十一話
近づいてみて分かったことだが、この後輩は結構整った顔立ちをしている。それこそ未来と比べても遜色がないぐらいには。
だが、この後輩の目に未来のような輝きはなく、戦闘時の嵐を思わせるように冷めた目つきをしている。それだけで零士はこの後輩がそれなりの過去を持っているであろうことを察した。
その少女の右肩は不自然にふくらんでいる。怪我でもしているのだろうか
「えーと。君は誰かな? 記憶違いなら悪いのだが、お前の顔には見覚えがないのだよ」
「その認識で問題ないです。私があなたと接触したのは今日が初めてです」
少女は敬語ではあるのだが、その裏にある慇懃無礼な態度が全くと言っていいほど隠せてはいない。
零士個人としては、目くじらを立てるほどのものでもないとおもうが、普通の人間だったらムッとすることだろう。慇懃無礼のお手本のような嵐とかかわっているからこそ苛立たないのだろう。
「それで、俺に何の用だい? それを聞かないことには、俺もアクションが取れないのでね」
「はい。先輩はこの学校の七不思議のうちの一つ、『観測部』に伝手があると聞きました。私を観測部に入れてはくれないでしょうか?」
「あー……。それかー……」
私立習志野高校七不思議。そんなものがこの学校にはある。普通の学校にもこれに類するものはあると思うが、他の学校と違うのはこの学校の七不思議と言うやつはやけにリアリティがあると言うことだろう。
その七不思議のうちの一つ、『観測部』。その話と言うのは、『放課後になると旧校舎から怒声が聞こえる。それを不審に思って学生が旧校舎に行ってみても、その声の元にはたどり着くことができない。声の大きさで大体の距離感を測っても絶対に辿り着けないのだと言う』。こんなものだ。
この部活と言うのは他でもない、昨日零士が行った、嵐が部長を務めているあの部活のことだ。活動内容は謎ではあるが、一応学校に届けてしている公式の部活ではあるのだ。
まぁ、公式の部活であるからこそ七不思議などになるのだが。
あの部活は嵐が、授業をさぼりたいときや、放課後に少し休みたいときのためにと作った部活である。元々は嵐と未来だけだったのだが、気が付いたら嵐がひのかや歩を連れてきて、今のメンバーになったのだ。
『観測部』の部員以外で、『観測部』に関われているのが零士だけなので、そういう話がたまに来ることもあるのだ。
「入れてくれないでしょうかって言われてもね。俺はあの部活の部員でもないわけだし。俺にそんなことする権利はないよ」
普段はこういうとちょっと納得が言ってないような顔をしながらも離れていくのだ。
だが、今日は違った。
「どうしても入りたいんです。駄目ですか?」
「んー。そう言われてもね。俺だって答えてあげたいって気持ちはあるんだけどね? 無理なものは無理ってわけよ」
「……零士先輩は『観測部』の部長である嵐先輩ともかかわりがあると聞きましたが、それでも無理なのですか?」
「へぇ……」
これは面白いな。
零士は無意識のうちに感嘆の吐息を漏らしていた。
今まで零士のもとに来た人間は『観測部』の存在は知っていても、その内情のようなことを知っている人間は皆無だった。
零士の中にこの少女への興味がわいた一瞬であった。
「……そう言えば、まだ自己紹介も済んでいなかったね。俺は瀬戸 零士。君は?」
「……私の名前を聞いてどうするつもりなんですか? 気持ち悪いですよ?」
「名前聞いただけだよな!?」
名前を聞いてきた零士に対して、少女は蔑みの視線を向けてきた。
これには少女の出方を窺っていた零士もびっくりだ。まさか、このタイミングでボケを挟んでくるとは……。『観測部』にピッタリな逸材かもしれない。
だが、少女の視線が何よりも雄弁にさっきの発言がボケでも冗談でもないことを語っていた。
「嵐に話を通すにしても名前を聞いとかないと無理だろ?」
「絶対に私を『観測部』に入れてくれると言うのなら教えます」
「んー。俺のポリシーとして絶対なんて存在しないってのがあるから、絶対なんて言葉は使えないんだがな」
「お願いします。さもないと……」
「さもないと?」
少女の雰囲気が変わった。それほど劇的な変化と言うほどでもないが、少しだけ少女のまとう空気がピリッとしたような気がする。
「あなたの全身の穴と言う穴にシュールストレミングスを塗りこみます」
「……ちょっと待ってくれ。俺はお前の先輩で、お前にお願いされる立場だよな?」
「そうですね」
お願いを聞いてくれなかったら嫌がらせしちゃうぞっ☆
それはお願いとは言わない。脅迫と言うのだ。
「脅迫するつもりか?」
「いえいえ。これは可愛い後輩から先輩への『お願い』ですよ」
「今日会ったばかりの後輩に脅迫されてまで俺がお前のお願いを聞くとでも思っているのか?」
零士は少しだけ剣呑な雰囲気を出しながら問う。
別に苛立ったというわけではない。この程度で苛立っていては嵐のお守りをすることはできない。
ただ、これでもビビらないかを確かめただけだ。
「聞いてくれますよ。だってあなたはそういう人ですからね」
すべてを知っているぞとでも言おうというのだろうか?
少女は表情筋を少しも動かさずに零士の言葉に答えた。
零士の中でこの少女が、自分に頼みごとをするために来たただの一般生徒から要監視対象に引き上げられた。
「……わかった。精いっぱい努力をしてみるよ。だが、期待はするなよ? あの部活に人を入れるかどうかを決めるのはあそこの部員全員だからな」
「それでも結構です。それでは名乗りましょう。私は及川 凪です」
最後に自分の名を名乗った後、少女――凪は一礼し、立ち去った。
零士は、その後ろ姿が視界から消えるまで強い視線を送っていたのだった。




