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You saved I  I saved you  作者: 頭 垂
プロローグ
2/33

二話

数分後、少年は地上に立っていた。

地下で遭遇したすべての人間を等しく肉塊に変えたと言うのに表情に変わりはなく、福には血の一つもついてはいなかった。

「少し冷えますね」

まだ五月。少し肌寒い風が少年の肌をなでる。

少年は何も羽織るようなものを持ってこなかったことを軽く後悔しながら帰路につこうとする。

少年の意識が緩んだ絶妙なタイミングだった。

少年に向かって何かが猛然と突っ込んできた。

「ふむ」

少年は上体を逸らすことで難なく回避。

そして、その襲撃者に淡々と風で作った弾丸をぶつける。

弾が当たった襲撃者は悲鳴を上げることもなく、崩れる。

「これは……」

少年に襲いかかってきたのは、鋼鉄で肉体が作られた犬だった。犬と言ってもチワワやダックスフントなどの愛玩犬の類ではなく、実践を念頭に置いて作られたであろうアフガンハウンドに近い姿をしていた。

こんな鋼鉄でできた犬が何の因果もなく少年を襲ってくるはずもない。まず間違いなくこの鋼鉄の犬は異能者の異能によって動かされていたものであろう。

こういう時、異能と言うのは実に楽なものだと思った。よくわからないことや、理解できないことはとりあえず異能によるものだと言えば解決できるし。

そんな少年に暗闇からまた鋼鉄の犬が襲いかかってくる。

奇襲で無いぶん、さっきよりも対処は楽になっているかもと思うが、数が増えたことで同じ程度だろう。

「ま、物の数ではないですけどね」

少年は淡々と腕を振るう。

それだけで少年の周囲にあった風は逆巻き、小規模な竜巻となる。その竜巻に鋼鉄の犬たちが触れた瞬間。鋼鉄の犬たちは宙に跳ねあげられる。

少年が腕を振り下ろすと、重力加速度の二倍ほどの勢いを持ってして地面に叩き付けられた。

犬たちは叩き付けられても起き上がろうと試みていたようだが、その両の脚部が壊れているので立ち上がることは叶わないだろう。

「三体同時に使役できると言うのはそれなりに強いのでしょうが、俺の敵に成りえるほどの練度はありませんでしたね」

少年はそう言うと、腰に手を当てて大きく体を伸ばした。



その少年に目を向ける人影が一つ。いや、目を向けると言うのは適切な表現とは言えないかもしれない。

少年を、少年からは確実に知覚できないであろう距離から、ライフルのスコープ越しにのぞく人影が一つある。

その人影はぴっちりとした真っ黒のライダースーツのような服を着ており、体の線が浮き上がっている。起伏に乏しい体ながら、多少ふくらみのある胸を月明かりだけが照らし出していた。少女の特徴と言えば左耳に月を模したピアスをつけていることぐらいだろう。

その少女の周囲を警戒するように少女の周りにはさっき少年を襲った鋼鉄の犬が二匹、哨戒していた。

「……私の猟犬があんなにあっさりとやられるなんてね」

少女は少年の所属する『ピースメイカー』と敵対する組織、『デイブレイカーズ』所属の異能者だった。

『デイブレイカーズ』は異能を『ピースメイカー』とは真逆の目的に使う異能者組織だ。自分たちの異能を自分たちの目的のために使い、一般人への被害を度外視する組織。

少女はその中でも上位に位置するランクAの異能者だ。

異能名は《鋼鉄の国の猟犬(ハウンド・オブ・メタリカ)》。鋼鉄で作られた猟犬を生み出すことができる。

無機物とはいえ、無から有を生み出す異能と言うことでランクAに分類されている。この異能は一度猟犬を生み出してしまえば、その猟犬たちは少女の命令がなくても、彼女のために最良と思うことを実行する点だろう。少女が命令を下せばそれに従うが、思考は天然の犬と同じなので反射も人間とは比べ物にならないほど早かった。

異能の説明はこのぐらいにして、今少女は高層ビルの屋上にいた。少女は銃に付けられているスコープ越しに少年を見ているわけだが、少女が構えているライフルはただのライフルではない。

アンチマテリアルライフル。この国式に言えば、対物ライフルと言うものだ。熱い装甲を貫くことを前提として設計されたこのライフルは、人間に対して使えば、掠っただけでその体をごっそり抉っていくほどの破壊力があった。

そのライフルを凪は少年に向けて構えている。さっき少女が猟犬に少年を襲わせたのは少年の異能を確かめるため。猟犬で殺せれば御の字だったが、そううまくいかないことは少女自身が一番よくわかっていた。猟犬自身の力は大して強くないのだ。

「でも、これで終わり」

少年の異能は風を操るもの。相当の高位の異能者でも風だけではアンチマテリアルライフルの弾丸は防げないだろう。

少女は一瞬のためらいもなく少年に向けて引き金を引く。少女の肩に強い衝撃が伝わる。

少女が覗くスコープの向こうで少年はこちらに向けてナイフを放った。

「そんなのでこの銃弾が弾けるはずがないでしょ」

そんな少女の思考はあっさりと覆された。

少年の放ったナイフは弾丸を貫いた。弾丸は貫かれると勢いを失ったのか、真っ二つに割れ、地面に落ちる。

「なっ!?」

少女の表情が驚愕に染まる。

だが、ナイフは弾丸を貫いたというのに全くスピードが緩まることはなく、少女の右肩に突き刺さる。

「くっ……!」

少女は苦しげな表情で肩を抑える。

スコープの中では少年がもうこちらにも視線を向けずに立ち去っていくところだった。


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