城屋ホテル その1
中島町の「ビブレ」は、時折しか灯りがつかない店だった。
昔はもっと賑やかだったらしい。今では常連客と、たまに帰ってくる者たちが集まるだけ。カウンターにはウイスキーの瓶と灰皿が並び、カラオケ機器は黙ったままだった。
「不知火町って知っとる?」
タカコが、グラスの氷を揺らしながら言った。
「城屋ホテルがあったんよ。うちの母の実家。私も小さい頃はよく遊びに行っとった」
その語り口は、少し酔いが回った女のものだったが、声の奥には何か湿ったものがあった。
「火事になったんよ。突然の大火事で。ホテルは全焼。母と、あと、ひとりの消防士さんが亡くなった。あのとき……私は、なんでか助かったと」
グラスの縁を指先でなぞりながら、タカコはぽつりぽつりと話を続けた。
「逃げ道もなかったんよ。普通は助からん。でも、私は無傷。母は……部屋の奥で焼けてしまったらしか。消防士さんも……間に合わんかったらしい」
沈黙が降りる。誰も口を挟まなかった。
やがて、ユキエが静かに言った。
「そげん火事に遭ったらね、魂はすぐには昇れんとよ」
ユキエはグラスを拭きながら、カウンター越しにタカコの目を見ていた。
「母は、たぶん今も彷徨っとるばい。まだ、成仏しとらん。そう思うとよ」
サキが言葉を探していると、タカコが微笑んだ。
「でも、それでも私は生きとる。酒飲んで、煙草吸って、バカ話して……ユッコと出会って、ユキエママとこうやって笑って」
グラスを掲げて、タカコはぽつりとつぶやいた。
「成仏って、そういうことかもね。残された人が、ちょっとずつ、自分の中で整理つけていくことやろ?」
ユキエが軽く頷いた。




