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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

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#音を立てたら即死

作者: 北大路京介
掲載日:2026/07/17

市役所の戸籍課に勤める鵜飼幸彦は、その高い身長を少し丸めるようにして、無音の自室で立ち尽くしていた。いつもなら彼を包むはずの穏やかな静けさが、今は鋭利な刃物となって首筋に押し当てられている。



すべては、スマートフォンの画面に表示された、あの奇妙な警告から始まった。未確認のウイルスに感染したという通知と、それに付随する残酷なまでのルール設計。鵜飼はそれを、手の込んだ悪戯だと鼻で笑おうとした。だが、その鼻腔を抜けた微小な空気が、絶望のトリガーとなった。



「感染規則:静寂の楔」


一、感染者の肉体および接触物が発する音が、閾値である10デシベル以上を記録した瞬間、周囲の人間がランダムに一名即死する。


二、音が閾値を超えるたび、死の連鎖は自動的に執行される。


三、この感染は宿主の死、あるいは周囲の完全な沈黙によってのみ一時停止する。



日常のあらゆる音が恐怖へと変わる。普通に息を吸えばそれだけで15デシベルを超え、寝返りを打ってシーツが擦れれば30デシベルに達する。鵜飼は衣服をすべて脱ぎ捨て、全裸で床に座り込んだ。呼吸を限界まで浅くし、肺の動きを細かく制御する。しかし、生理的な渇きや飢えは容赦なく彼を苛んだ。不意に喉が鳴り、ごくりと唾を飲み込んだ瞬間、スマートフォンのニュース速報が、近隣のマンションで起きた不可解な心不全を知らせてきた。



彼は歩く災害となっていた。助けを呼ぶために声を上げれば、その声の音量に比例して、何十人もの命が消え去る。このまま孤独に朽ち果てるしかないのか。薄れゆく意識の中で、鵜飼は誰もいない場所へ逃れる決意をした。足裏に柔らかなスポンジを厳重に巻き、音の出ない絹布一枚を身にまとって、深夜の街へと這い出る。



だが、天は彼を見放した。不意に空が暗転し、大粒のゲリラ豪雨が街を襲った。無数の雨粒が彼の頭部や肩を激しく叩く。衣服の表面で水滴が弾ける音、地面を打つ音。デシベル計の数値は一瞬で40デシベルを突破した。それは、逃れようのない死の雨音だった。



「あ……」



悲鳴をあげそうになる口を必死に両手で塞ぐ。だが遅かった。すれ違う歩行者たち、雨宿りをしていた人々が、糸の切れた人形のように次々とアスファルトへ崩れ落ちていく。静まり返る雨の交差点。死体に囲まれたその中心で、鵜飼は涙を流しながらも、一切の声を出さずに立ち尽くしていた。



そのとき、バイブレーションをあらかじめ切っておいたスマートフォンが静かに発光した。メッセージが届いている。



「周囲の脅威は排除されました。おめでとうございます。これにより安全圏が確保されたため、システムの監視範囲を半径五キロメートルへ拡張します」



絶望に顔を歪めながらも、鵜飼は声を出して泣くことすら許されない。彼はただ、静かに天を仰ぎ、音もなく口を開けて震えるしかなかった。だが、彼の耳は、激しい雨音の隙間に混ざる「別の音」を捉えていた。それは、自らの胸の奥から響く、極めて規則正しい、機械的な駆動音だった。まるで、彼自身の心臓そのものが、音を測定するための精密なセンサーに作り替えられてしまったかのように、一定のテンポで冷たく脈打ち続けていた。


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