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You saved I  I saved you  作者: 頭 垂
第二幕
17/33

十七話

部室を出た嵐はてきとうに旧校舎内をふらついていた。

てきとうとは言っても未来のいそうな場所を頭で考えながら動いている。人はそれをてきとうとは呼ばない。

「ここか……?」

嵐はてきとうにあたりをつけた教室のドアを開ける。

ドアを開けた瞬間に立ち込める掃除の行き届いていない部屋特有の埃の匂い。その埃の匂いに嫌悪感を抱きながら、部屋の様子を観察する。

傍目から見ても、部屋の中に誰かが入ったようには見えない。普通の人間ならここでこの教室を後にして他の教室を確認しに行くのだろう。

だが、嵐には違った景色が見えていた。

嵐が見ていたのは教室の中にある物や床ではなく、教室内に対流する空気だ。

この教室内にある空気は動いている。それこそ少し前に誰かがこの教室に入ってこの教室内の空気をかき乱していったかのように。

だから、嵐は確信をもって口を開いた。

「いんだろ、出てこいよ。俺は暇じゃねぇンだ。あんま手間とらすな」

「…………」

教室内から帰ってくるのは沈黙。

だが、人の気配はするし、生き物が呼吸しているような不自然な空気の流れを感じる。この部屋にいないと言うことはないだろう。

「何ふてくされてやがんだ。お前は昔っから面倒くせぇんだよ。そんな面倒にうじうじやってる暇があったらもっと建設的なことに時間使ったらどうなんだ?」

「……嵐君にはわからないよ」

やっと聞こえてきた声には覇気がない。

その覇気のなさは未来の意気消沈具合をあらわしているわかりやすい指標になっているようだ。

「あ? 俺に何がわからねぇって?」

「私がどれぐらい嵐君とあのパズル解いてるのが楽しかったかだなんて」

「そんなん知るわけねぇだろ。俺はお前じゃねぇンだ。それだけは長年一緒にいるっつったって変わりゃしねぇよ」

嵐は普段の姿からは見当がつかないほど饒舌になっていた。

嵐がこれほど饒舌になれるのは未来の前でだけ。他の人間の前にいるときは絶対に心の内を晒さないようにしているからだ。

「私は知ってほしいよ。嵐君と一緒にいるときの私の鼓動の速さを。嵐君と話している時の私の頬の熱を。嵐君がいないときの心細さを」

「そうかよ」

徐々に熱を持ち始める未来の声に反比例するように嵐の声からは熱が、やる気が抜け落ちていく。

それもそうだろう。

確かに嵐は未来のことが大好きだ。それは両親がいなくなって天涯孤独になってしまった今となっては家族としても。昔から一緒に時間を重ねてきた幼馴染としても。それに……未来の前では絶対に口には出さないが、一人の異性としても。

それこそ養ってと言われたら二つ返事でOKしてしまう程度には。

だが、嵐はこの気持ちを胸の内に閉じ込める。

何故なら、嵐は未来に許嫁がいることを知ってしまっているから。

そんな相手に恋慕しても辛くなるだけなのだから。

だが、少し嫉妬してしまうぐらいは許してくれるだろ?

「……嵐君? ひょっとして怒ってる?」

「……別に怒ってねぇよ」

「嘘。嵐君怒ってるよ」

「……そうかもな」

変なところで鋭い。

こういうところが未来にはあるのだ。話すのも面倒な時には実にありがたい能力だと思うのだが、こういう時には正直に忌々しいと思ってしまう。

そんな話をしている間も未来は姿を見せようとはしてこない。

「とりあえず、出てこいよ。面と向かって話ができんと居心地がわりぃ」

嵐は後ろ頭を手で掻きながら言う。

未来が大体どのあたりにいるのかと言うのは理解していたが、未来から出てこない限りは嵐に動く気はなかった。

「いや」

「何でだよ」

「だって……嵐君は私の事なんてどうでもいいんでしょ」

「何でそうなる」

嵐が未来のことをどうでもいいと思っている?

笑えない冗談だなと嵐は思う。

嵐にとって未来は自分をこの世界につなぎとめる唯一の鎖。その未来のことをどうでもいいなどと嵐が思うはずもない。思えるはずもない。

それに、未来のことをどうでもいいと思っているのなら、未来を排斥するような凪の行動一つであそこまで頭に血が上ったりはしなかったことだろう。

「嵐君、すぐに私を追いかけてきてくれなかった」

「そんなことかよ……」

「そんなことじゃないもん!」

未来は立ち上がって叫んでいた。

もっと隠れていようと思っていたことなど、どうの昔に頭から吹き飛んでいる。

「嵐君が私のことを一番大事にしてくれないのが嫌なの! 嵐君が私以外のことに頭を使っているのが嫌なの! 嵐君の一番が私じゃないことが嫌なの!」

想いの丈を吐き出すようにして大声を出す。

未来はあの時からひと時も嵐の事を考えなかったことはない。常に未来の頭の中は嵐の事でいっぱいになっているし、未来にとって嵐以外のことは些末事でしかない。この学校に入ったのだって嵐と一緒にいたいからだ。

それだけ嵐の事を想っているのに、嵐が自分のことを一番に見てくれていないような気がして未来は口惜しかったのだ。

二人の想いは面白いほどに似通っている。

二人とも相手のことが大好きなのに、相手にその本当の気持ちを素直に口にすることができない。

嵐は未来に許嫁がいると思っていて、自分の気持ちを未来の重しにしてしまいたくないから。

未来は、自分の気持ちを受け止めてもらえなかった時には立ち直れないから。

こんなにも想い合っていると言うのに、その気持ちを共有できない二人は傍目から見ても辛そうだった。

「……俺がお前のことを一番大事にしていないと?」

「え? 聞こえない」

嵐がボソッと吐露した本音は未来の耳には入らなかったようだ。

それを安堵して良いのか悲しめばいいのか今の嵐にはわからなかった。

「追いかけてくるのが遅れたのは謝る。だから、機嫌治してくれよ」

「……うん。私も変なこと言ってごめんね?」

「気にしてねぇよ」

トトトッと未来が嵐の隣に歩いてくる。

嵐はそれを確認すると無表情のまま満足そうにうなずくと、教室を出た。

「あ、あの嵐君!」

「なんだ? まだ言いたいことあんのか?」

未来が声をかけてきたので嵐は振り返る。

振り返りきった時には俯いてしまっていたが、一瞬だけ見えた未来の頬が熱病におかされているかのように赤かったのは気のせいだろうか?

「あのね、嫌なら嫌って言ってもいいんだけどね? あのね、そのね」

「面倒くせぇよ。言いたいことがあんなら端的に言ってくれ」

未来は俯いたままで手をもじもじとさせている。

こんな空気のままでずっとこの場にいさせられるのは正直に言って、苦痛でしかない。

大好きなはずの未来といることを少しでも苦痛と感じる俺がいるなんてな。

嵐は心の中だけで苦笑する。

そう思いながら、もじもじとさせていた未来の手を強引につかんだ。

「ふぇっ!?」

「話は道行で聞いてやる。だから、とりあえず戻るぞ」

嵐はそれだけ言うと、もう振り返らずにズンズンと廊下を進んで行ってしまう。

その嵐の大きな手に引っ張られている自身の手を見つめながら、未来は本当にうれしそうに頬をほころばせた。

「それで? 言いたいことってのは何だ?」

「ううん。もう叶っちゃったからいいの」

「叶う? 何がだ?」

「何でもない!」

未来の言葉に嵐は首をひねっている。

結局未来が何を言いたかったのかはわからずじまいだったので、心には不完全燃焼感が漂う。

だが、手から伝わってくる未来の感情が幸せそうだったので、その思考を嵐は放置することにした。


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