十三話
ひのかの言葉を受けて、零士は崩れ落ちた。
「そんなに女旱なら僕の周りに付きまとってくる女生徒の方を連れて行ってくださいよ。正直鬱陶しいんですよね」
歩は心からそう思っているようで嘆息しながらそんなことを言った。
実際に零士あたりが見ると、普段の歩とこの部室にいるときの歩は随分と違うように思う。
何と言うか、部室にいるときの歩には気取っている感じがないのだ。もっと簡単に言うと自然体でいる感じがする。
それはひのかにも言えることだ。普段のひのかは常に周囲を警戒して睨みつけているが、この部室にいる間だけはぼけーっとしている。
それだけこの二人にとってはこの部室は安心できる場所なのだろう。
「持つ者と持たざる者の違いを見たぜ……」
「女性にモテたところで何もいいことはありませんよ? 同性からは妬まれますし、いつも女性に気を配ってなければいけませんし」
「? 何で気なんて配る必要があるんだ? そんなことしているからもっと女が寄ってくるんじゃないか?」
「いえ、女性と言うのは無駄に高い理想像を男性に持っている方が意外と多いのですよ。そして、女性と言うのは集団で生きる生き物です。一人が僕に悪感情を持ってしまったらその感情はすぐに周囲に伝播して僕の周りから離れていくことでしょう」
「だから、それでいいんじゃねぇの?」
零士にはいまいち歩が言っていることの意味が分かっていなかった。
周囲にいる女がうざいと思うのなら幻滅なりなんなりされて勝手に離れて行ってくれたら万万歳じゃないか?
そんなことを考えていたら歩に深いため息をつかれた。
「先輩考えてみてくださいよ」
「何をだ?」
「僕はもうすでにこの学校のほぼすべての男子生徒を敵に回しているんですよ?」
「そうみたいだな。うちの学年にまでお前のうわさが届いているよ」
歩に好意を寄せて依ってくる女に学年は問われない。全学年の女子のうち、普通の感性を持っている人間は多かれ少なかれ歩に好意を持っているのだ。
それに対する友人の愚痴を聞かされたことも一度や二度ではなかった。
男子の中にも嵐や零士のように歩のことを敵視していない人間もいるにはいるが、それは圧倒的な少数派だろう。一クラスに一人いればいい方だ。
女子の中にも未来やひのかのように歩に興味を持っていない人間もいるにはいるが、そちらは男子よりも少数派だ。
「ここで僕が男子生徒だけでなく女子生徒まで敵に回したらどうなると思います?」
「…………」
沈思黙考。
零士は腕を組んでゆっくりと歩だ言った言葉の意味をかみしめる。
「……学校に居場所がなくなるな」
「そうなりますよね。だからこれ以上不用意に敵を作るようなまねは避けてるんです」
男子生徒と女子生徒。どちらからも敵視されてしまっては本格的に歩の学校での居場所はなくなってしまうだろう。
だからこそ、歩は女子生徒たちに囲まれているのを煩わしく思いながらも本気で追い払ったりしていないのか。
「とりあえず、話を戻さない?」
零士と歩の会話に興味も示さずに、柿の種を貪っていたひのかが脱線した話を戻す。
話がしたいと言うよりは食べるものがなくなって暇が潰せなくなったから戻したと言ったほうが正しいのだろう。
「そうするか」
「そうですね。確か、零士先輩が後輩に粉かけようとするのをどうやって防ぐか。と言った話でしたか?」
「そうね」
「そうね。じゃねぇよ! 後輩を入れるかどうかって話だよ! さり気に俺をディスろうとするんじゃねぇよ!」
「零士先輩。声が大きいですよ」
歩は自分の唇の前に人差し指を立てて、大声で突っ込んだ零士に静かにするように言う。
その歩の視線は本を読むのにも飽きたのか、本を顔の上において寝息を立てている嵐に向けられている。
嵐が怖いのは何も零士とひのかだけではないのだ。
「……すまん」
「本当に零士はうるさいわね」
「誰のせいだと……?」
「まあまあ」
また声を上げようとし始めた零士を歩がなだめる。
零士も嵐を起こしては面倒なことになると言うことを理解しているのか憮然とした表情ながらも怒りを収めた。
「それで、あんたは何でこの部活に入れたいの? さっきは茶化したけど、本当のところをあなたの口からは聞いてないのよね」
「それは……」
ひのかは今までのふざけた空気を払ってから真摯な態度で零士に語りかけてくる。
だが、それに関してはさっきも書いたが、言えないと言うのが現状だ。
ひのかも歩も良くも悪くも、究極的なところ嵐の信奉者だ。嵐が気分を害するようなことをこの二人が了承するはずもない。そんな二人に漏らしてしまっては凪を監視すると言う目的を果たすまでもなく瓦解してしまう。
そのためには何とかしてこの場をごまかしてしまわなければいけないのだが、零士は嘘が苦手だった。
「さっきも言ったが、心境の変化……」
「それで私たちが納得するわけないってのもわかってんでしょ?」
「ぐっ……」
「いい加減正直なところを吐いてくださいよ。楽になれますよ?」
歩もひのかも追求の手を緩める気はないようだ。
それもそうだろう。この二人にとってはこの部室こそがこの学校における唯一の居場所なのだから。
はぁ。面倒だけれど、さっきのひのかの発言を引き受けるのが一番楽だろうな。それでいいか。
考えるのが面倒になった零士がそう言おうとする。が、その言葉はひのかのため息に遮られた。
「ま、別になんでもいいのだけれどね。でもここはあなたのハーレムにはしないでね。ここは嵐先輩のものなんだから」
「……それは遠まわしにこの部活にいる人間はみんな嵐のハーレム要員みたいになっているのだが、それについての異論はないのか?」
「私は別にそれでもかまわないわよ? 嵐先輩はその辺にいるゴミなんかよりは良いし」
「良いんだ……」
「僕もそれで構いませんよ」
「いや、歩は構えよ! お前は男だからな!?」
ひのかの発言はスルーできたが、歩の発言はさすがにスルーできなかった。
歩に男色の気があったなんて……。
後輩の驚きの一面に零士はガクブルしている。
「聞き捨てならないよ。嵐君は私の。ひのかちゃんにも嵐君は渡せないな」
「未来先輩。独り占めはよくないと思いますよ」
零士がガクブルとしている間に未来が話に混ざってきている。
「嵐君は私の物だよ。昔からそうだったし、これからもそうだよ」
「未来先輩。それは嵐先輩も了承の上ですか? それなら私も文句は言いませんが、先輩は一方的に押し付けているだけのような気がしますよ?」
「そ、そんなことないもん! 嵐君と私は相思相愛だもん!」
「本人が何も言わないのではいくらでも言えますよね」
「……今日のひのかちゃんは意地悪だ」
「そう言われても」
ひのかに論戦で負けてしまったのか、未来はいつの間にやら涙目になってしまっている。
未来はボキャブラリーが貧困……端的に言って頭が悪いのでこういう相手の揚げ足を取るのが主目的になる論戦では基本的に勝ちの目を望めないのだ。




