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You saved I  I saved you  作者: 頭 垂
第一幕
3/33

三話

夢を見ていた。

それは一人称の視点からの景色。

にこやかにこちらに向けて手を振る両親とそれを先導する両親の友人の姿がある。

この景色は特に意識していなくとも勝手に記憶の表層に上がってきて俺にあることを思い出させる。


《何も信用するな》


その言葉は、俺の深層意識にいつまでも消えない汚れのようにこびりついている。

初めて思い出して追体験してしまった時は必死に体を動かしてこれから起こる最低の光景を変えようと努力したものだったが、今となってはもう何も思わない。何かしようとも思わない。

ただ、この光景が早く終わることを願うだけだ。

来た。

この追体験の上で一番見たくない風景が来ることを予期して体が自然と萎縮する。

こちらに向けて手を振っていた父親の体から唐突に何かが生えてくる。

それは真っ赤に染まった大振りの軍用ナイフ。

違和感に気付いた母親が友人に向けて手のひらを突き出すがもう遅い。

突き出したときには母親の背中からもナイフの刃が生えていた。

体を痛みが駆け抜けているであろう母親がこちらを向く。いつも思うが体からナイフが生えていると言うのに随分と元気なものだ。

逃げなさい。

それだけ唇が動くと、母親の体から荒々しくナイフが引き抜かれ、母親の体が糸の切れたマリオネットのように倒れる。

両親の体からナイフを生やした両親の友人……いや、クズはナイフを後ろに抛り捨てる。

そして、腰の後ろに手を回したかと思うと一丁の拳銃をこちらに向けてくる。

それでも俺の体はまた動かない。

確か、この時は両親が殺されて放心状態だったような気がする。まぁ、六歳のガキに何とかしろと言うほうが無茶振りかとも思うが。

クズがこちらに向けている銃の引き金に指を添えた時、隣の家の二階の窓が開いた。

そこからは俺と同じぐらいの幼さの少女が身を乗り出してこちらを見ている。

その少女は快活そうなショートカットでこのころの俺と同じぐらいの年齢であろう。

クズは舌打ちをすると、そちらに向けて銃を向け、引き金を引いた。

少女はとっさのことで反応ができなかったのか、動かない。

俺の喉元から声にならない悲鳴が響く。よく覚えてはいないが、この時の俺は少女の名前を呼んでいた気がする。

少女の脇腹に真っ赤な花が咲いた。

俺はこの世のものとは、人間の声帯が発せるとは思えないような、化け物の慟哭のような悲鳴を上げた。

そこで視界が真っ黒に染まった。




「えー、このナポレオンの絵は……」

私立習志野高校三年二組の教卓では世界史の教師が授業には関係のない雑学を話し出してしまった。これはこれで楽しくはあるのだが、正直ナポレオンとかどうでもよかった。

「今日も今日とて平和だね」

教室の窓際、後ろから二番目の席に座っていた館宮たてみや らんは誰にも聞こえないような小さな声でつぶやいた。

学校指定の学ランは第二ボタンまでが開けられている。学ランの下の黒地のシャツには白い字で『生きるって何?』と、哲学的なことが書かれていた。この問いに応えられる人間は多くないだろう。

嵐はもう教師の話を全く聞いていなかったが、それはこのクラスにおいてはさほど浮いていると言うわけでもなかった。

このクラスで、今現在教師の話を真面目に聞いている人間など二割もいないだろう。

パッと見まわすだけでも机の下でスマホをいじっているもの、周囲の人間としゃべっているもの、陽気に当てられて寝ているもの。様々だ。

こんなんだから担任には毎日のようにありがたい説教をもらっていると言うのに改善される気配がない。それはそれでこのクラスの個性なのだと割り切ることにしよう。

この光景を見ているとこの世界がどうしようもなく平和なのだと自覚させられる。

だが、この平和が屍の上に成り立っていると言うことを知ってしまっている嵐にとっては、平和なんてものはどこか空虚なもののように思えた。

「嵐君。何考えてるの?」

隣の席のくすのき 未来みくが話しかけてくる。未来は左目にかかっている前髪を払おうともしない。未来はいつも左目を何かしらで隠している。中学のころに包帯を巻いてきたときはさすがにどうかと思ったが、髪ぐらいなら全然許容範囲内だ。

未来の着ているブレザーの帯は黒字に青の線が入っている。この帯に入っている線の色で学年が判断できる。緑が一年、赤が二年、青が三年だ。

さっきまで机に突っ伏して寝ていた未来の頬にはよだれの跡があるが、指摘してはやらない。

「いや、どうしようもなく下らないことだよ」

「そのくだらないことってのは何?」

「言うほどのことでもないよ」

「そか」

未来はそれだけ言うと満足したのか糸が切れたかのように首がガクリと揺れたかと思うと頭を机の天板に叩き付ける。

すごい音がしたが、このクラスにいる人間は誰も気にしない。この程度のことは日常に埋もれてしまう程度のことでしかない。それに教室内での異音よりも自分のことに精いっぱいなのだろう。

頭を叩き付けた未来は未来で穏やかな寝息を立てているのだから大物だと思った。

「……そんなんだから未来は成績が上がらないんだよ」

嵐は未来を横目に見ながら小さくつぶやいた。

未来の成績は低空飛行と言うのもおこがましいほどに低い。寧ろ、地面を抉ってしまっているほどだ。テストのたびに嵐が教えてやっているおかげで毎回赤点は免れているが、この成績ではどの大学も受け入れてはくれないだろう。

この馬鹿な幼馴染の将来が心配になってくる。

未来の左手の薬指についている小さな指輪が陽光を弾いてきらりと輝いた。この幼馴染には許嫁と言うやつがいるらしいというのを何かの折に聞いたことがある。

その人のところに永久就職して養ってもらうから大丈夫なのだとテレテレと顔を赤くしながら俺に言ってきたことがある。

こんなのを嫁にもらうやつはさぞかし不幸なんだろうな。嵐はそう思っている。

嵐はそんな幼馴染から視線を外して窓の外を眺める。

空には少しばかりの雲が浮かんでいるが、それでも十分に良い天気と言っていいようだ。むしろ、その雲の白さがより一層、空の青さを際立たせているように思えた。

雲は風に流されてゆっくりと嵐の視界を移動している。その道中で幾度となく形を変えていく雲の姿は、ただ茫然と眺めていても飽きが来なさそうだった。

嵐が空を眺めているうちにチャイムが鳴る。いつの間にやら随分と時間が経っていたらしい。気が付くと時計は二時十分ほどを指していた。


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