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You saved I  I saved you  作者: 頭 垂
第二幕
16/33

十六話

部室の扉を零士が開けるとそこには……

「……図に乗るなよ」

「あなたこそ何様のつもりなのですか?」

一触即発。

マジで殺しあう五秒前。

学校オワタ。

そんな単語が一瞬で零士の脳裏を駆け抜けていった。

部室内ではとても分かりやすく怒りを露わにしている嵐と、その嵐に反抗するように嵐を睨みつけている。

図に乗るななんて久しぶりに聞いたなー。現実で言う人間なんて本当にいるんだな。アッハッハッハ。……畜生! 現実逃避してもどうもならねぇだろうが!

零士が心の中で百面相していると零士を押しのける。

「何固まってるの? 入口で立ち尽くされても邪魔なのだけれど。呆けるのなら、迷惑にならないところで呆けてほしいものね」

ひのかはそう言って部室内の光景を視界に入れる。

「……立場をわきまえろ」

「あなたこそご自身の立場をわきまえたらいかがですか?」

そして、零士と同様に固まった。

二人とも眼前の状況を理解できずにいる。いや、状況を理解するのを本能的に拒否していると言うのが正しいのかもしれない。

兎にも角にも。ドアの横で零士とひのかは固まってしまっていた。

「あ、先輩方。たすけてくださぁい……」

その姿を見つけた歩が縋るような視線を二人に向けてきている。その目は涙目になっていて、今にも決壊してしまいそうになっている。

歩の言葉で正気を取り戻した零士は、とりあえず状況を理解するために部室内に視線を張り巡らせる。状況を理解しない限りは解決策が浮かぶはずもない。

嵐は零士たちが部室から出た時と変わらず、ソファーに座っている。その嵐と机を挟むようにして対角線に凪がいる。歩はドア付近に椅子を持ってきていて、この状況には関与できないようだ。

特に変わったところはないように思えるが……。

そこでふと零士は気づいた。

「ん? 未来は何処に言ったんだ?」

「それがこのケンカの原因ですよぅ」

「? 意味が分からないのだが」

そう言って首をかしげつつも若干だが予想はついている零士。

未来が嵐の中で特別な存在であると言うことはもうすでにこの学校内でも『ピースメイカー』内でも知られていることだ。未来に手を出すような輩はいない。未来がいないだけで不機嫌になるほどには嵐は未来にぞっこんなのだ。

その未来がいない。

その事実だけで零士は気が遠くなりそうだった。

「嵐先輩と未来先輩が数独やってたじゃないですか」

「あぁ」

「僕も触らぬ神に祟りはないですからスルーしてたんですよ。いつも通り」

「まぁ、それが妥当だわな」

「それが気に障ったのかは知らないんですけど、凪先輩が唐突に未来先輩と嵐先輩の間に割って入ったんですよ」

「あー……」

その段階で歩の顔面が蒼白だったであろうことは想像に難くない。

何故かって? その場に零士がいても全く同じ表情になっていただろうからだ。

「それで、凪先輩がその数独の問題全部解いちゃったんですよ」

「それで、未来は?」

「つまんないって言ってほっぺた膨らませてどっかに行っちゃいました」

「あちゃー……」

零士は顔を手で覆った。

とりあえず未来を連れ戻さないことには嵐は収まらないだろう。

だが、未来を連れ戻すのも面倒そうだ。カバンはここにあるだろうからまだ校舎内のどこかにはいるのだろうが、未来の行動を読める人間など零士には嵐以外思い当たらない。

と、なるとどうにかこうにか嵐を宥めて未来を探しに行かせるのがこの場における最適解なのだろうな。

そう思った零士は即座に行動に移す。

これ以上この空気が続けば、最悪本当に嵐がキレてしまいかねない。そうなったら本当に終わりだ。その前に止めなければ。

「……あー、とりあえず落ち着かないか? ほら、歩特製の菓子もここに……」

「……失せろ」

零士が言い切る前に嵐が絶対零度の視線を零士に向けて零士の言葉を遮った。嵐の目の中にはドロドロとした本気の殺気が渦巻いている。

嵐は想像以上に頭に血が上っているようだ。普段ならば、落ち着き払っている嵐の頭にここまで血が上っている。これだけでも十分に危機的状況だな、と零士は他人事のように考えた。

「……このアマはここで殺す。……死にたくなかったら黙ってろ」

「そうもいかないでしょ。健全な学び舎で人死にを出す訳にもいかないじゃん?」

「望むところですよ」

「凪も煽らないでくれるかな……?」

嵐がキレているせいか部室内の空気が薄くなっている気がする。これはきっと気のせいじゃない。

どうしたものかな。

零士がそう思った時、零士の後ろで呆けていたはずのひのかが動いた。

「嵐先輩。良いんですか?」

「……何がだ?」

「未来先輩を追いかけたほうが良いと思いますよ。それこそ、ここでこんな女を相手しているよりも建設的な気がしますよ」

嵐はそのひのかの言葉を聞いて、ひのかに視線を向ける。ひのかは嵐の視線を受けて、背中を冷や汗がだらだらと流れ落ちるのを感じていたが、平静を演じた。

「……そうだな」

それだけ言うと、嵐はポケットに手を突っ込んで部室を出て行こうとする。

が、部室のドアを開けて部室を出て、ドアを閉める直前に振り返った。

「……女。次に調子に乗ったことしやがったら殺すからな」

その言葉を最後に嵐は部室を後にした。嵐が通学用に使っているリュックは残っているから未来を連れて戻ってくるつもりはあるのだろう。

嵐が部室からいなくなって、部室内の張りつめていた空気が多少緩和される。

「窓開けるか」

そう言って零士が窓を開ける。

開かれた窓からは夏前の肌にまとわりつくようなジトッとした風が入ってくる。その風がまだ部室内に漂っていた重苦しい空気を押し流して行く。

これで多少はマシになるだろう。

「……なんで邪魔したんですか?」

凪がジト目で零士とひのかに非難するような視線を送ってきている。

だが、むしろこちらとしても凪に言いたいことはいくらでもあった。と言うか、零士たちが席を外した数分間で嵐をあそこまで怒らせると言うのも一種の才能なのかもしれない。

それを宥める零士たちとしては迷惑以外の何物でもないのだが。

「邪魔も何も……さっき嵐にも言ったが、健全な学び舎の中で死人を出すわけにもいかないでしょ? お前はあれをどう思ったのか知らないけどね。嵐、本気だったよ?」

「そんなことは知っています。それを知ったうえで喧嘩を買ったのですから」

凪は零士の言葉を聞いても憮然とした態度を崩さない。

嵐がこの部活の部長であると知っていたと言う事実からも大体察しが付くのだが、凪は結構な修羅場をくぐっていそうだ。

それも本当の意味での死線を。

「……別にあなたが死にたがるのは一向に構わないけどね、私たちを巻き込まないでくれる?」

「別に私が巻き込んだわけではありませんよ。あなたたちが勝手に巻き込まれたのでしょう? 邪魔しないでくれますか?」

ピキリ。

凪の不遜な言葉遣いにひのかもお冠のようだ。何かにひびが入るような音がひのかの方から聞こえてきた。

「ひのか。お前までキレるなよ。収集つかなくなる」

「そうですよ。嵐先輩と未来先輩が帰って来た時にひのか先輩がキレてたら、それに触発されて嵐先輩の怒りがまた再燃するかもしれませんし」

「……そうね。私までこの子と同じ土俵に上がってやる義理はないわね」

零士と歩がなだめたら何とかひのかは怒りを収めた。

嵐だけでもヤバいってのにひのかまでキレだしたら、本当に凪をここから追い出さなくちゃいけなくなるからな。

「……ふぅ。とりあえず、だ。凪はこの部活にいるんならこの部内のルールってもんを守ってくれ」

「ルールってなんですか?」

「とりあえず、一番重要なのは嵐をキレさせないこと。究極、それだけ守ってくれるなら何しても俺は文句は言わん」

「私は言うけどね」

「掘り返すな。また話がややこしくなる」

「……あの先輩を怒らせなければいいのですか?」

「そうだな。単純に嵐には接さないでくれるのが一番手っ取り早い気がする。あいつは触らぬ神に祟りなしを地で行く男だからな」

「…………わかりました」

零士の説得を聞いた凪は不承不承と言った体でうなずいた。それを見ながら零士は凪に対する警戒を一段階あげる。

凪の存在がこの観測部に不和を巻き起こす可能性が否定できなくなってきたからだ。

零士も神妙な顔をして考え込む中、歩が殊更に明るい声で空気を払拭しようとする。

「この話は終わりってことにして、お茶にでもしませんか? 今日も僕特製のお菓子を作ってきたんですよ」

そう言いながら、歩はその辺に放置していた自身のカバンから綺麗にラッピングされた袋を取り出した。そのラッピングまで非常に凝っていて、歩のこだわりが感じられた。

「そうね。私も疲れちゃったわ」

「そうだな」

歩の声に賛同するようにひのかと零士がテーブルに着く。

この段階で、二人の脳は歩の持ってきたお菓子とやらを全力で警戒し始めているが、そんなことはおくびにも出さない。

そんな二人に少し出遅れるようにして、凪も席に着いた。

全員が席に着いたのを確認してから、歩は持ってきていた包みを開く。

「今日のお菓子はクッキーです。比較的甘さを控えめにして作ってあります。それでも十分だとは思いますが、甘さが物足りないと感じる方はこちらのマーマレードにつけてお食べください」

包みの中身は歩が言った通りのクッキーだ。

クッキーがいろいろなデフォルメされた動物の形状をしているのは純粋に歩の趣味なのだろう。歩は見た目通りに可愛いもの好きなのだ。

そして、そのクッキーの包みの横に並べるようにあまり大きくないビンを並べる。ビンの中には黄色の半固形物が入っている。外から見た感じでは特に何か違和感があるようには感じられない。

零士がチラッとひのかの方に視線を送ると、ひのかも全力でこのビンの中身を警戒しているようだ。

きっとこのビンの中身は確かにマーマレードなのだろう。原料が何かは知らないが。普通マーマレードなどは何のマーマレードなのか言及するべきだろう。

「あ、今日もいつものように当たりがありますのでお気を付けくださいね」


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