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悪役令嬢は処刑台で微笑む

作者: 雪乃兎姫
掲載日:2026/05/26

 処刑の日、空は驚くほど青かった。


 王都ルミナスの中央広場には、大勢の民衆が集まっていた。

 誰もが興奮し、隣人と(ささや)き合い、そして最後には処刑台を見上げている。


「とうとう悪女が裁かれるのね」

「王太子殿下を苦しめた報いだ」

「平民の聖女様を虐げたんでしょう?」


 歓声にも似た声。

 その中心で、セシリア・フォン・エーデルシュタインは静かに立っていた。


 白銀の髪。

 深紅の瞳。

 漆黒のドレス。


 かつて“王国一の華”と呼ばれた公爵令嬢だった彼女はその両手を鎖で拘束されたまま、ゆっくり空を見上げる。


「……やっとここまで来たわね」


 彼女は小さく笑った。


 周囲の兵士たちは、その不気味な落ち着きに怯えていた。


 本来なら泣き叫び、喚き、最後には命乞いをする場面だ。

 だがセシリアは違う。


 まるで、この瞬間を待っていたようだった。


「罪人、セシリア・フォン・エーデルシュタイン!」


 高らかな声が響く。


 王太子レオニード・アルヴェインが一歩前へ進み出た。


 黄金の髪。

 整った顔立ち。

 だが今の彼の目には、強い嫌悪が宿っている。


「貴様は聖女ミレイアへの数々の嫌がらせ、魔術による傷害、そして王国転覆未遂の罪により、死刑を宣告される!」


 途端、民衆が沸いた。


 だがセシリアは薄く笑ったままだ。


「ずいぶん立派な台本ね、レオニード殿下」

「……最後まで醜い女だ」

「ええ。だってかの有名な悪役令嬢ですもの」


 その言葉に、周囲がざわめいた。


 セシリアは知っていた。

 この世界が、前世で遊んでいた乙女ゲーム『聖女と七人の誓約騎士』の世界だということを。そして自分が、物語終盤で断罪される悪役令嬢だということも。


 だがしかし――。


「本当に滑稽(こっけい)な姿ね」


 セシリアは静かに呟く。


「何も知らないのね」


 その瞬間、ゴォォォォン――!!

 広場だけでなく、王都全体が揺れた。


 いたるところで悲鳴が上がる。


「な、何だ!?」


 空が黒く染まっていた。


 巨大な魔法陣が王都上空に浮かび上がる。

 それだけで兵士たちが顔を青ざめさせた。


「魔力反応が異常です!!」

「なっ!? このままでは結界が破られる!!」


 レオニードがセシリアを睨む。


「貴様の仕業か!」

「いいえ、違うわ。だけどね……」


 セシリアは静かに言った。


「――もう遅いだけ」


 次の瞬間、空が裂けた。

 それは文字通り、空と空との境目が割れ、漆黒の闇が顔を覗かせる。そこから現れたのは、なんと巨大な黒竜だった。


 絶望そのもののような存在。

 民衆は恐慌状態に陥る。


「魔竜バルフェゴール……っ!?」


 誰かが震える声で叫ぶ。


 この世界を滅ぼすラスボス。

 本来ならゲーム終盤で登場するはずの存在だった。


 だが今、王都に現れている。

 しかも予定より遥かに早く。


 言葉よりも先にレオニードが剣を抜く。


「総員、迎撃!!」


 だが黒竜の咆哮(ほうこう)一つで、騎士たちは吹き飛ばされた。


 圧倒的。

 とても人間では太刀打ちできない。


 セシリアはその光景を静かに見ていた。


 ――だから言ったのに。


 この国は滅ぶ。


 聖女に夢中になっている間に……。


 ◇


――三年前


 セシリアが前世の記憶を思い出したのは、十五歳の誕生日だった。


 最初は混乱した。

 だがすぐに理解した。


 ここは乙女ゲームの世界。


 自分は悪役令嬢。

 そして最後には破滅する。


「ふざけないで!」


 彼女は鏡を見ながら呟いた。


「誰が……誰がこのまま黙って殺されるものですか!」


 そこからセシリアは変わった。


 社交界で遊ぶのをやめた。

 恋愛にも興味を示さなかった。代わりに彼女が没頭したのは、政治と魔術。


 エーデルシュタイン公爵家の蔵書を読み漁り、古代魔法を研究し、王国の歴史を調べ上げた。

 その結果、彼女はある事実を知ることになる。


 それはゲームでは語られなかった“裏設定”。


 王国は近い未来、魔竜によって滅ぼされる。そして攻略対象たちは、その戦いで次々に死ぬ。唯一世界を救えるのが、聖女ミレイアだった。


 ……だが。


「無理よ」


 セシリアは断言した。


 ミレイアは確かに優しい少女だ。

 だが甘すぎる。あまりにも優しすぎるのだ。


 誰も疑わず、誰も切り捨てられない。

 そんな人間が、世界を救えるはずがない。


 だからセシリアは動いた。

 王国を守る、そのために……。


 誰にも知られないまま――。


 ◇


「セシリア様」


 書斎の扉が開く。

 入ってきたのは黒髪の青年だった。


「また徹夜ですか」

「カイン」


 彼の名はカイン・ヴァルツ。


 セシリアの護衛騎士であり、ゲーム本編では攻略対象の一人だ。本来なら聖女ミレイアへ恋をするはず……。


 だが現実では、彼はセシリアの側にいた。


「少し休んでください」

「無理よ。今は少しでも時間が惜しいの……」


 机の上には大量の資料。


 魔竜討伐に関する記録。

 古代結界の設計図。

 王国貴族の資産状況。


「だって私には時間がないもの」


 カインは苦しそうに、そっと目を伏せる。


「……本当に来るんですね」

「ええ。ほぼ(・・)確実に」


 セシリアは迷いなく答えた。


「三年後、この国は滅ぶ――」


 少しの静寂。


 それを嫌ったのか、やがてカインが口を開いた。


「だったら俺は、あなたを守ります」


 セシリアは少し驚いた。


「あら、どうして?」

「あなたは誰よりも国を想ってる」


 彼は真っ直ぐ言った。


「それを俺は知ってます。そしてあなたが国を想う以上に、私はあなたを思っています」


 その言葉だけで、少し救われた気がした。


 ◇


 だが運命は残酷だった。


 ミレイアが学院へ入学した瞬間から、物語が動き始める。

 攻略対象たちは次々に彼女へ惹かれていった。


 レオニード王太子。

 天才魔術師ルーク。

 近衛騎士団長アベル。


 誰もがミレイアを守ろうとする。


 そしてセシリアは、自動的に“悪役”へと押し込まれていった。


「セシリア様が聖女様を睨んでいた」

「ドレスを破ったらしい」

「階段から突き落としたとか」


 もちろん全て嘘だ。

 だが誰も真実を確認しない。


 皆、“悪役令嬢だからやった”と決めつけている。


「(ふっ)……くだらない」


 セシリアは笑った。


 だが内心では理解していた。


 これが“シナリオの強制力”。


 世界そのものが、彼女を悪役にしたがっている。


 ◇


「セシリア様!」


 ある夜、カインが血相を変えて飛び込んできた。


「北部砦が壊滅しました!」

「……っっ。私の予想よりもずっと早いわね」


 ついに始まった。


 魔竜軍の侵攻。

 本来ならまだ先のはずだった。


 だがそんな私の思惑をまるで外すかのようにシナリオが狂っている。


 セシリアは立ち上がった。


「王宮へ向かうわ」


 ◇


――王宮会議室


 重臣たちは怒鳴り合っていた。


「魔物ごときで騒ぎすぎだ!」

「国境線を放棄するのか!?」

「聖女様の祈りでどうにかならんのか!」


 とても愚かだった。

 だからこそセシリアは冷たい現実を告げる。


「今すぐ王都防衛結界を再構築してください」


――沈黙

 そしてわずかな失笑。


「お嬢様の遊びではないのだぞ」

「女が政治に口を出すな」


 セシリアは溜め息をついた。


 この国は終わっている。


「なら、そのまま滅びなさい」


 彼女が背を向けるその時だった。


「待て」


 低い声。

 振り返ると、レオニードがいた。


「……お前は何を知っている」

「全部よ」

「は? 全部って……」

「魔竜が来る。王都は炎に包まれる。そして――貴方も死ぬ」


 空気が凍る。

 だが皮肉にもセシリアは言葉を続けた。


「もし助かりたいなら、私の言う通りにして」


 レオニードは険しい顔をした。


「そんな言葉を信用できると思うか?」

「別に。信じる信じないも勝手よ」


 セシリアは笑う。


「信じなくても滅ぶだけよ」


 ◇


 だが結局、王宮は動かなかった。


 聖女ミレイアの祈りがあれば大丈夫。

 誰もがそう信じていた。


 だからセシリアは独断で動く。


 私財を投じて結界を強化。

 避難路を整備。

 魔導兵器を開発。


 全ては秘密裏に、そして着実に。


 彼女が悪役令嬢として嫌われていたおかげで、逆に制限されることなく自由に動けた。


 何故なら、誰も期待していなかったからだ。


 ◇


 そして現在――


 彼女の処刑の日、黒竜が王都へ現れた。


 炎が街を焼く。


 悲鳴、絶叫、崩れ落ちる街を守るはずの壁。


 セシリアは鎖を引きちぎった。


 兵士たちが驚愕する。


「ば、化け物め!」

「失礼ね」


 彼女はドレスの裾を(ひるがえ)す。


淑女(しゅくじょ)よ。この場に居る誰よりも(・・・・)……ね」


 そのまま処刑台から飛び降りた。

 レオニードが叫ぶ。


「どこへ行く!?」

「……ただ世界を救いに」


 ◇


――王都中央塔


 そこに巨大結界の核がある。

 セシリアは階段を駆け上がった。途中、魔物が襲いかかる。


「邪魔」


 紅蓮の炎が魔物を焼き尽くす。それも圧倒的な魔力で。


 彼女はゲーム本編を遥かに超える力を手に入れていた。努力だけで誰にも頼らずに。


 最上階へ辿り着いた時、そこにはミレイアがいた。


「セシリア様……!」


 聖女は涙目だった。


「どうして……どうしてこんなことに……!」

「貴女たちが遊んでいたからよ」


 ミレイアが息を呑むのが伝わってくる。


「世界が滅びるかもしれないのに、随分とまぁ恋愛ごっこに夢中だったわね」

「そんな……」

「貴女は悪くない」


 セシリアは静かに言った。


「――でも弱い」


 ミレイアは泣きそうな顔をした。


「私は……どうすれば……」

「祈りなさい」

「え……?」

「だって貴女の役割は聖女でしょう? 違う?」


 セシリアは結界核へ手をかざす。


「……残りは私がやるから」


 ◇


 黒竜バルフェゴールが咆哮する。


 王都が崩壊していく。

 だがその時、巨大な光の柱が立ち上がった。


 セシリアだった。


 膨大な魔力が空へ伸びる。

 何事かと人々が見上げる。


「あれは……」

「セシリア……様?」


 悪役令嬢。

 嫌われ者。

 傲慢(ごうまん)な公爵令嬢。


 そう呼ばれていた少女が、たった一人で王都を守っていた。


 レオニードは呆然と呟く。


「……なぜだ」


 どうしてそこまでできる。

 どうして見返りもなく戦える。

 セシリアは空を睨む。


「私はね」


 彼女は静かに言った。


「この国が好きだったのよ!」


 次の瞬間、結界が完成した。


 純白の光が王都を包む。

 黒竜の炎を弾き返し、空を切り裂く。バルフェゴールが苦悶の咆哮を上げた。


 そこでセシリアはさらに魔力を解放する。


「終わりなさい」


 光が世界のすべてを染めた。


 ◇


 戦いは終わった。


 黒竜は消滅。

 王都は救われた。


 だがしかし……。


「セシリア様!!」


 カインの叫びが響く。


 塔の上で、セシリアが崩れ落ちていた。

 魔力を使いすぎたのだ。


 カインが駆け寄る。


「しっかりしてください!」

「……うるさいわね」


 セシリアはかすかに笑った。


「淑女の耳元で、そんな大声出さないで」


 彼の目から涙が落ちる。


「死なないでください……!」

「勝手に死なせないでちょうだい。あなたが泣くなんて似合わないわよ」


 セシリアは空を見る。


 青かった。とても青かった。

 処刑台で見た時と同じ空の色。


「……綺麗」


 そのまま彼女の意識は途切れた。


 ◇


――三か月後


 王都復興祭。

 広場には大勢の民が集まっていた。


 そこへ一台の馬車が到着する。


 扉が開き、そこに現れたのは――。


「セシリア様だ!!」


 歓声が上がる。


 セシリアは少し困った顔をした。


「少し騒がしいわね」


 彼女は生きていた。


 奇跡的に一命を取り留めたのだ。

 レオニードが前へ出る。


「改めて謝罪したい」

「いらない」

「……だが」

「後悔する暇があるなら働きなさい、駄目王太子」


 レオニードは苦笑した。


「相変わらず手厳しいな」

「当然よ」


 するとミレイアが駆け寄ってくる。


「セシリア様!」

「何?」

「私、もっと強くなります!」


 真っ直ぐな瞳。

 以前よりずっと強い顔だった。


 セシリアは少しだけ優しく笑み浮かべる。


「期待してるわ、聖女様(・・・)


 その時――


「セシリア」


 カインが彼女の名を呼んだ。


 彼は少し照れた顔で花束を差し出す。


「……復興が終わったら、旅に出ませんか」

「旅に?」

「あなたはずっと一人で背負いすぎた」


 彼は優しく笑った。


「今度は、俺も隣にいます」


 その言葉を聞いたセシリアは目を瞬かせるが、それを悟られぬよう、素っ気無い返事を返す。


「……考えておくわ」


 そう言いながら、顔を横に背ける。

 カインから見た彼女の横顔は、少しだけ頬が赤らんでいた。


 悪役令嬢は、もう処刑されない。

 彼女は世界を救い、自分の未来を自らの手で掴み取ったのだ。


 この青空の下で――新しい物語が、ここから始まろうとしていた。

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