二十九話
場所は変わって地下四階。
エレベーターと違って階段はちゃんと地下二階よりも下までつながっていた。
そこにもさっきの三階と同じく、銃弾の音が響いていた。
「くっそ……何これ、不運すぎんだろ」
零士は物陰に隠れながら、面の下の表情をゆがめる。零士も階段を出た直後に襲撃されていた。
まぁ、あんな宣戦布告を行った後では警戒されても当然と言えるのでしょうがないと言えばしょうがない。端的に言って自業自得だった。
相手は綺麗に分業を確立していて、踏み出す隙も見つけることはできない。
常時弾丸がこっちに向かってきている代わりに、弾幕と言えるほどの量が飛んできていないのは幸いだったが、こっちの方が零士には厄介だった。
今の面は『猿』。どちらかと言うと障害物の多い場所においての立体機動を得意としている面だ。汎用性が高いので普段使いしているが、こういう時には突破力がないのが辱点ではあった。
その面にもヒビが見え始めている。もうそろそろこの面も崩れ落ちるだろう。
それもまたタイミングが悪いことと言えた。
「……最低なことにこんな時に限って、残りの面も色物と来た」
その辺に転がっている瓦礫を敵に投げつけ、敵の戦力を堅実に少しずつ減らしていく。だが、この程度の攻撃は多少の牽制にしかなりはしない。敵は仲間の屍を乗り越えながら一歩ずつこちらに近づいてきている。
敵が徐々にこちらとの距離を詰めていることに危機感を抱きつつも、手持ちの面の種類を確認する。
残りは四つ。『獅子』、『猪』、『イルカ』、そして『鬼』だ。
まともに戦闘できるのは、『猪』と『鬼』だけだった。
「何これ……クソゲー」
そんな時、耐久時間を過ぎてしまった猿の面が崩れ落ちる。
これで、残りは実質二つ。勝ちの目が更に薄くなってしまった。
もう敵との距離はほぼないと言ってもいい。その危機感に急かされながら零士は『猪』の面をつけよとした。
「おい、あいつを連れてこい」
「あいつとは……?」
「人質に取っていたのがいるだろ! 凪の弟だ! あいつを盾にするんだよ!」
「は……それでは、凪との契約に反することにはなりませんか?」
そんな声が耳朶をたたいた。
零士は面をつけようとする手を放して、相手の方を窺う。
そこでは隊長らしき男が部下に怒声を飛ばしていた。たった一人しかいない敵をも殲滅できないと言う事実に苛立っているのだろう。
「敵がここにいるってことは、凪の弟が目的なんだろ!? ならば、あいつを盾にすれば敵も攻撃は出来まい!」
「はっ……何だそれ」
零士は男の声を聴いて思わずつぶやいてしまった。
ちょうどいいから盾にしてしまえ。そんな発想を当然のようにできてしまう敵の思考が理解できない。
まぁ、兵法としては何も間違っていないのかもしれない。
だが……
「俺が納得できるかどうかは別だわな」
零士はさっきの思考など忘れて、『鬼』の面を顔に装着していた。
その『鬼』の面の口元についている左右の牙に血を付着させる。そうして、面を起こしてから零士は物陰から出た。
「て、敵が出てきたぞ! 殺せ!」
男の号令に合わせて銃弾の量が増す。だが、そんなことは今の零士には火に油を注ぐ行いでしかない。
零士はもう弾幕と言えるほどに数を増やした銃弾の雨をものともせずに、一歩一歩確かな足取りで前進する。
それも当然のことなのかもしれない。何故なら、人間は当たってもいない、自分に何の影響も及ぼさないものを気に掛けることなどしないのだから。
「な、何故だ……。何故当たらない……」
隊長らしき男が震えた声をだす。
そう、零士には銃弾が一発も当たっていなかったのだ。
これが零士の異能『獣面』の切り札である『鬼』の面だ。この異能で発動できるポテンシャルを最大級に発揮できる異能だ。
『鬼』の面の効果は、大別して二つ。
一つ目は無機物の自身への無条件降伏。意思を持たない無機物は『鬼』の面の発する威圧感に負けてしまうので、零士を傷つけることができなくなる。正確に言うと、人間の手を離れた無機物だ。銃弾や投擲物などがこれに当てはまる。いつだって鬼を殺すことができるのは意思を持った人間の力だけなのだ。
二つ目は伝承に出てくる鬼のような怪力無双。その力は人間や動物などという低俗な次元を超越している。
その二つを併せ持った『鬼』の面は零士の持つ面の中でも最強を誇っている。
怪力を使って、零士は震える敵を薙ぎ払っていく。
そんな零士を止められるような実力者は……勇者はこの場にはいない。




