十八話
「すまん。遅くなった」
嵐が部室内に声をかけるが反応がない。
と言うのも、部室内には都合四体の屍が転がっているだけだからだ。死人に口なし。しゃべれるはずもない。
そんな死屍累々の光景だと言うのに嵐は全く気にせずに、定位置であるソファーに身を埋める。
「さっきは迷惑をおかけしました……ってちょっと見ない間に酷いことになってる!?」
嵐が無視したと言うのに、未来は律儀に突っ込んでしまっている。興が覚めてしまった。
「これは……どういうことなの?」
「どうもこうも……俺も知らんよ。それに、死んではいないし問題はないだろ」
嵐には四人の息遣いから生じる風の流れが見えている。別段死んでいないのなら気にしなくてもいいだろう。死んでいるのなら、弔ってはやれないにしても仇討ぐらいはしなきゃならんかなとは思うが。
この四人の中で一番ヤバそうなのは歩だろう。顔がリンゴのように赤く腫れ上がっている。誰かに顔面を殴打でもされたのだろうか?
「……お、お帰り。嵐、未来」
「ひっ……!」
「……その反応はあんまりにもあんまりじゃないのか?」
だるそうにしながらも零士が体を起こす。
その起き上がった零士の姿を見て、軽く未来が声を漏らす。
その姿を見て、零士が少し肩を落とした。
「死んだんじゃなかったのか」
「こんなくだらないことで死ねるか」
「そんなくだらないことで死にかけてたのか。……それで? そのくだらないことってのは何なんだ?」
「いつも通り、歩の持ってきた菓子が原因だよ」
そう言うと零士は忌々しそうに未だテーブルに上がっている菓子の欠片を睨みつけている。
いつも通り歩の菓子が原因だと言われても、嵐はそのいつもを知らんのでわからない。
普段、零士たちが何かギャーギャー騒いでいると言うのは認識しているが、その原因になど気を配ったことはなかった。
「このクッキーそんなにヤバいのか? 見た目にも匂いにも普通の菓子にしか見えんが?」
「歩の偽造技術は日々進化しているらしくてな……。もうどれがヤバいとかを判断することが俺たちにはできんのだ」
「何だ、その無駄技術は。もっと建設的なことにその才能を使えばよかろうに」
「俺もそう言ったんだがな」
「でも、本当においしそうですよ?」
「絶対に喰うなよ。……今回のは本当にえぐかったからな」
零士はその味を思い出してしまったのか、背中をブルリと震わせる。
零士は辛うじて起き上がってきて椅子につくが、他の三人はピクリとも身じろぎすらしない。呼吸があることがわかっていなければ心配になってしまいそうだ。
「どんな味だったんだ? そのクッキーってのはよ」
そんな嵐の言葉に、零士は目を丸くしている。
「……どうしたよ」
「いや、お前がそんなに興味を示すなんて珍しいな。普段なら一欠けらの興味も示さずに、自分の趣味に移るだろうに」
「今日は興がのったんだよ。他に理由なんてあるか」
実際にはある。
さっきのようなことがあった手前、未来と面と向かって顔を合わせてはいられないし、話してもいられない。
どうにかして未来と二人きりの状況にならないようにした矢先に良い感じに話題を転換できるものがあったから、それに縋っただけなのだ。だが、そんなことはおくびにも出さずに嵐は話の続きを促す。
「味か……正直表現するのが難しいな」
そう言いつつ零士は首をひねる。頭の中にある記憶をあさって、良い例えでも探しているのだろう。
数秒悩んだ後、顔を上げる。
「うん、無理。てか、思い出したくもねぇわ」
晴れやかな笑顔でそう言った。
そこまで酷い味なのか……。嵐の脳裏に若干の恐怖が浮かんだが、その恐怖はすぐにどうでもいいことだと、思考の端に消えた。
「それなら、何で歩の野郎も死んでんだ? こいつが持ってきた本人だってんならそんなヤバいもんは喰わねぇはずだろ?」
「そりゃ、そうだよ。だって歩が死んでんのは純粋な報復の結果だからな」
報復って……。報復だとしても原形をとどめないぐらいに顔面を殴打するのはどうなのだろうか。
そんな歩の顔を未来が興味深そうにツンツンとつついている。つつくたびに歩が苦悶の表情で呻く。
それを見た未来は、
「生きてるんだ……。良かった」
そう言いつつ、つつくのを止めない。この幼馴染は潜在的Sと言うやつなのだろう。その頬に若干の朱が混じっているような気がする。
「とりあえず、起こす?」
「そうだな。このまま寝たままにもしては置けんしな」
嵐と零士は、それぞれひのかと凪の頬をペチペチと叩き始めた。
主犯である歩はもう少し未来に任せて苦しめてやってもいいかな、と二人とも思っていたことは言うまでもない。




