二十三話
目的地の中にいる人間から、無作法な視線を向けられるが、そんな無知蒙昧なる他人のことなどを気に留めている余裕は今の嵐にはない。
「嵐? 今、授業中だぜ?」
キョトンとした視線をこちらに向けながら的外れなことをほざいている零士の首根っこをつかむ。
「おいおい。何だってんだよ。説明ぐらいくれてもいいだろ? それに、今は授業中だ」
「黙れ」
嵐が有無を言わせぬ視線を零士に向けると、零士は肩をすくめると黙った。
それに満足しながら、嵐は開いている窓に足を駆ける。
そして、外に飛び出した。
「はぁっ!?」
零士が驚愕の声を上げているがそんなことを気にしている時間などない。
嵐は一つ下の階の辺りまで体が到達すると、瞬間的に圧縮した空気を踏み、窓から室内に侵入した。
けたたましい音と共に窓ガラスが割れ、真下の教室である二年三組に侵入できた。
「な、何だ!?」
授業担当教師の口から悲鳴が上がるが、嵐の耳にも目にも入っていない。
嵐の目にはたった一人しか映っていなかった。
「……ちょっと付き合ってもらうぞ」
「えー……俺には有無を言わせなかったのに凪には了解を取るのかよ。理不尽じゃねえのか?」
「黙れ」
嵐は凪に一応了承を取りつつも、有無を言わせぬ口調で凪についてくることを強制する。
それを見て、零士が文句を垂れるが嵐が黙れと言うとやれやれと一と表情と仕草をしながら黙った。少々腹が立つが、我慢しよう。
「……何で、そんな急な命令に従わなきゃいかないんですか?」
「あー……凪も黙ってついてきてくれない? ほら、ここは俺の顔に免じてさ」
不満そうな凪に零士が洒脱にウィンクをすると、凪は「気持ち悪いです」と吐き捨てながらも、従うような雰囲気を纏う。
それを見届けた嵐は教室を出て行こうとするが、その肩を掴む腕があった。
「おい! お前、三年の館宮だな? こんなことして許されると思ってるのか! とりあえず、職員室に来い!」
その腕はこのクラスの授業担当教師の腕だった。
この教師は、前々から嵐の傍若無人な行動や態度を嫌っていた。それにほかの教師や学校が嵐に対して便宜を図っているのも気に入らなかった。だから、これを機に嵐と、学校側を弾劾してやろうとでも思っているのだろう。
だが、この教師は一つ勘違いをしていた。
学校が、教師たちが嵐の行動に目をつむっているのは嵐が金持ちや議員の息子で、その財力や権力によって従わせられているのだろうと思っていたのだ。
それは大きな勘違い、大いなる間違い。
実際に学校が嵐の問題行動や傍若無人な態度にも目をつぶっているのは、権力や金の力などと言う陳腐なものではなく、純然たる恐怖であると言うことを。
「触れるな、ゴミが」
嵐が吐き捨てるようにそうつぶやく。
それだけで、教師はダンプカーにでも跳ね飛ばされたかのような衝撃を味わうこととなった。
その勢いを欠片も軽減することができなかった教師は、冗談のような勢いで壁に叩き付けられる。その衝撃と痛みで教師は声を上げることすらできずに悶絶する。
嵐はそんな無様な姿をさらす教師に近づくと、感情など欠片も移っていない目を向けながら、腰の剣帯からナイフを一本抜くと、それを掲げる。
「死ね」
そのナイフを無造作に振り下ろすと、ナイフは嵐の手を離れて教師の眉間に向かって飛んでいく。
が、そのナイフは教師の眉間を貫く前に零士の手に収まっていた。
「…………」
その姿を見る嵐は酷く不快そうな表情をしているが、それとは対照的に零士はへらへらと笑っている。
「殺しは勘弁してくれ。さすがに俺でも揉み消すのが面倒臭い。それに、今は時間がないんじゃねぇの?」
「……そうだったな」
嵐は冷めた目で教師を一瞥すると、もう振り向かずに教室から出て行ってしまった。
その後ろを追うようにして、凪も教室を出ていく。
「ごめんね、驚かせちゃって。後でいろいろと来るかもしれないけど、今見たことは忘れてくれよ? それじゃ、自習ってことで」
零士だけが振り返ってキョトンとしている生徒たちに言葉を残していく。
取り残された二年三組の生徒たちは、その後もキョトンとした放心状態のままで、この時間が終わるチャイムが鳴った瞬間までそのままになっていた。




