十四話
ここで一つ問題を提起してみよう。
この問題の中心的人物であるはずの嵐が一言も口を開いていないと言うことである。
寝ているのだからしょうがないともいえが、どうせ起きていても参加することはないのだろうなと思い、零士はそのことを意識から追い払った。
「……どうするよ。ああなっちまったあいつらを止めんのが面倒臭いのだが。歩、止めてこいよ」
「無理ですよ……勘弁してください。あの二人を止められるのは嵐先輩ぐらいのものでしょう」
「まぁな」
零士は鷹揚にうなずく。
この部活にいるのは零士含め(本人に聞かせたら不本意と答えるだろうが)問題児ばかりだ。それに上下関係に興味のない人間しか居やがらない。
そんな馬鹿どもに一発で話を聞かせることができるのは嵐だけだった。
「それなら僕に無茶振りしている間に嵐先輩を起こす努力をしたほうが建設的だと思いますよ?」
「嵐を起こすよりもお前が頑張った方が労力は少なく済むと思うぜ?」
「……それもそうですね」
歩が思い出したかのように深々とため息をついた。
嵐は寝起きの機嫌が一番悪い。昨日の一件からでも十分にそのことがわかるだろう。
口論していて起こしてしまったのならともかく、自発的に起こしたとなればヤバい。何がヤバいかと言うとこの校舎が。最悪倒壊するかもしれない。
嵐を起こしてもその怒りを適当なところで発散させられる人間もいないではないが、その人間は今絶賛口論をしているのでそれどころではないだろう。
「……どうするよ」
「……どうしましょうね」
零士と歩はそろってため息をつく。
こうなってしまった二人を止めるのは面倒だ。このまま二人の思うままにやらせて飽きるのを待つのが一番楽なことだろう。
「それに、未来先輩は普段から嵐先輩にベタベタしすぎだと思います。同年代の友達をつくったらどうですか?」
「うー……べ、別に嵐君がいればさみしくないから大丈夫だもん!」
「それだと将来困ると思いますよ? ずっと嵐先輩にパラサイトしていくわけにもいかないでしょう」
「大丈夫だもん! 嵐君は私のこと養ってくれるもん!」
「だから口先だけでは……」
「ね、そうだよね、嵐君」
そう言うと未来はあろうことか嵐の体を揺らし始めた。
それを見ている零士と歩の顔が一気に青ざめ、止めるように言うが、未来の耳には入っていない。
揺らすこと数十秒か長くても数分ほど。
明らかに不機嫌そうな雰囲気の嵐が顔の上に載っている本を降ろす。
「……なんだよ、未来」
「嵐君は私のことを養ってくれるよね?」
嵐は現状が理解できていないようで零士に視線を向けてくる。
零士としては首を横に振るしかない。介入しても面倒なことになるのは目に見えている。口をはさむのはやめておく。
「……要するにどういうことなんだ?」
「私のことを養ってくれるよね?」
「……さっきから情報が一つも増えてないが」
「ひのかちゃんが嵐君は私のことを養ってくれないとか言ったの」
「そうか」
「だから、嵐君は養ってくれるよねって」
未来は嵐に向けて純真なキラキラとした視線を向けてきている。
さて、どうしたものやら。
嵐は寝起きで全く働かない頭を必死に回して状況を理解しようとする。
未来の話からは全く要領を得ない。状況を理解していそうな零士は答える気がないらしい。と言うことは歩も答えないだろう。
……二人とも後でしばき倒すとして、どうしたものか。
…………グゥ。
「寝ないで!」
「……うむ」
寝てた。考えるのは疲れる。もう何でもいいんじゃないのか?
「嵐君は私のこと養ってくれるの? 養ってくれないの?」
未来が聞きたいのはこのことらしい。それだけはやっと理解できた。
…………ハァ。
「……お前が養えと言うのならやぶさかではない。これでいいか? これで満足か?」
「うん。満足」
「そうかい。なら、俺は寝てもいいか?」
「うん。お休み」
「あぁ」
嵐は目を閉じると、また顔の上に本を戻す。すると、すぐに寝息を立て始めた。
「どうわかった? 嵐君は私のことを養ってくれるって」
未来が笑顔で振り向くと、ひのかたちは腹を押さえていた。
「どうしたの?」
「いや~、想像以上に甘ったるいね」
「そうだな。まぁ、このカップルはこれでいいと思うがな」
「ごちそうさまです」
「?」
零士たちの表情を見て、未来が首をかしげている。
嵐と未来のカップルは鉄板だろう。ひのかもからかっていただけだろうが、未来と嵐のイチャつきを見て後悔しているようだ。
この二人は本当にダメだな。無自覚だろうが、この二人は周囲の人間を無差別に胃もたれに追い込む程度の能力を持っている。見ているこっちが辛くなってきちまう。
「……私はもうお腹いっぱいだから帰るわね」
「あ、なら僕も帰ります。お疲れ様でした」
ひのかと歩は部室から出て行ってしまった。
未来もひのかが帰ってすることがなくなったのか嵐に熱い視線を送る作業に戻ってしまっている。
ここでふと零士は一つのことを思い出した。
「……これは凪を入れてもいいってことなのかな?」
誰に問いかけるでもなく呟いたので、当然のように答えは帰ってこない。
まぁ、きっと大丈夫なのだろう。
そう思った零士は自分を納得させて、帰ることにした。




