きっかけ
side 怜衣
お腹が痛い。生理痛か、と思ってげんなりした。本当に今日はいいことがない。
三限目をそのまま受けて、四限目が始まる頃にもう無理だと悟り教師に保健室に行くと伝える。
廊下は暑いし四階から一階まで移動しなければいけないしお腹はキリキリするし。おまけに何故だか今日は情緒不安定と最悪に最悪が重なりへたり込んだ。
ああ、サボりみたいだ。見つかったらどうなるか分からないのに。
「……?あの、大丈夫ですか…?」
俯いているとふわふわした高い声。何故か聴いたことのあるような、奇妙な既視感を覚えながらふらふら目線を合わせると。
「あ、絆創膏くれた子だぁっ」
嬉しそうに声を弾ませたその子。あ、と記憶にちかりと閃くものがあった。左のバツの形をしたピン、灰色の少し大きいパーカー。
かわいいな、と少しどきりとする。異性でないからこその眩しさだった。
「どうしたんですか?」
「あ、保健室行こうと思ってて、ちょっと…」
「立てます?一緒に行きましょ、わたし保健室登校なので」
「…ありがとうございます、立てます……」
保健室に着くなり養護教諭が、どうしたの、とパソコンから目を離して訊く。お腹痛くて、と多少の演技を交えて言ってしまうのは小学校からの私の謎の癖だった。本当のことなのに。
じゃあ仕切りの奥のソファで休んでていいよ、と了承を貰う。
「あ、わたしも一緒にいていいですか?お話したくて」
え、と息が止まるような発言を隣でされた。
「まあ、橘さんがいいならね」
急にこちらに矢が飛んできた。あ、大丈夫です、とたどたどしく答える。
「ずっとお話したかったんだ」
やはり、その柔らかい笑い方に絆されてしまった。
ソファに座る。今更腹痛があったことを思い出した。
保健室という空間が、たしか小学校の頃に同じ生理痛で来た以来だ。その時の保健の先生が大好きで、色々と不安定な時期で優しい言葉を掛けてくれたのが嬉しかったのを思い出す。
卒業式の日、ちゃんと挨拶したっけな。
そんなことを流れるように考えていると、女の子が立ち上がる。しばらくすると毛布を持ってきた。
「どうぞ」「ありがとうございます」
そうだ、と今更ずっと気になっていたことを口に出す。
「お名前、聞いてもいいですか」
「あ、まだだったの忘れてた。藤原衣透です」
衣に、透明の透でいと、と付け足される。
軽やかな、名は体を表すの体現のような名前だった。
「藤原さんは、」「衣透でいいよ」
「…衣透、は何年?」
「一年」
同い年だ、と今更気づく。
「私と同じだ」
「え、年上かと思ってた…!?」
想像以上に驚かれこちらが固まる。どう返せばいいのか学べていない。
しばらく話していると、腹痛が再発してきた。
「トイレ行ってもいい?」
「行ってらっしゃーい」
ぱたぱたと手を振る衣透。
可愛いな、と改めて思う。どうしてこんなに興味を持ってくれているのだろうか、全部が自意識過剰?わからなかった。
side 怜衣
トイレに行って手を洗っている時、きゃはは、と女子達の甲高い笑い声が聞こえた。よくそんなタイル張りの汚いトイレで騒げるよな、とか心のどこかで思いながら手を拭いていると。
「───────てか藤原さんってさあ」
振り向いてしまった。藤原衣透。聞いたことのある名前だった。
「可愛いとは思うよ、思うけどさ。なんか男子に媚び売ってるように思われちゃうっていうか?なんかあれどうにかしたほうがいいよね」
どこをどう取っても曖昧な主張。ばかばかし、と思って踵を返そうとした、その時。
「橘さんもそう思うよね?」
え、と固まった。いつも空気みたいな扱いなのに、どうしてこういう時だけ混ぜてくるのだろう。
「仲良いって聞いたけど、ほんと?」
「え…、うん、あんまりそんな風には見えなかったけどなぁ」
なんとか笑みを貼り付けることは、きっとできたと思う。多分。
へえ、仲良いんだ。やめた方がいいんじゃない?と冗談交じりの嘲笑を受けながら、曖昧に笑ってばっとトイレを出る。
ただ、衣透に会いたかった。




