君となら大丈夫
「草平。海星のこと、今日からハブな」
「ハブ?」
「そ、ハブ」
その時、俺の頭に最初に浮かんだのは、生き物のハブだった。蛇の仲間の。噛まれると最悪死んじゃうこともある毒を持ったやつ。
そのハブがどうしたんだろう、海星って蛇なんか好きだったっけって、そんな見当違いな想像をしてしまうくらいそれは何の前触れもなく始まった。
その日から、海星はハブにされた。
5年2組の小さな教室の中で、みんなから無視されるようになったんだ。
「なあ瑛太、なんでハブなの?」言い出しっぺの瑛太にそう訊いてみたことがある。
「あいつ、超神メガリオンのウルトラレア当てたんだよ、俺がずっと欲しかったやつ」瑛太はそう言った。
それは今小学生の間で大流行しているカードゲームのレアカードだった。瑛太が以前からずっと欲しい欲しいと騒いでいたやつだ。それを海星が当てたらしい。「だからムカつくじゃん」と。
そんなことで、って俺は思った。そんなことでハブにするのか。
瑛太は運動が出来て身体も大きくてクラスの中心にいるタイプだったから、その瑛太の言うことはこのクラスでは絶対、みたいなところがあった。男子で瑛太に逆らうやつなんていないし、女子は女子で瑛太のことを好きな取り巻きみたいな子たちが先導してそういう話になった。
だから、5年2組の中で海星がハブにされることはあっという間に当たり前のことになってしまった。
俺はなんだかもやもやしていた。うまく言葉にできないんだけど、なんか嫌な気持ちだ。
俺は別に海星をハブにしたいわけじゃない。それは多分、大半のクラスメイトだってそうだと思う。瑛太や取り巻きの子たちに逆らうのは怖いから、おかしいよなんて言ったりしたらきっと次は自分が標的にされるから、何も言わないでじっとしていることでハブに賛成してる。
そう、自分の気持ちに嘘をついてるんだ。それが俺は嫌だった。
何日も考えて自分の気持ちがはっきりした俺は、学校からの帰り道、一人でとぼとぼ歩く海星を見つけて、走って追いかけて行って声をかけた。
「おーい、海星」
「…えっ、草平」振り向いた海星があからさまにびくっとした顔をした。
「一緒に帰ろうぜ」
「え、なんで…」目を白黒させるってこういう表情なんだろうな。
「なんでって、別に理由なんてないけどさ」
「でも、僕と一緒にいるとこ見られたら、草平もハブにされるかもよ?」
「いいんだよ。なんかああいうの嫌だから、俺」
ぶっきらぼうにそう言って、俺は歩き出した。海星もつられて歩き出す。
翌日から、俺は学校でも普通に海星に話しかけるようにした。瑛太と取り巻きたちは最初ぎょっとした顔をして、そのあとで怒ってるように見えたけど、自分の気持ちに正直に動いたことで俺はすっきりしていた。
今度は俺もハブられるかもしれない。けど、一人じゃないから大丈夫。海星がいるから大丈夫。
そう思ってたのに。
あくる日、学校に行くと、クラスのみんなが俺を避けていた。「おはよう」っていつもみたいに挨拶しても、誰も返してくれない、みんなすっと目をそらす。瑛太たちが「ざまあみろ」とでもいうような顔でこっちを見ていた。
わかっていたことだから「まあしょうがないよな」と俺は思った。
その時、教室の後ろのドアから海星が入ってきた。
その姿を見て俺は声をかけた。俺もみんなにハブられちゃったけど、今日からよろしくな。そんな気持ちを込めて。
「海星、おはよう」
「……」
無視された。
海星は、歯を食いしばるような顔をして教室の床を見つめたまま俺の前を通り過ぎていった。そのまま自分の席に座った海星に、瑛太が声をかけた。
「海星、おはよう」
「お、おはよう瑛太…」
瞬間、俺は体温が下がるのを感じた。
なんで。どうして。
君となら大丈夫。ハブられたって、二人なら大丈夫。
そう思っていたのに。
5年2組、ちっぽけな教室の中で、俺はひとりぼっちだった。




