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その1

私、格闘ゲームが長年の趣味でして、中学生の頃から遊んできました。

もしそんな世界に入ることができたら……そんなことを考えながら書いてみました。

現実では私フィジカル最弱なんですけどね!

ちなみに運動神経はヒザ神並みです。

 奥深い山。

 そのわずかに開けた森の中に彼の家はあった。

 いや、正しくは家というより、廃屋と言ったほうが良いだろうか。

 ありあわせの木材を継ぎ接ぎにした彼の家は、辛うじて建物としての体裁を保っている。

 彼が拳を突き出すと、衝撃で家が軋む。

 一突き、二突き。

 彼は腰を落とし、拳を繰り出す。

 相手は藁で作った等身大の人形。

 その中心めがけて、一心不乱に打ち込む。

 三突き、四突き。

 彼の拳は止まらない。

 彼が満足するまで、その鍛錬は永遠に繰り返される。

 スピードが上げる……! ラッシュだ。

 彼は呼吸の仕方を忘れたようだ。

 全ての意識を、己の二つの拳に集中させ、さらにスピードを上げた。

 彼の両手は点から線に変化する。

 その速さに目が追いつかなくなったのだ。

 まるで敵を食らわんとする蛇だ。

 残像と化した拳は、藁人形は無限の打撃を浴びせる。

 突き、突き、突き、突き……。

 ふと、打撃が終わる。

 静寂が再び山に訪れる。

 彼が深く息を吐き、藁人形を見ると、それは変わらぬ姿でそこにあった。

 何も変わっていない。

 というより傷一つついていない。

 彼の体から力が抜けていく。

 鍛錬が終わったのだ。

 彼は人形を一なですると、地面に倒れこんだ。

 集中を解いた体を、東からの風が心地よく冷やしていった。

 俺の体はボロボロだ。

 至る所が悲鳴を上げている。

 彼は晴れ渡った青空に見上げ、清々しいまでの笑顔を見せる。

 これはなんというか。

 いつも思うことなんだけれど……。

 うん、弱い!


 世界最弱の男は、今日もトレーニングモードで汗と涙を流すのだった。




 大崎久礼斗は負けた。

 あと一歩のところだった。

 彼がボタンをあともう少しだけ早く押せていたら、きっと勝敗は逆転していただろう。

 体力バーが消える。

 歓声が上がる。

 会場は観客の声で埋め尽くされた。

「決まったーー!」

 俺たちの試合を実況する男の声が、ひときわ大きく響いた。

 画面の中で男が膝をつく。

 最後に立っていたのは、もう一人の男だった。

 画面が切り替わり、勝利した男がポーズを取る。

 俺は目の前が暗くなっていく。

 まるでシンクロしているようだ。

 画面の中の俺の操作キャラと同じように、俺は筐体にうなだれる。

「優勝は〇〇ーー!」

 敗者に向けられる視線はない。

 筐体の向こうで喜びの声を上げる対戦相手を見上げる。

 あと少し、あとほんの少しだけ早くボタンを押せていたら、俺が勝っていたのに。

 俺の一瞬の気の迷いが……。

 その後の記憶はほとんどない。

 ちょっとしたインタビューがあって、気の利かないコメントを二三こと言って、俺はタクシーに乗ってそのまま帰宅した。

 大崎久礼斗はゲーマーだった。

 主に対戦格闘ゲームというジャンルをプレイしていた。

 都内の大学を卒業した後、働きながらちまちまと続けていた。

 腕にはそれなりに自信があった。

 大会ではいつも上位に入った。

 それが自惚れを作ったのだろう。

 三年ほど働いた後、俺は仕事をやめ、ゲームに専念することにした。

 全国規模の大会に優勝して、スポンサーについてもらう、いわゆるプロゲーマーを目指した。

 成績は悪くはなかった。

 いくつかの予選を突破して、大会本選への切符を手に入れた俺は信じて疑っていなかった。

 死ぬほど練習したのだ。

 朝から晩まで。

 一つの技を出す練習、状況確認、連続技、読み合い。

 負けるわけがなかった。

 本選当日。

 順調に勝ち進んだ俺は、決勝の舞台の上にいた。

 相手に不足なし。

 筐体の向こうに座る彼も、優勝候補筆頭の一人だった。

 実況の煽り文句とともに、戦いの火ぶたが切って落とされる。

 操作を受け付けるようになったキャラが、俺たちのコントローラーに連動して動き始める。

 お互いのキャラが近づき、離れを繰り返して技を繰り出す。

 間合いを調整しながら、慎重に歩を進める。

 ある時は大胆に攻めを仕掛ける。

 途中までは俺が優勢だった。

 相手の体力バーだけが溶けていった。

 勝ちを三本先取だ。

 あと一回勝てば、俺の輝かしい将来が見えてくる。

 そのはずだった。

 相手との読み合いにわずかに勝てなくなった。

 わずかというのは、この世界ではひどく重要だ。

 1か0の世界なのだ。

 最後体力が1でも残っていた方が勝ちなのだ。

 相手の方がチャンスをつかむ回数が多くなっっていく。

 俺のキャラは苦しい顔をして地面に倒れこむ。

 同点になってしまった。

 次の試合で全てが決まる。

 接戦だ。

 体力はほぼ同じ。

 お互いあともう一回攻撃を食らえば負けという状況。

 俺はボタンを押そうとして、何かが俺を押しとどめた。

 恐怖だ。

 僕の中の恐怖が一瞬僕の指を止めた。

 その瞬間俺は相手の攻撃を食らっていた。

「決まったーー!」

 相手の連続技を食らった俺のキャラは地面に膝をつく。

 ここでおしまい。

 俺の夢はここでおしまい。

 怖かったのだ。

 ボタンを押して、逆に相手の攻撃を食らうことが。

 恐怖心が俺を敗者にしたのだ。

 最後の最後でじゃんけんに負けた俺は、そうして今酒におぼれていた。

「なんで押せなかったんだ……」

 コンビニエンスストアからの帰り道。

 俺は新たに調達してきた酒をあおりながら、深夜の道を歩く。

 俺の横を車が通り過ぎていく。

 理由ははっきり分かっている。

 俺には足りなかったんだ。

 いくら練習しても身に着けられなかったんだ。

 思い切り。

 あと一歩のところで踏み込む胆力。

 俺は本物の武道家ではない。

 所詮はただ少しゲームの上手いだけの男。

 夢を逃した哀れな男は、缶に入った酒を一気に飲み干すと、ふらふらと道端に座り込む。

 涙が頬を伝う。

 止められない。

 制御ができない。

 止まる術をなくした涙が俺の顔をぐちゃぐちゃに濡らしていく。

「大丈夫ですか?」

 気が付くと女性が俺の前に立っていた。

 女性は雨も降っていないのに、傘を手に持っていた。

「何かあったんですか? ここだと危ないですよ」

 こんな深夜に一人で泣きはらしている男に声をかけるなんて、物珍しい女性もいたものだ。

 俺は彼女を見上げる。

 涙でぼやける視界。

 うまく彼女の姿をとらえることができない。

「立てますか? ひとまずどこかベンチでも座りましょう」

 彼女が俺に手を差し伸べる。

 俺に優しい笑顔を向けた。

 そんな気がした。

 あるいは俺の愚かな願望だったのかもしれない。

 ただこれが俺の前世での最後の光景だった。

 次の瞬間、制御を失ったトラックが俺たちに突っ込んできて、俺と彼女は深い暗闇の中に落ちていった。

 俺は何も救えなかった。

 自分自身も、彼女も。

 そんなことをぼんやりと考えながら、生と死の狭間のわずかな時をさまよっていると、僕の脳裏に何かの映像が流れ込んできた。

 女神は消え失せ、そして本物の女神が俺の前に現れた時、俺はそれを発見した。

 彼女の手にはパッドが握られていた。

 ゲーム機に接続するコントローラーだ。

「どういうこと?」

 僕は叫びながら、その空間の地面に激突した。

 女神は笑った。

 片目を覆う長い前髪の隙間から、悪戯な瞳が俺を見た。

 ……これが勝利の女神か?

 俺は地面に倒れこんだ姿のまま、しばらく彼女と見つめあうのだった。

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