二十五話
零士までが臨戦態勢に入ったその時、零士と凪が同じ方向を向く。
その場にはひのかがいる。そして、何故だかひのかから目を離せない。
「やっぱり、嵐先輩には効かないですよね。知ってましたけど。今よ。歩」
「了解です」
ひのかに三人の視線が釘付けになっている間に、歩が緩んだ風の結界の中に侵入する。
そして、手に持っていた注射器を凪の腕に突き刺し、中身を注入した。
「あっ……」
それだけ言いながら、凪は全身から力が抜け落ちていくのを感じていた。
「?」
嵐は不自然に思いながら、凪から手を放す。すると、凪はズルズルと腰砕けになってしまったかのようにへたり込んでしまう。
それでも、嵐は警戒を怠らないし、少しでも不自然な動きをしたら首を掻っ切るぐらいのことは余裕でできるのだが、首をひねる。
たぶん、歩が注入した薬品が原因であろうことは想像がつくのだが、何故歩がここにいるのかという疑問が拭えない。
そんな時、ひのかがため息をつきながら口を開いた。
「私たちは零士に呼ばれてたんですよ。それで、ついでに仲裁したってわけです。仲裁には私と歩のコンビが最適ですから」
「そうですよ。それに、情報を吐かせるのにも……ね」
歩が悪い顔をしながら、手元に大量の注射器を呼び出している。
それぞれに違うケ
ケミカルな色の液体が入っている光景は、ちょっと不安定になる。
それまで、取りつかれたかのようにひのかを見ていた零士がひのかから視線を外し、大きくため息をつく。
「本当に助かったぜ。俺も当てられちまって喧嘩に参戦するところだったからな」
「零士は後で、料金もらうからね」
「俺に対する態度と欄に対する態度違いすぎないか……?」
「それは、嵐先輩と零士先輩では僕たちの中での優先度が違いすぎますからね」
「そうよ。あんたはただの知り合い。嵐先輩は私たちの後ろ盾だもの。零士はいなくても困らないけれど、嵐先輩がいなくなったら私たちは困るもの」
「俺が後輩どもに信頼されているようで何よりだよ……畜生め」
三人は和やかに会話している。とてもではないが、和やかとは言えないような状況だと言うのに。
三人が話している内容には興味もないのか嵐は話に混ざろうとはしない。
歩は話をしながらも凪の手に手に持っている注射器を刺し、中に入っている毒々しい色をした液体を注入していく。
手に持っている液体を全部注入し終えると、歩は振り向いた。
「これでたぶん吐いてくれると思います」
「……助かった。それじゃあ答えろ。未来は何処にいる」
「―――――――」
凪が焦点の合わない眼差しでつぶやいたのはこの町で一番高いビルの名前だった。
その話によると、その地下にいるであろうとのことだ。
それを聞いた嵐の中からは凪に対する興味が失せていた。嵐はすぐに踵を返すと廊下を歩きだす。その後ろをやれやれと言った表情で零士がついていく。
そんな嵐の足を凪がつかんでいた。
「邪魔だ。この手を速やかにどけろ」
「……行かせない。あの子のためにも……」
「あの子?」
「……私が……倒れたら……あの子が殺されちゃう……から……あなたを……行かせるわけには……いかない」
憔悴しきった表情で、それでも必死に嵐を行かせまいと力を振り絞っている。
そんな姿を見ても、心が揺れ動くことはないのか、その腕を切り落とすために嵐が剣帯からナイフを取り出す。
その腕を零士が止める。
「……何の真似だ?」
嵐の問いかけには答えずに零士は凪に問いかける。
「その子ってのはその地下にいるのか?」
「……えぇ……でも……私が行っても……無理だった」
「だってよ。どうするんだよ、嵐?」
「どうもしない。行くぞ」
乱暴にその腕を振り払う。振り払われると、凪は朦朧としていた意識を手放して倒れる。最後の意地だったのだろう。
そんな様を冷めた目で見ていた嵐は再び歩き出す。が、すぐに足を止める。
「……ひのか、歩。そいつがふざけたことしないように見張っておけ。部室にでも連れて行けば邪魔も入らんだろう」
「了解しました!」
「生きて帰ってきてくださいよ?」
「……ついでに、そいつが起きたらこれだけ伝えておけ。『ついでだ。仕事が一つ二つ増えるのは苦でもない』とな」
「ふふっ。わかりました」
「……フン」
ひのかの含み笑いを見た後、機嫌悪そうに嵐は鼻を鳴らす。
今度こそ、足を止めることもなく嵐は零士を引き連れて行ってしまった。
その後ろ姿を眺めながらひのかと歩は笑いを共有する。
「……本当に嵐先輩は甘いわね」
「その甘さに救われたのが僕たちですからねー。どうしようもないと思いますよ? 助けを求める人間の手を雑に払える人なら、今みたいになっていなはずですし」
「違いないわね」
嵐に救われた二人の後輩は廊下で笑う。
そして、ひのかは夢想する。
部室で馬鹿話をしながら零士と喧嘩をし、歩の作ってきたお菓子を食べて当たりを引いて歩をボコボコにし、それを嵐に怒られてビクビクする日常を。




