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まあもち着けって

作者: サムライ

むしゃくしゃしてやった。後悔しかしていない。

 ここは地球とよく似た世界。しかし地球と異なる点もいくつかある。

 一つが、人間以外の人型種族の存在。世界の人口の約半数を占めるのは人間だが、残りは獣人や妖怪などの異種族となっている。

 そしてもう一つが、魔法の存在である。科学技術は恐らく一九八〇年代の日本と同じくらいの水準まで達しているが、その動力はほとんどが魔法に由来している。とはいえ直に魔法を扱うことのできる者はそう多くはないらしく、一般に使われるのは魔法を原動力としたマジックアイテムであるようだ。







「起きなさい!」

 バン! と木製の扉が勢い良く開かれた。扉を開けたのは、十代半ばくらいの少女であった。少女の頭には、まるで猫の様な耳がピョコピョコと動いている。着ているのは、黒を基調とし所々赤い刺繍をあしらった、シンプルなドレスのような服だった。

「起きなさい! 朝よ!」

 少女は稲穂の様に長くて美しい金の髪を揺らしながら、部屋の床に転がって眠っている少年の肩を揺らす。しかし件の少年は目を覚ますことはなく、起きる気のなさそうな寝言を漏らすばかりだった。

「ぅ……ん、ぁ……あと、きゅうじゅっぷ……ん……」

「何言ってるのよ! 今日から新年なんだから、早く起きなさい!」

 少女はそれでもめげずに、肩を揺すり続けて起こそうと努力する。しかし、やはりと言うべきか起きる気配は微塵もなかった。

 部屋の中には他にも二人、彼と同じ様に転がって眠っていた。

「もうっ、なんでみんな起きないのよ……。もういいわ、最終手段使うんだから」

 はぁ、と少女は仕方がなさそうにため息をつき、一旦部屋の入り口まで下がる。そして着ている服を整えてから、両手を室内に向けてかざした。

「第三種魔法はちょっと苦手なんだけど……しょうがないわよね。――それぇ!」

 ズドオオオオオォォォォォン!!!!!

 突如室内に響いた轟音に、床で寝ていた全員が目を覚ます。

「な、なんだぁ!?」

「うぅ……、こんな朝っぱらから誰だよ……。あぁ、ミケか」

「もうご飯できてるんだから、みんな早く来てよ」

 まったく、とミケと呼ばれた少女は呆れ返るが、例の少年はそれに異議を唱える。

「今日くらい寝させてくれよ……。何時まで起きてたと思ってるんだ」

「そんなの知らないわ。大晦だからって夜更かしするからでしょ!」

「仕方ないだろ。あの後みんなで初詣に行ったんだから……」

「はぁ!? そんなのずるい! なんで誘ってくれなかったのよ!」

「お前がすぐにダウンしちゃったからだろ? 起こそうとしたんだけど、全然起きなかったんだから……」

「じゃあお昼に行けば良かったじゃない!」

「それだと混んじゃうだろ」

「むぅ……。でもっ」

「まあまあ、二人ともそのくらいにしときなって。仲がいいのは良くわかったからさ」

「「仲良くないっ!」」

 全く治まる気配のない二人の言い争いの仲裁に入ったのは、先程まで雑魚寝していた一人で、気の強そうな赤い瞳を持った赤毛の少女であった。彼女は長いサイドテールを邪魔そうにしながら、二人の肩をぽんぽんと叩く。

「新年初日から喧嘩してたら、来る福も来なくなるぞ?」

「むー、それもそうね……。ユート、後で一緒に行かない? 今ならもれなくホウキでの空中散歩付きよ?」

「まぁしょうがないな、行くか」

「やったぁ! そうこなくっちゃ!」

 えへへ、とミケは嬉しそうに微笑み、それを表すように頭の耳もぴこぴこと動いている。そんな彼女の様子を見た少年改め悠人も、苦笑を隠せないようだった。

「ハッハッハ、これで一件落着だな」

「うーん……。一件は、な」

 悠人の視線の先にいたのは、先程の轟音で一度は目を覚ましつつも、再び横になって目を閉じてしまった少年だった。

「オイ、カリウス! いい加減起きろ!」

 赤毛の少女が、長身の少年カリウスを怒鳴ってたたき起こそうとするが、彼は無理だと言わんばかりに力無く手を振るだけだった。

「このっ! 起きろっての!」

「うぁやめろ……静かにしてくれ。頭にガンガン響く……」

 カリウスは頭を押さえながら目を閉じ、布団を抱き寄せる。

「……もしかしなくても、こりゃ二日酔いだな。飲み過ぎるからだよまったく」

「このアタシの許可もなく二日酔いたぁ、いい度胸だな」

「うるせぇ……。誰のせいで飲み過ぎたと思ってるんだ。」

 カリウスはルヴィアを恨みがましく睨み付ける。とうのルヴィアは、素知らぬふりをしてカリウスから目を反らした。

「う……死ぬ、気持ちわりぃ……」

 完全なグロッキー状態で、これでは当分息を吹き返す可能性は低いだろう。

「うーん、こいつぁダメだな。ミケ、悪いがなんとかしてやってくれねぇか? アタシの手には負えねぇや」

「はぁ、しょうがないわねぇ。じゃあいくわよ?」

 ミケは横になっているカリウスへ手をかざし、静かに目を閉じた。

 かざした手の平から、ポワァ、と青白い淡い光が発生し、カリウスの全身をふんわりと包み込む。

「うぅ……」

「はあっ」

 一層光が強くなり、そして弾ける。

「うー、気持ちわりぃ……。でも大分楽にはなったな」

 顔色はまだあまり良くなったとは言えないが、布団を掴んでいた手はもう離れていて、しばらくすれば完全に回復するだろう。

「よし、まずは顔洗ってきな。その後で飯食おうぜ」

 ルヴィアはポンッ、と柏手を打つと、よろよろと立ち上がったカリウスの背中をバシン! と強く叩いて部屋から押し出した。

「ほら、さっさと行った行った。アタシらは飯の用意しとくから」

「いってぇな。少しは加減しろっての」

「オマエにゃこれくらいしないと効かないからな」

 ぶつくさ文句を言いながらカリウスは部屋を出る。その後を追うようにルヴィアも退室した。

「俺らも行くか」

「そうね。せっかくご飯作ったのに冷めちゃったらもったいないもの」

「そりゃもったいない。早く行こう」

「……というかあんた達が起きなかったせいじゃないの」

「なんか言った?」

「なんでもないわ……」

「そうか」

 呆れた顔のミケと納得のいかなさそうな悠人も部屋を出た。

 部屋に残ったのは、ぐちゃぐちゃに散らばった布団だけだった。







「食った食った、あーうまかった」

「あの卵焼きが最高だったね。卵焼きがうまい人はいい嫁さんになるって聞いたことあるから、アンタいい嫁さんになれるよ」

「そう? ま、まぁわたしにかかれば卵焼きなんてちょちょいのちょいよ」

 照れ臭いのか、ミケは顔をそむけてしまう。卵焼きは特に彼女の得意な料理であった。それを褒めてもらえるのはとても嬉しいことであったが、ミケはあまりほめられることに慣れていなかった。

「んで、この後どうする気だ? 俺はゆっくりしてたいんだが、旅の日程を決めんのは俺じゃなくこいつだからな」

 そう言って指差したのはルヴィアである。二人はいろいろな場所を見て回りたいという理由から、あちこちを旅している。ミケと悠人が彼らに出会ったのは今年の中頃で、それから幾度か顔を合わせる機会があった。今回は、新年を迎えるのに一緒にゆっくりと過ごさないか、とミケが持ち掛けたものである。

「アタシもどちらかと言えばゆっくりしたいね。年始じゃ店もろくに開いてないし。迷惑じゃなければ、だが」

「もちろん歓迎するわ。お餅もたくさんあるから、あとで食べよ?」

 そうにこやかに言った瞬間、場の空気が凍った。

「餅、だって?」

「ええ、そうだけど……」

「どうやって食べるのかもう決めてるのかい?」

「やっぱお餅はお汁粉でしょ? といかそれ以外認めないんだから」

「ほう? 餅は雑煮って昔から相場が決まってるのを知らないのかい?」

 それを聞いたルヴィアは、ニヤリと口元に笑みを浮かべる。カリウスはその様子を見て、はぁ、と呆れたようにため息をつくばかりだった。

「何を言ってるのよ。餅のあのもちもち感を最大限に引き立てるのはお汁粉以外にないでしょ!」

「いいや、それは違うな。餅は雑煮にするべきだ。有無を言わずな」

「お餅だって甘い方が喜ぶわよ! お汁粉に決まってるの! ねぇユート?」

「俺に振るなよ……。まぁ特に否定する気もないけどさ」

「ほう、そうか。なぁカリウス、オマエは雑煮に賛成だよな?」

「だから第三者に意見を求めるんじゃねぇよ。しかもどうせ俺は賛成しなくても数に数えられるんだろ? どちらにせよ雑煮に一票だから関係ねぇか」

 悠人もカリウスも面倒臭そうに、それでもそれぞれの相方に賛同する。この男連中はどうも女性陣の尻に敷かれているようだった。

「これで二対二だな。どうする?」

「そうね、決闘で勝敗を決めることにしない?」

 ミケがそう提案すると、ルヴィアは面白いと言わんばかりに拳を鳴らし、男二人は露骨に嫌そうな顔になった。

「じゃあ決まりね。行くわよ?」

「おぅ、いつでも来な」

 四人は各々支度を整えてから、再びリビングルームに集結した。







「『決闘法』に従い、これより決闘を始める。結界、発動!」

 ブゥン! という低い唸り声のような音と共に、白っぽい光でできた壁が発生する。その壁は初めは室内の四人を包むだけのものだったのが次第に広がっていき、遂には端が見えないまでになっていた。もちろん、部屋の壁などはどこにも見当たらない。

 『決闘法』とは、この世界で勝敗を決めるための手段の一つである決闘を、より安全に行うことのできるようにしたものである。決闘時は専用の結界を使う、威力の高すぎる攻撃はしない、などの安全に配慮した決まりが定められている。この結界の中では、どんなに威力の高い攻撃を受けても、絶対に怪我をすることはないのだ。

「さーて、やってやるか!」

「望むところよ!」

 ルヴィアが持っているのは、刃の幅が六十センチほど、刀身は身の丈ほどもある巨大な大剣だった。刃と柄の間には、黒色の石が埋め込まれている。そして、先程の服の上に、フードの付いた焦げ茶色のローブを纏っていた。

 対するミケは、一見すると手には何も武器のようなものを持っていない。しかし朝食の時とは違い、お伽話に出てくる魔女が使っているような、黒くて尖った帽子を頭に被っていた。

「ほぅ、帽子を被ってるってこたぁ、本気でお汁粉にしたいらしいな。ところでホウキは使わないのかい?」

「最初から使ったら卑怯だからね。ハンデよ」

「ハンデなんて随分余裕だね。それじゃあ始めようか」

「ええ!」

 ミケは帽子のつばを持って少しだけ角度を直し、そして瞳を閉じて詠唱を始める。

「世界を創造し生命を生み出した神の力よ、また世界に灯をともした闇をも融かす業火よ、我が血を糧とし我が身を体として、敵を滅ぼす軍勢と成れ!」

 ブゥン! と彼女を中心に、地面が赤く光り始める。よく見るとそれは、青い光の線が六芒星の魔法陣を形成しているものだった。

召喚サモン爆弾猫特攻隊ボムキャッツ!」

 ボン! という音と共に、謎の物体というか生命体が魔法陣の内側に発生した。見た目は、子供が描いた猫のように顔と体だけで、手足はついてない。顔も胴体も同じくらいの大きさの球体で、全てが簡略化されていた。その猫達(ミケ曰くボムキャッツ)は、ミケを取り囲み彼女を守るように並んでいた。その数は実に百匹近く。

「さぁ、ゴーよ。ゴーゴーよ!」

「「「「「うにゃあああああぁぁぁぁぁ!!!!!」」」」」

 彼女は腕を振り下ろした。その号令で、大量のボムキャッツが動き出した。みな一直線にルヴィアを目指して飛び出す。

「なんだこいつらぁ? 数ばっかで面倒だっての。――うらぁ!」

 面倒臭そうに、しかし体重をかけて思いきり大剣を振るう。

「「「ギニャアアアァァァ」」」

 その一閃に弾き飛ばされたボムキャッツが、凄い勢いで宙に舞った。

 刹那、ズドオオオォォォン! ズドオオオォォォン! ズドオオオォォォン! と、大爆発が起きた。

 爆風がルヴィアと残りのボムキャッツを巻き込む。そしてさらに爆発する。

 一瞬、辺り全てを飲み込むかのような強烈な閃光が走り、そして音が消えたかのような錯覚に陥る。

 ズドオオオオオォォォォォン!!!

 一拍遅れて、大気を震わす轟音と爆風が荒れ狂う。

 濛々と立ち込める土煙は、なかなか鎮まる気配を見せなかった。

「ふふん、これでどうよ。ルヴィアと直接手合わせしたことはないけど、さすがに今のを防げるはずはないでしょ」

 ミケは得意げな顔でそう言うと、展開していた魔法陣を閉じる。

「ふぅ……。あ、ユートぉ! 早くカリウスを倒しちゃいなさーい!」

 ミケは少し離れた所でカリウスと対峙していた悠人を見つけると、そう叫んだ。それを聞き付けたのかは定かではないが、小さく見える悠人もこちらにむかって何か言ったようである。

 土煙は未だ晴れてはいなかった。

「さて、わたしは早く戻ってお汁粉の用意を――っ!」

 第六感、とでも言うべきか。何かとてつもなく嫌な感覚に襲われた。

「な、何が……」

 轟ッ! という音と共に、土煙のカーテンが切り裂かれる。

「ハッハッハ! 確かに凄い威力だったな。軍の一個師団くらいなら潰せそうだ」

 そう笑いながら、ルヴィアは刀身の血を払うように大剣を振った。

「こいつがただの剣だったら、今頃跡形もなく消えてたな」

「う、嘘……。どうして……?」

「だから、こいつがただの剣じゃないってことさ」

 ルヴィアは大剣の柄をコンコン、と手の甲で叩く。

「ただの剣じゃない……。まさか、マジックアイテム!?」

「ご名答! 魔法剣『ドレッドノート』、危ないところを何度も助けて貰った、命の次の次くらいに大切なアタシの宝物さ」

 魔剣ドレッドノートに嵌まっている石は、黄色だった。

「なるほど、複数の属性を合わせ持っているのか。それでわたしの魔法に相性の良い属性で相殺したのね。おもしろいじゃない」

「察しが良いね、その通りさ」

「むぅ……、一点集中の魔法じゃないと突破は難しそうね……。こうなったら本気でいくしかないじゃない!」

 その直後、ミケの手元にはホウキが現れていた。彼女はそれに跨がり、そして空高く飛び上がった。







「早く倒せって言われてもねぇ、勝てる気がしない……」

「やるんならさっさとやっちまおうぜ。ったく、巻き込まれるこっちの身にもなってほしいっての」

「だよねぇ。戦うのはあんまり好きじゃないんだけど……」

「まぁお前とは一度手合せしてみたいと思ってたところだから、丁度いいっちゃ丁度いいんだがな」

 カリウスはそう言いながら、気だるげに腰の刀を抜き放った。刃渡り八十センチほどで、反りのある片刃の刀身は光を受けて白銀に光っていた。いかにも、恐ろしいほど良く切れます、と言わんばかりに輝くその刀を全くぶれることなく正眼に構える姿は、まるで彼自身が一つの刀であるような雰囲気をも纏っていた。

「どう見ても勝ち目がないな……」

 さながら軍人のように洗練された動きを見せるカリウスに、悠人は思わず弱音を漏らす。それでも、一歩も退くつもりはないようだった。悠人の右手にはいつの間にか、身長と同じくらいの長さを持つ一本の短槍が握られていた。槍の全体を構成する金属は太陽のように赤く揺らめくように輝いていて、平たく少し幅のある刃が穂先に据えつけられていた。悠人は左手を前に右手を後ろに槍を持ち、左前半身でそれを構えた。

「前々から思ってたがその槍、まともな素材で作ったもんじゃねぇな?」

「よくわかったな。この槍はミケが作ったものだから、そんじょそこらのマジックアイテムとは違うんだよ」

「まぁ、どんなものなのかは打ち合えばわかるこった。――行くぜぇ!」

 カリウスが、地を踏み切って真正面から突っ込んできた。

「はぁっ!」

 ヒュン!

 槍を僅かにずらし、刀が空を切るのと同時に反撃に出る。地面にしっかりと足をつけ、そして槍を横に振るった。

「せやぁっ!」

 カリウスは刀を振った反動を利用して体勢を低くしてその一撃をかわし、低位置から強襲をかける。

 しかしその攻撃は既に読まれていて、悠人はそのまま半回転させて槍の柄で防ぐ。

 キィンッ!

「チッ」

「せいっ!」

 返しに切りつけようとさらに半回転させるが、刀がその軌道を逸らす。バチィ! といお音とともに火花が散った。

「――っ!」

 互いに数歩下がり、最初の状態に戻る。

「ったく、リーチの差があるって結構くるのな。さすがに槍相手じゃ手加減なしとは行かねぇか」

「手なんか抜いてたらみじん切りになるぞ、っと!」

 今度は先に動いたのは悠人の方だった。

 一気に間合いまで詰め寄り、槍を右手で捻りながら突く。銃弾のような速度で押し出された槍は、しかし回避され惜しくも虚空を貫いた。悠人は間を置かずに手元に引き戻し、第二第三の突きを繰り出す。

「確かに早いが、隙ありぃ!」

 第三撃が引いたその瞬間を狙い、一撃を叩き込もうとカリウスが悠人に肉薄する。悠人の腕を切断せんと刀を下から振り上げた。

 すでに防御も回避も間に合わない。

「ごはぁっ!」

 しかし悲鳴を上げたのは悠人ではなかった。

「いってぇな。まさか食らうとは思ってなかったっつうの」

「こっちこそあのタイミングでやられるとはな」

 悠人の頬は浅く切られ、赤い滴り落ちる。カリウスの着ている黒いマントも切り裂かれて、その下の紺色の革製の服が露わになっていた。

「お前の槍、ヒヒイロカネで出来てんな? その色といいさばき方といい、普通の金属で作ってりゃそんなに軽く振れやしねぇ」

「よくわかったな。魔槍『フューリアス』、あいつの自信作だそうだ」

「しかも穂先の刃は電気を発生させんのか。めんどくせぇ槍だな」

「本当はもっとすごいこと出来るんだけど、俺が使うとただ放電するだけになっちゃうんだよ」

「んなもん使わせてもらえるなんざ、お前はあいつにかなり信用されてるみてぇだな」

「そうなのかな。その割にはいつも怒られてばっかだけどな」

「そうなんだろ。喧嘩するほど仲がいいってな。さて、くっちゃべってないで続きといこうじゃねぇか」

「あぁいつでもいいぞ。やれるとこまでやってみるさ」

 悠人は槍を構え直す。先程と同じ左前半身の構えだ。対峙するカリウスも、刀を再び正眼に据える。

 二人は無言だった。無言のまますさまじい勢いで接近する。

 魔槍フューリアスを横薙ぎに振るうが難なく避けられ、逆に迫る銀の刃。

 ギィンッ! と鈍い金属音が火花と共に槍と刀の激突により発せられる。そのまま鍔迫り合いになり、お互い一歩も引こうとはしない。

「せぇいっ!」

 悠人が渾身の力で振りぬいた。拮抗していたパワーバランスが崩壊し、カリウスが体勢を崩す。

「なにっ!?」

 さらにその勢いでカリウスの持つ刀が弾き飛ばされた。

「もぉらったあああぁぁぁ!」

 止めの一撃。フューリアスを振り上げ、そして貫く、

「ぐはぁ!」

 ――はずだった。

 悠人は何らかの力により吹き飛ばされる。

「惜しかったな。こっちが本命の武器よ」

 マントの内側からもう一本の刀をすらりと引き抜く。 その瞬間、ゴオオォォォ……、という低い唸り声のような音が鳴り始めた。

「あんまりこっちは使いたくないんだがな。この際だから使わせてもらうぜ!」

「勝ったと思ったんだけどなぁ……。お汁粉が遠退いたか」

 幸いというべきか、体に目立った外傷はない。再び槍を握りなおす。

「第二ラウンドと行こうか!」

 槍と刀が再度激突する。金属がぶつかり衝撃と共に電源が発生し火花が散る、ことはなかった。

「なにっ」

 鍔迫り合いは確かに起こっている。しかし衝撃すらもなかった。

「どうなって……っ!」

 その瞬間気付いた。二つの刃が交差していないことに。厳密には、刃と刃の間にほんの少しの隙間がある。

「風の力か……」

 その刀は、収束させた風を刀身に巻きつけているのだった。

「よく見抜いたな。これなら槍の電撃だって防げるぜ」

 フューリアスにかける力を大きくして、柄の後ろの石突きでの攻撃を敢行する。

 しかし、当たらない。

 次第に焦りが増してくる。

「くそっ」

 心を乱したその瞬間、彼の目に映ったのは、風をまとい歪んだように見える刀身だった。

「なっ!」

 ドガアアアアアァァァァァン!!!!!

 しかしその攻撃は、謎の爆発音により中断された。






「世界に灯をともした闇をも融かす業火よ、我が血を糧として、敵を撃ち滅ぼす魔砲と成れ!」

 ホウキに跨り空を飛翔するミケの詠唱に呼応し、赤い光の魔方陣が形成される。

砲撃カノン、炎虎の咆哮ティーガー・バスター!」

 彼女の手のひらに生み出されたのは、握りこぶし大の炎の塊。それを、投げるような動きで発射する。手から離れた炎は一気に巨大化し、地表を走るルヴィアを頭から飲み込んだ。

「だから効かないってば! 雑煮にするのはもう決定事項なんだから、諦めな!」

 その炎はドレッドノートの一振りにより消し去られる。

「むぅー、何よ! お汁粉のほうがおいしいに決まってるじゃない!」

 ミケはさらに連続して炎を撃ち出す。しかしそのどれもがドレッドノートにより打ち消された。

「さーて、今度はアタシが行くよ!」

 ダンッ! とルヴィアは強く踏み出す。そしてなんと、ミケの飛行する高度まで上昇してきたのである。どこをどう見ても何も道具は使っていないが、この高さまで純粋な脚力で上がってくるのは不可能のはずだ。

「なんで……。まさか、その靴もっ」

「その通り、こいつもマジックアイテムさ。――はぁ!」

 大剣の巨大な刃が迫る。飛行中なので急な方向転換もできない。防壁を作り出そうにも詠唱をしている時間もない。

「雑煮・ブレイクウウウゥゥゥ!」

 ガキンッ! と固いものにぶつかる音が響く。

「防御結界!? いつの間に……」

 靴による飛翔可能時間は過ぎたようで、ルヴィアはむなしくも地面に落下する。さすがに着地に失敗することはなく、見事に地上に立った。

「この帽子、一応防御結界が付いてるのよ。あくまで補助的なものでしかないけどね」

 ミケは帽子のつばを持ってかぶり直す。

「さて、行くわよ!」

 ホウキの速度が上がり、ルヴィアに向かって急降下を始めた。

 そのホウキの下には、また魔方陣が描かれている。

突撃アタック、不曉不屈の爆撃ドーントレス・ボマー!」

 刹那、ミケと彼女のホウキが紅蓮の炎に包まれた。巨大な炎の球が、すさまじい速さでルヴィアに向かって突っ込んで行く。ルヴィアはそれを迎え撃とうと、ミケに対して真正面に陣取る。

「はあああぁぁぁ!」

「うおおおぉぉぉ!」

 ドガアアアアアァァァァァン!!!!!

 しかし、その音は両者の激突によるものではなかった。

「な、なんなの?」

「なぁ、あれじゃないか?」

 ルヴィアの指差す先は、上空の結界だった。煙によりどうなっているかは見えないが、そこが音源であることは間違いなかった。

「いったい、何が……」

「フハハハハ! 人間どもよ、何やら面白そうなことをしておるではないか!」

「グアアアァァァ!」

 響いたのは、若そうだが貫録のある、少女の声だった。しかもその少女は、何か巨大な生物に跨っているようだった。

 その巨大な生物はバサ、バサと羽音を立てながら降下してくる。翼の立てる風により、周りの砂が舞い上げられた。ドスン! という地響きとともに着陸したその生物は、どこからどう見ても、神話などに出てくるドラゴンだった。全高は人の約二倍ほど、えんじ色の巨体に人間と同じ位大きな翼を有していた。

「よーしよしよくやったぞアウグスト。お前はかわいいなぁ」

「ギャウ!」

 少女はドラゴンの頭をひと撫でしてから、ポン、と地面に降り立った。

 薄い紫色の髪をなびかせてドラゴンの背から飛び降りる姿は、まさに神々しいと言えるようなものであった。歳は十四、五歳ほどと見受けられ、年相応の顔だちは美しいがどこか意地の悪そうな笑みも浮かべていた。身に着けている衣服は黒を基調としアクセントとして紫の刺繍が施された、簡素だが威厳のあるものだった。

「なんだ、何があった!?」

「クソ、今の一撃で終わりだったってのによぉ」

 悠人とカリウスも、騒ぎを聞きつけてこの場所へやってきた。

「あ! お前は確か……」

「まさかこの私の顔を忘れたとは言うまいな?」

「心配しなくてもちゃんと覚えてるよ、エルナ」

「フン、別に心配などしとらんわ。人間にしてはやるではないか」

 悠人の答えに、少女は少し顔をほころばせてうなずく。

「それでそのドラゴンはなんなの? まさかそれでうちに乗り込んできたわけじゃないでしょうね?」

 ミケはドラゴンを指さしながら、嫌そうに尋ねた。

「この子か? こいつは飛龍『メッサーシュミット』のアウグストだ。かわいいであろう? あの貧弱な結界はもちろんこの子に壊してもらったのだが、なぜか周りの人間どもが見ておったな」

「うわ……」

 ミケは頭を抱えるようにしゃがみこんだ。完全に隣人などに変な目で見られることは間違いない。

「んで、貴様らは何をしておるのだ? 私も参戦してやろうではないか」

「その上から目線がムカつくのよ」

「ま、まぁ落ち着けって……」

 エルナの態度にミケはいら立ちを隠せないようだが、悠人の静止により手を出すつもりはないようだ。

「おいミケ、……ちょっといいか?」

「ん、なによ?」

「いやな、あいつ引き込めば余裕で勝てるんじゃないか?」

「それもそうね。ユートにしては頭が回るじゃない」

「さっきから人間にしてはだのッユートにしてはだの、俺はそんなにバカに見られてるのか……?」

「安心して、そこまででもないから」

「あんまり安心できないんだけど……」

 うなだれた悠人は放置して、ミケは話を進める。

「ねぇエルナ、あんたお餅食べるならお汁粉よね?」

「なっ、ミケずるいぞ。雑煮に決まってるよな?」

 ミケの作戦をいち早く見抜いたルヴィアが、負けじと雑煮をアピールする。しかし、エルナの返事は予想外のものだった。

「貴様らは何もわかっておらんな。焼いた餅を海苔で巻いて砂糖醤油につけて食べるのが一番に決まっているだろう?」

「砂糖醤油ぅ!?」

 まさかの第三極であった。

「砂糖醤油はないわよねぇ、年寄りくさいわ」

「フン、どうとでもほざくがいい。砂糖醤油の良さがわからんやつは人生を損しているということに気づいた時が楽しみだ」

「いいわ、じゃあお汁粉と雑煮、それに砂糖醤油。どれが一番おいしいか白黒はっきりさせましょう」

「ハッハッハ、いいじゃんか。アタシは賛成だね」」

「私も異論はないな。そこの男連中はどうだか知らんがな」

 あからさまに嫌そうな顔をする男二人を尻目に、事態はどんどん進行していく。

「行くぞアウグスト! 砂糖醤油が賭かっておるからな」

 エルナはアウグストに飛び乗る。そしてアウグストは大空へと翼をはためかせた。

「ユート! あんたも後ろに乗りなさい!」

「え、後ろ!? それで戦えってか!」

「つべこべ言わないで乗った乗った!」

「ったくもう、仕方ないな」

 ぐだぐだ言いながらもミケの命令に従い、悠人はホウキの後ろに跨る。そしてミケの腹部に恐る恐る手を伸ばし、しがみついた。

「ひゃっ! もう、変に動かないでね?」

「わかってるよ」

 ふわりとホウキが浮き、飛び立った。

「アタシらも空中戦としゃれ込もうかね」

「……マジで言ってんのか? あれ出せと?」

「決まってるだろ? あれなら対抗できる」

「しょうがねぇな。そらよ!」

 カリウスが懐から取り出し広げたのは、人が二人乗っても空間が余るようなサイズの絨毯だった。

「さて、行こうじゃないか」

「飛ばすのは俺だっての、――飛べ!」

 二人を乗せた絨毯は音もなく地面を滑走し、そして離陸した。







 ついに三者が激突する。

「ユート、しっかり掴まってなさいよ? あ、でも変なとこ触ったら後で殺すから」

「わーってるよ」

 ミケ、悠人陣営は魔方陣を展開、魔法を行使する準備に入った。

「アウグスト、やつらをさきに墜とすぞ。行け!」

 エルナは目標をミケ達に定めたようだった。アウグストに命令を出し、ミケのホウキを追尾する。

「逃しはせん、砂糖醤油で餅を食べるまではな!」

 ゴウッ! と巨竜の翼が唸りを上げて、ホウキと同じ飛行コースをたどる。

「いいぞアウグスト。……撃て!」

「グアアアァァァ!」

 竜がその大口を開けて、巨大な火球を形成し始めた。恐らく飲み込まれればルヴィアのドレッドノートを用いても消し去ることはできないだろう。それだけのサイズを持つ火球を、しかしドラゴンであるアウグストは主人の命令のまま、何の躊躇いもなく撃ち放った。

「ミケ!」

「わかってる!」

 迫りくる炎を回避する術を、ミケは頭をフル回転させて考える。全てはお汁粉の為に。

「こっち!」

 最大速度からの急旋回。エアブレーキなどついていないただのホウキで、それでも空戦機動を行う。

「ほぅ、あれを躱したか。……ん?」

「もらったあああぁぁぁ!!!」

 直後、はるか上空から何かが降ってくる。否、急降下してきているのだ。

「ルヴィアアアアァァァ、一発で仕留めねぇとぶん殴るからなあああぁぁぁ!」

 絨毯の前部にルヴィアが大剣を構えて立ち、その彼女を掴んで支えているのはカリウスだ。

 急降下爆撃ばりに速度も出ていて、アウグストに騎乗しているエルナは避けることもままならない。

「ミケ、今だ!」

「うん! 突撃アタック、不曉不屈の爆撃ドーントレス・ボマー!」

 二人が炎の塊と化す。狙うのは後ろにいるエルナとアウグスト。そしてその陣営に強襲をかけるルヴィアとカリウス。

「はあああぁぁぁ!」

「うおおおぉぉぉ!」

「人間如きに負けるかあああぁぁぁ!」

 お汁粉に、雑煮に、砂糖醤油に。

 三者三様の想いが交差し、それぞれの主張をぶつけ合う。




 ――――ドガアアアアアァァァァァン!!!!!




 光が、音が、衝撃が消えた。天をも飲み込むほどのきのこ雲が立ち上る。

 膨大なエネルギーに耐えきれなかったのか、結界がボロボロと内側に崩れ始めた。







 悠人が目を覚ました時、すでに外は暗くなり始めていた。

「うぅ……、ここは……?」

 そこは普段と何ら変わりのない、ミケの家のリビングだった。

「あれ、みんなは……?

 目を覚ました悠人が最初に見たもの、それは――




「だーかーら、お餅はお汁粉にするのがいいんだって!」

「雑煮こそ餅のおいしさを引き出す料理はないな!」

「貴様ら何を言っているか。砂糖醤油こそ至高であろう!」

 未だまとまらない意見を言い合っている三人の姿だった。

「あいつらまだやってんのか……」

 彼の隣で、ちょうどカリウスも意識を取り戻したようだった。

 だから二人は言う。生産性のない言い争いを続けている三人に向かって。




「「お前ら、いいからもち着け!」」

遅ればせながら、あけましておめでとうございます。

そしてほんとうにごめんなさい。

明日、というか今日からまともに活動始めます。

こんな作者ですが、今年もよろしくお願いいたします m(_ _)m


結局何が言いたいかというと、どんな食べ方でもお餅はおいしいので、喧嘩しないで仲良く食べてねってことです。以上!

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