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その3

その3です。

メルブラでは七夜、ギルティではソルを使っていました。

厨房キャラですねえ。

 のどかな朝だ。

 俺の朝はいつも実に穏やかに始まる。

 かまどに置かれたやかんから白い湯気が噴き出ている。

 その前に鎮座する木のテーブルには、木で出来たカップと器。

 木造のあばら家には、朝の光が降り注いでいる。

 今にも崩れ落ちそうな屋根には数羽の鳥が羽休めに訪れては、少しも経たないうちに再び飛び立っていく。

「よいしょっと」

 俺は森の中に建てられたその小屋の前に、ドカッと音を立てて薪を下ろす。

 森の奥で調達してきた戦利品である。

 汗ばんだ額を手の甲で拭うと、俺は小屋に入る。

 朝はやはり白湯である。

 やかんを手に取り、熱々の湯をコップに注ぐ。

 少し冷まさなければ飲めないだろう。

 俺は小屋の中を見回す。

 なんとも殺風景な家だ。

 嗜好品と呼べるものは何もない。

 生き抜いていく為の道具が少々、壁に立てかけられているだけだ。

 あとはもしもの時の為に貯蔵してある乾物が少し。

 服なんて、今着ているこのボロボロの布切れと、プラス数枚程度である。

 よく言えば清貧。

 よく言えば仙人。

 よく言えば求道者……。

 あまりの貧しさに涙が出そうになる。

 しかし、それも当然の事だろうな。

 俺は飲めるような熱さになった湯に口をつける。

 数か月もの間、俺はこの山に引きこもっているのだから。

 後悔はしていない。

 というよりもそれしか道はなかったのだから。

 俺は棚から干し肉を取り出すと、歯で引きちぎって食べた。

 肉にはやはり新鮮な野菜が良く似合う。

 俺は今しがた採ってきた野草もサッと洗って口に入れる。

 うん、草の味がする。

 口に入れば何でも良いんだ。

 俺はおおむね満足しているよ。

 この暮らしもしばらく続けていくうちに、悪くないなと思えるようになったんだ。

 簡単な朝食を終わらせると、俺は小屋の外に出る。

 俺がこしらえた俺だけの練習場だ。

 山には土地だけは豊富にある。

 そのスペースには、藁でできた大きな人形が一体ぽつんと置かれている。

 俺が歩み寄ると、不意に視界に「トレーニングモード」という文字が浮かび上がる。

 頭の中で「選ぶ」を意識する。

 視界が一瞬暗転して、その人形の上に、横に長い棒状のメーターが出てきた。

 俺は深く息を吐く。

 そして、一つ、正拳突きを放った。

 腰をしっかりと落としての一撃だ。

 そのメーターの目盛りがわずかに減る。

 もう一つ、もう二つ。

 俺が拳を放つと、その目盛りは少しづつ減っていく。

 これはいわゆる体力バーというやつだ。

 俺の視界の左下にも、もう一つまた別のメーターが見える。

 俺が人形に攻撃を当てる度、そのメーターの目盛りが増えていく。

 メーターが満タンになると、俺は一瞬動作をためて、構えを取る。

 このメーターがたまると必殺技が打てるようになるのだ!

「ファントム・ストレートッ!」

 構えの後に放たれた渾身の一撃は、目にもとまらぬ鋭さで確実に人形の芯をとらえる。

 乾いた打撃音とともに、置いていかれた空気が遅れて俺の耳元を吹き抜けていく。

 ……いや、この技を出すと勝手に叫ぶんですよ。

 これオプションで変更できないんです。

 俺は何回やっても拭えない羞恥心に耐えながら、人形の体力バーを確認する。

 ちょろっと。

 さっきよりもほんの少しだけ体力が減っていた。

 俺はそれでも懲りずに連続技を叩き込む。

 左ストレートからの足元を狙うローキック、相手がよろけたところに、頭上からの肘鉄。

 動作キャンセルからの必殺技。

 地面すれすれまで沈み込んでからの、あご元を狙うアッパーカット。

「ライジング・カット!」

 正確無比な拳が人形のあごに入る。

 まあそういう設定されていますからね。

 技を出せば百発百中。

 間合い内にいれば狙ったところに確実に当たる。

 打ち抜いたところで、俺は人形をちらりと見る。

 人形は何も変わらない姿でそこに立っている。

 体力バーもほぼ同じ。

 俺はふっと息を吐く。

「いくらなんでも弱すぎだろ……」

 呆れを通り越して笑ってしまう俺は、清々しい笑顔で空を仰いだ。

 製作者という神に設定されたそれは無慈悲にも俺に現実を突きつける。

 技がどうやっても確実に当たるように、技の威力もどうやっても確実に定められた数値しか出なかった。

 どうしようもなく威力が低いのだ。

 おれが転生したこの世界、「対戦格闘ゲーム」の世界では、俺は明らかに弱キャラだった。

 ティアーで言えばCか?

 いやそれ以下か?

 これが俺がこの引きこもり(トレモ)生活を続けている理由なのだった。


 ――俺がこの世界「マキシマ・インパクツ」の世界に転生した時の話。

 あの女神との対戦の後、彼女は準備できたよと俺に言った。

 そして気が付いたら、俺は知らない世界にいた。

 まるで理解できなかった。

 一目見て、ひとまず分かったのはここは日本ではないだろうということだ。

 家の造りが全く違うし、馬車が走っている。

 まだ理解が追い付いていない俺の前を馬車が駆け抜けていった。

 街を馬が走っているなんていつの時代の話だ。

 もしや江戸時代?

 しかし家の造りがにほんのそれとは全く違う。

 石造りの家が、石畳の道に建ち並んでいる。

 俺はそういう建築の知識はほとんど持っていないが、何となくどこかで見たことがあるような景色だった。

 ……ゲームだ。

 何となく昔のヨーロッパを思い起こさせるような景色だった。

 これも憶測というか、記憶を継ぎ接ぎにして作ったイメージに過ぎないだろう。

 でも何も分からない以上、俺の一応の答えとしては、ここは昔のヨーロッパにあった名もなき街というところでひとまず落ち着いた。

 次は道を行く人に意識が向く。

 顔立ちはやはり日本人というより西洋人に見える。

 髪の色も金髪や銀髪、赤や緑と様々だ。

 服装もまるでファンタジーの世界だ。

 本当に俺は違う世界に来てしまったのか。

 本当に女神の言う通り、俺は転生したのか。

 俺はふらつく足取りで通りに出る。

 広い通りには、雑多な店が軒を連ねていた。

 活気にあふれていた。

 不思議なことに彼らの言葉は理解できた。

 俺はそういう風になっているらしい。

 しばらくしてそれが俺への好奇の目だった事に気が付いた。

「あまり見ない顔ね……」

「もしかしてあれが今回の新キャラ?」

「どんな性能なのかしら」

 言葉の内容はよく分からないが、自分のことを噂しているのは、人々の突き刺さる視線で何となく分かった。

 新キャラ呼ばわりされた俺は、内心居心地の悪さを感じながら石畳の街を歩き続ける。

 すると。

「なあ、そこのお前」

 と、若い男に呼びかけられた。

 男三人組だった。

 俺はもちろん無視する。

 だって関わりたくないじゃん。

「お前、この前のアップデートで追加された新キャラだろ?」

 声をかけてきた男は、そんな俺にお構いなしに続ける。

「なあ、俺と戦おうぜ。ほら、みんなお前のこと気になってんだよ」

 待て待て。今、戦おうぜと言わなかったか?

「戦うなんて、何を言って……」

 ラウンドワン。

 ファイト!

「いや、ファイト! じゃないのよ!?」

 突然鳴り響いた声に抗議の声を上げるが、どうも合意したことになったらしい。

 俺の視界に何か変なバーのようなメーターが複数表示される。

 何かデジャブのようなものを感じたが、俺はもうそれどころではない。

「よっしゃ、来ないこっちから行くぞ!」

 男は背中の鞘から剣を引き抜く。

 剣!?

 この人軍人か何か?

 一般市民に刃物を向けるなんてどうかしてるだろ!

 俺の胸元を切っ先が襲う。

 が、すんでのところで俺は凶刃を躱す。

「お! スピードタイプか?」

「もっと攻撃してみようぜ!」

 男たちがはやし立てる。

「お前たち、どうかしてるよ!」

 俺は叫ぶが、彼らにはまるで届いていない。

 本当にこの殺し合いを楽しんでいるみたいだ。

「あい、あい、あいィ!」

 男の剣が何度も振り下ろされる。

 俺の鼻の先を、背筋が寒くなるような音を立てて通り過ぎる。

 俺はやつの攻撃をかわすだけで精一杯だ。

「なあなあ、お前も何かしろよ。そうしないと何も分からないだろ」

 そう言われても俺には、何とかここから逃げる算段を考えることしかできない。

 俺は偶然近くを通った馬車に身をひるがえして隠れる。

 奴の刃が馬車にはじかれる。

 馬は突然のことに驚き、前足を上げてひときわ激しく鳴いた。

 俺はその隙に逃げようとして、鋭い痛みを背中に感じた。

「ヒット!」

 男の刃が俺の背中を袈裟に切り裂いていた。

 俺の視界に写りこむメーターの一つがごっそりと減った。

 痛みに足がもつれる。

 視界がぼやける。

 このままではまた斬られてしまう。

 それも時間の問題か……。

 死の予感がひたひたと歩み寄ってきていた。

「これは何ですか?」

 思考能力が落ちていく俺の後ろで女性の声が聞こえた。

「私の馬車に刃を向けたのはあなた方ですか?」

 凛とした声だ。

 鈴の音のような澄んだ声色だが芯がある。

 高貴ささえ感じるその声の主が、馬車から降りてくるところだった。

「あ、いえ、これは偶然でして……」

 俺を追いかけまわした男が口ごもる。

「ついてないな、なんでよりにもよってアイリーンの馬車に……」

「まずい、逃げるようぜ」

 奴のうしろで、ひそひそ声が聞こえる。

「私に刃を向けたことの意味、分かっていますよね?」

 アイリーンと呼ばれた女性が男たちにすごむ。

「もちろん分かっていますとも……」

 男たちは後ずさる。

 今しかない。

 俺はこのチャンスを逃す気はなかった。

 逃げるに限る!

 俺は一目散に駆け出す。

「!? ちょっとあなた待って……」

 何か言われた気がしたが、俺は止まる気なんてない。

 女性と男たちを背に、俺はひたすら遠くへと走り続けた。


 ここまでくれば大丈夫だろう……。

 街を抜け、しばらく走り続けた俺はどこか分からないが、小さな村の酒場にいた。

 ここではあの街のように俺を噂する人もいなかった。

 俺は金も持っていなかったので、何も注文せず、ただ酒場の端の方にうなだれて座っていた。

「これからどうしよう……」

 とりあえずどこの世界にいても金である。

 金がなければ飯も宿にもありつけない。

 このままでは野垂れ死にするだけだ。

 かといってどうやって金を稼げば良いかも分からない。

 この世界にもアルバイトなんてあるのか?

 そんなことを考えていると、酒場はやにわに騒がしくなった。

 テーブルについていた男女が色めきだした。

 音楽が聞こえてくる。

 酒場の一角で生演奏が始まった。

 彼らはそのリズムに合わせて踊りだした。

 ぼんやりとその光景を眺めていると、誰かに声をかけられた。

「おい、ブドーカ。俺と踊らないか」

 生憎俺にそんな趣味は……。

 と、言いかけて、俺は横を見た。

 単発の男が俺の隣に座っていた。

「お前、この新キャラだよな」

 男は俺に一枚の紙を見せてくる。

 そこには「マキシマ・インパクツ通信」という文字が踊っていた。

 アップデートのお知らせ。

 新キャラ「武道家」追加。

 その文字の下には男の画像が刷られていた。

 白い布切れに身を包んだ男。

 俺だ。

 俺が不愛想な顔でこちらを睨んでいた。

 ああ。

 俺、この世界の新キャラなのね。

 初めて知ったわ。

「なあ、一つ聞きたいんだけど」

 俺は男に尋ねる。

「ここって何の世界?」

 男は答えた。

「マキシマ・インパクツ。格闘ゲームの世界だよ」

 まあ、そうだよな。

 そんな予感がしていたとも。

 俺はため息をついた。

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