれば、未来が嬲り殺されていた可能性も否定はできない。

未来を人質とするつもりが端からなかったのはこの現状を見ても明らか。ならば、嵐をおびき寄せるための餌であるところの未来の生死など、遊女の知ったことではないだろう。この場に嵐が来た時点で未来の価値は遊女にとってはないのだから。


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