二十二話
「嵐君。何してたの?」
未来が嵐の手元にあるケータイを覗き込みながら問うてくる。
嵐はケータイをてきとうにポケットにねじ込みながら答える。
「零士にメールしてたんだよ」
「零士君はなんて?」
「サボるんなら一言ぐらい言えってよ。あいつは俺の保護者かっての」
「あはは。零士君はいつも嵐君のことで気をもんでるしね。そのくらい言ってあげても罰は当たらないんじゃない?」
「いやだ。めんどいし」
それで嵐は一度、話を切って周囲を見渡す。
いつもと変わらない普通の部室だ。この普通と言うのを手に入れるためにいろいろと根回しだの面倒なことをしてきた。その結果がこれだと言うのなら、十二分に満足できる。
「どうしたの? 嵐君」
「何でもねぇよ。てか、未来は授業出たほうが良いんじゃねぇの?」
「嵐君がいないなら授業なんて受けないよ。だって私が学校に来てるの嵐君がいるからだもん。嵐君がいないなら授業なんて受けないよ」
「お前が留年したら結果として俺と一緒にいられなくなると思うが、それでもいいのか?」
「? なんで?」
嵐の言葉に未来は全く思い当たることが無いようで小首をかしげる。
その様を見ながら、軽くため息をつきつつ嵐は言葉を紡ぐ。
「お前でも留年って制度知ってるよな?」
「うん。それくらいはね」
「留年しないために必要なのは二つ。必要最低限の成績と出席日数だ」
「そうなの?」
こんなこともこいつは知らんのか。
「お前は成績が全く足りていない。ならば、出席していると言う努力を学校側にアピールしておいたほうが良いんじゃないのか?」
「何でアピールなんてしなくちゃいけないの?」
「そうでもしなきゃ、お前卒業できんだろ」
「? 大丈夫だよ。卒業できなくても嵐君がいなくなったら私学校やめるし」
「おじさんとおばさんが許さねぇよ……。つまり、お前は留年したら俺とは一年間離れ離れになっちまうってわけだ。それでもいいのか?」
「全然よくないよ!?」
やっと現実に意識が追い付いてきたようで、未来が急に慌てだす。
そのあたふたとしたさまは、庇護欲をそそられるものがある。
未来は一通り、あたふたとした後、上目づかいで嵐の事を見てきた。
「勉強教えて?」
「良いぞ。そんぐらいならな」
「やった!」
未来が喜び勇んでカバンのほうに歩いていく。カバンから勉強道具でも出そうとしているのだろう。
「っ!?」
嵐がその姿を眺めていると、背後から強烈な殺気を感じた。
その殺気は唐突に出現したもので、嵐は慌てて背後に視線を向ける。だが、背後には壁しかない。
嵐が気当たりの要領で周囲に殺気を放つ。
「きゃっ!」
「未来!?」
聞こえてきたのは短い未来の悲鳴。
抜かった。
嵐は振り返りながら自分の失策を悔やんでいた。殺気を感じたのなら最初にするべきなのは、その殺気の出所を探すことではなく、未来を守れる位置に移動することだった。
未来のほうを見ると、黒づくめの男が三人ほど嵐に向けて殺気を放っている。それは数日前に『ピースメイカー』の本部を襲撃してきた者と同じような風体だった。
だが、そんな男のことなど嵐の視界には入っていなかった。
嵐の視界に入っていたのは、未来の体をやさしい手つきで撫でさする女だけだ。
その女は着物をはだけさせ、煙管から煙を燻らせていた。大人の女の色香を漂わせる女には遊女と言う言葉が一番ふさわしいような気がする。
「不用心ねぇ。あなたは」
「てめぇ……。未来から手を放しやがれ!」
嵐はもう正気とは言えないような心境になっていることを自覚していた。
全身から撒き散らされる殺気には指向性なんてものはなく、部室中に無作法なまでの滞留している。
その殺気を浴びた黒づくめは三人とも身を固くするが、遊女は悠然と煙管から煙を体内に入れている。この一事だけで黒づくめと遊女の力量の差が知れると言うものだ。
「そんなに怒るほど大事なら、自分の手元から離さなければいいのに」
「死ね!」
嵐は遊女の言葉など耳に入れずに腰の剣帯から抜き取ったナイフを遊女の顔めがけて投擲する。そのナイフは嵐の異能によって風を付与しているので、一瞬で遊女まで到達するが、遊女にあたる前に黒づくめに弾かれてしまう。
こんな下級の構成員に弾かれてしまうほどには嵐は頭に血が上ってしまっているようだ。
「物騒ねぇ。少しは話をする気はないの?」
「未来からその汚ぇ手を放して、頭を垂れたら考えてやらんでもねぇよ!」
「それは残念」
嵐は風の刃を放つ。
その刃はそれを防ごうとした黒づくめの剣を切断する。だが、遊女が口から吐き出した煙にあたった瞬間に霧散してしまう。
たぶん、あの煙があの遊女の異能なのであろう。
「私は疲れたから帰らせてもらうわね」
「行かせると思ってんのか……?」
「行けるわよ。だって……私はあなたよりも強いもの」
「上等だ!」
嵐の怒りに共鳴するかのように、部室内の空気に流れができ始める。
部室内にあるすべての空気が、嵐が手にしているナイフに集まってきている。
「それに……あなたに付き合うなんて言っていないわよぉ」
遊女が吐き出した煙が遊女と未来の体にまとわりつく。
その煙に包まれきる前の未来が叫ぶ。
「嵐君! 助けて!」
その声がトリガーとなったのか、嵐はナイフを振りぬく。
「塞ぐものを薙ぎ払え! 『突風の獅子』!」
振りぬかれたナイフから、突風が吹き荒れる。
その突風は獅子の形をとると、疾風のような勢いで遊女がまとっている煙まで駆けていく。
その獅子を見た黒づくめの動きは早かった。
黒づくめたちはその獅子の進路をふさぐように一列に並ぶ。
そんな黒づくめの行動など獅子を一瞬止めることしかできない。
黒づくめは獅子を一瞬だけその場に釘付けにするが、その一瞬後には無残な肉塊となって無様を晒す。
三人を薙ぎ払って獅子が煙に突貫して、煙を薙ぎ払う。
だが、時すでに遅し。煙を払われたそこには何もなかった。あの異能がどんなものかはわからないが、相当に汎用性の高いもののようだ。
今はそんなことを思考している時間すら惜しい。
そう考えた嵐はすぐに行動を開始した。
さっきの風の獅子に匹敵するほどの勢いで、部室を出る。目的地は四階。
その目的地の前までたどり着くと、嵐は一瞬の躊躇もなく扉を開いた。




