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You saved I  I saved you  作者: 頭 垂
第三幕
24/33

二十四話

「それで、何の用なんですか?」

教室から出るなり、凪が不機嫌そうな声音で嵐に問う。その表情には理解できないものに対する苛立ちのようなものが如実に表れている。

「……別に怒るのも無理はないと思うけどよ」

零士は苦笑を凪に向ける。

「怒りを向ける相手が違うんじゃないのか?」

その零士の苦笑の原因はもちろん凪だった。

何故かは知らないが、凪は苛立った表情を零士に向けているのだ。

零士も嵐に有無を言わせず連れてこられたと言うのに、この行動はあんまりにもあんまりではなかろうか?

「それに……俺も何の用かは知らねぇよ。そこで怒気を放っている奴に聞いてくれ」

嵐は教室から出てからは、怒気を全く隠そうとしていない。

そんな怒気を放っている嵐を見ているだけで、その怒りに当てられて一般人なら倒れてしまうのではないかと言うほどだ。

「それで? いい加減に説明してくれないか?」

「……未来が拉致された」

嵐は自分のふがいなさを嘆くように、苦渋に満ち満ちた声音でそうつぶやいた。

その声を聴いた零士はキョトンとしてしまった。

何故なら、あの嵐が未来がさらわれたと言うのに最低限の利性を保っているように見えるからだ。昨日のあれだけでも発狂していたと言うのに。

「……それの何が私に関係あると言うのですか?」

凪は嵐の説明ともいえないような説明を聞いて、より一層苛立ったようで、声音から不快さがあふれていた。

それを零士が止めようとするが、零士が凪を止めるより先に嵐が動いていた。

嵐は疾風のような勢いで凪の胸ぐらをつかむと、その背中を勢いよく廊下の壁に叩き付けていた。

「っ……!」

凪の口から息が漏れる。さっきの教師ほどの勢いもなかったので、それほどのダメージにもなっていないだろう。

そして、胸ぐらをつかまれている凪からは嵐の表情が窺えなかった。

何故なら、嵐は俯いてしまっているからだ。だが、俯いていてもよくわかる。嵐の体から立ち上る怒気が増していることぐらいは。

「……おい、未来をどこへやった。迅速に答えるってんなら殺さないでおいてやる」

嵐が俯いたまま声を出す。

その声からは、いつも以上に感情が抜け落ちている。心の内から溢れ出る激情をより強い理性で押し固めているような、絞り出したような声だった。

そんな声は嵐の監視役を三年間務めている零士ですら聞いたことのないものだったので、零士は自分の背筋をとめどなく冷や汗が流れ落ちて行くのを感じている。

「……私が未来先輩をさらったとお考えなのですか? 私はさっき授業を受けていました。どう足掻いたとしても未来先輩をさらうのは不可能なことかと思いますが? その点をどうお考えなのですか?」

凪は自分のアリバイを主張する。

確かに、さっきメールをしていた限り、あの時点で未来がさらわれていたなどとは考えづらい。未来がさらわれていたのなら、嵐にメールをする余裕などはないはずなのだから。

凪のアリバイは正しいようにも思えたが、嵐は詰問の手も壁に押し付ける力も弱めない。

「あぁ……お前がさらったんじゃないってことは百も承知だよ」

「なら、この手を放していただけますか?」

「だが、お前にはいろいろと聞きたいことがあんだよ。あぁ、忘れてたぜ。肩の傷は治ったのか?」

「何のことですか?」

「俺がこの間つけてやった傷だよ。忘れたとは言わせねぇぞ? 『猟犬の女王(クイーンズ・ハウンド)』?」

「っ……!」

「おい、『猟犬の女王(クイーンズ・ハウンド)』って……」

零士は嵐の口から出た名前が想像以上のビッグネームだったことに驚く。

『猟犬の女王(クイーンズ・ハウンド)』。

それは『デイブレイカーズ』の中でも、比較的外側に知られている名前だ。曰く、鋼鉄でできた猟犬を指揮し、その猟犬に気を取られている隙に遠距離からの射撃でターゲットの頭を吹き飛ばすという。

『ピースメイカー』の資料で読んだぐらいだが、そんな大物が凪だとは信じられなかった。

「……あぁ、零士には話行ってないのか。この間……何日前だったかは忘れたのだが、うちの本部が襲撃されてな。その時の陣頭指揮官がこいつだったのさ」

「……マジかよ」

「だから、『デイブレイカーズ』にさらわれた未来を助けるのなら、同じ『デイブレイカーズ』であるこいつにどこに運ばれたのか聞いたほうが良いだろ?」

嵐はそう言うと、やっと俯いていた顔を上げた。

持ち上げた嵐の顔には、いつも通りのつまらなさそうな表情だけが浮かんでいた。

「吐けよ。直接関与はしていなくとも、大体どこに運ばれるかもしれないと言う情報ぐらいは持ってんだろ?」

「…………」

嵐が、腰の剣帯から抜いたナイフを凪の喉元に突き付ける。凪が吐かないと分かった瞬間にこのナイフは凪の喉元を切り裂くことだろう。……そうでなくとも、嵐の怒りに触発された周囲の大気が、無差別に周囲の壁や床に傷を作っているのだが。

今度は凪が俯く番だった。

凪にはもう後がない。さっき嵐が言ったあの襲撃の一件で失敗している凪は、もう首に首輪を掛けられている。

しかも、凪だけでなく凪の最愛の弟の首にも。

凪がここでアジトの場所を漏らせば、弟は殺されてしまうだろう。かと言って、ここで嵐にアジトのことを話さないで嵐に殺されてしまったとしても弟は口減らしに殺されてしまうだろう。

これは詰みと言うやつだろう。

嵐に異能を使って生み出した猟犬が通用しない相手だと言うことはもうわかっている。

それ以前に、あの猟犬たちはそれほど戦力が高いわけでもない。あの猟犬と凪自身の主要兵装であるところのアンチマテリアルライフルが合わさってこそ、本領を発揮するのが凪の異能だ。アンチマテリアルライフルもない現状ではどうしようもない。

だが、凪に諦めると言う選択肢はない。

足掻けるだけ足掻いてやる。あの子を置いて死んでやるわけにはいかないのだから。

凪が猟犬を召喚しようとすると、嵐が気配をより一層剣呑なものに変化させた。

何か合図となるものでもあれば、この張りつめた空気は一気に破裂し、平和な日常を送っている学校の廊下が凄惨な戦場に早変わりしてしまう。

だが、それを見ている零士には止める手立てがない。何故なら、嵐の怒りによって制御を失ったはずの風が零士の周囲に渦巻いて、零士の行動を阻害しているからだ。動くことはできるが、二人に近づくことはできそうにもない。

「はぁ……しゃーねぇかな」

零士はため息をつくと、右腕の二の腕についている面を止めているストッパー代わりのベルトを外す。


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