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大粛清

「よもや、ここまで証拠が集まるとは思わなかったな」


 思っていた以上に不正の証拠が集まって、ハックルは呆れ返っていた。あからさまな改竄をしていたから、ある程度の自覚はあったのは間違いない。

 だが、ここまで無防備というか無警戒だと逆に罠でないかと勘繰ってしまうほどだ。


「あの三人が集めた証拠ですから、間違いはないかと思いますが……それにしても、これは何というか。言葉になりませんな」


 その一部を流し読みして、ノキュも呆れたように息を吐いた。


「それにしても、あの三人はお前が調べた通り有能かつ信頼のおける人間のようだな」

「前領主があれだけ無駄遣いをしていながらも、どうにか領地……というよりは商人や職人が生計を立てることができていたのは、あの三人の力によるところが大きいかと」

「前の領主は随分と勿体ないことをしていたものだな。誠実に助力を頼んでいれば、もっと領地を発展させることも容易かっただろうに」

「自分が贅沢をすることしか考えていないから、でしょうな」

「価値観の違いかもしれんが、それにしても、な」


 ハックルは小さく首を振った。

 サイカオでは自分一人でどうにかできることは少なく、グロンを始めとした周囲の人間の力を借りて領土を運営していた。

 だが書類を見る限りでは、前領主は自分で好き勝手やっていたようにも見受けられる。


「贅沢をしたいのなら、まず領地を豊かにするべきでしょうな。そうすれば、無理な重税を課さずとも自ずと税収も上がりますので」

「贅沢、か、俺には無縁の言葉だが」

「ハックル様はそれでよろしいかと。身の丈に合わないことをするのは、最悪破滅を招きかねません」

「その忠告は胸に刻んでおこう。それにしても、少し遅いな。領主が呼び出したのなら、すぐさま駆け付けるかと思っていたが」


 証拠が揃ったこともあって、ハックルはイントラを始めとする不正を行っていた人間を処分するために呼び出していた。

 だが、ダミナにイントラ達を呼んでくるように頼んでから、かなりの時間が経過しているにも関わらずいっこうに姿を現す気配すらない。


「まさかとは思うが、処分されると察して、先手を打って逃亡したか」

「さすがにそれはありますまい。そこまで勘が良ければ、あんな杜撰に改竄した書類で誤魔化そうとは思わないでしょう」

「まあ、逃げてくれたならそれはそれで面倒事が減って助かるが」

「ハックル様、その場合もっと面倒なことに……」


 ノキュがそう言いかけた時、ノックをする音が響いた。


「ハックル様、用件があるとのことですが」

「入れ」


 イントラの声が聞こえたので、ハックルは入るように促した。


「失礼します」


 イントラを始めとして十数人が部屋に入ってくる。サイカオでのハックルの執務室は五人も人がいると狭く感じるような部屋だったが、この執務室は十数人がいても全く狭苦しさを感じさせない。


「随分と遅かったようだが、何をしていた?」

「いえ、人数が人数ですので、全員を集めるのに時間がかかりまして」


 ハックルはイントラだけでなく、他の人間の顔も軽く見てみたが、あからさまな嘘を言っているようには見えなかった。

 何かに感づいて対策でもしていたのではないか、という疑念はあったが、少々対策されたところで問題ないくらいの証拠は揃っている。


「さて、今日お前達を呼んだのは他でもない」


 ハックルは立ち上がると、不正の証拠をイントラの眼前に突き出した。


「い、いつの間にこんなものを」


 証拠を見たイントラの顔が、みるみるうちに青くなっていく。


「身に覚えがない、とは言わせないが」


 ハックルは畳みかけるように告げる。


「た、確かに我々が……いえ、我々は仕事をする上で、これだけの金額が必要だったのです」

「ほう」


 ここまでの証拠を突きつけられながらもなお、反論するイントラにハックルはある意味で感心していた。伊達に前領主の元で不正の手助けをしていたわけではない、ということらしい。


「俺は前領主の時と同じ待遇を約束したはずだが? それに、金が必要なら独自の判断で動くのではなく、俺の指示を仰ぐのが当然だと思うが」

「そ、それは……」


 ハックルに正論を言われて、イントラは言葉を返せなくなっていた。


「しかも、一人二人でなくこの人数だ。さすがに個々でやっていたとは思えないな。しかも、領主が変わったのをいいことに、自分達の取り分を増やしていたようだが」

「な、なら、我々をどうするつもりで」

「然るべき対処をするだけだ。いくらお前達で、どうなるかくらいは理解できそうなものだが」


 狼狽えるイントラを前に、ハックルは冷酷な声で言い切った。


「どうして、こんな……」


 それを聞いて、イントラはその場に崩れ落ちる。


「田舎者の分際で!!」


 一人が耐えきれなくなったのか、大声を上げてハックルに飛び掛かった。

 だがついこの間まで最前線で戦っていたハックルからしたら、その程度をいなすのは簡単なことだ。


「……うっ」


 あっという間に腕を取られて、床に組み伏せられていた。


「な、何で領主があんな動きを……」

「おいおい、前の領主は自分の身を自分で守ることもできなかったのか。領主など、いつ命を狙われるかわからんというのに」


 ハックルは組み伏せていた男を解放すると、その場の全員を軽く見渡した。

 王都の隣で平和に暮らしていた人間からしたら、常に戦場にいたハックルは化物にも見えるだろう。


「あなた方の敗因は、ハックル様を甘く見過ぎたことですな」


 ノキュが今まで溜まっていた鬱憤を晴らすかのように吐き捨てる。


「甘く、見過ぎていた、だと?」

「ああ、最後に一つだけ」


 ハックルは崩れ落ちているイントラに顔を近づけた。


「馬鹿には二種類いるってことを知っておくべきだったな」

「それは、どういう」

「まず自分が馬鹿だと気付いていない馬鹿。これは救いようがない馬鹿だが、自分が馬鹿だと気付いている馬鹿は、まだ幾分ましだ」

「で、では、お前は自分が馬鹿だと気付いている、とでも」

「当たり前だろう。だからお前達は俺を馬鹿だと思い込んで、今まで通り……いや、今まで以上にやれると勘違いしてしまった。良い勉強になったな。もっとも、それを生かせる機会は二度とないだろうがな」


 ハックルは立ち上がると、呼び鈴を鳴らした。

 外で待機していたダミナと部下数人がノックもなしに入ってくる。


「手筈通りに頼む」

「了解しました」


 ダミナ達は手際よくイントラ達を拘束していく。ここまで来るとさすがに諦めたのか、誰一人として言葉すら発することもなかった。


「どうする、つもりだ」


 今にも消え入りそうな声で、イントラがそう言った。


「サイカオではこういった事例はなかったから、どうしたら良いのか困ってもいる。まあ、ここの法律にに沿って処理するのが妥当なのだろうな」

「意外と律儀なことで。お前が領主なのだから、法律など好き勝手できるものを」

「だからといって、領主が好き勝手して良いわけでもあるまい。俺はお前達とは違う、領主は領民からの税金で生活をする権利はあるが、同時に領民の生活を守る義務もある」


 ハックルは淡々とそう告げる。

 サイカオで領主が好き勝手やっていたら、それこそ一か月と持たずに破綻してしまうだろう。セアンサが持ちこたえていたのは、それだけ領地そのものが潤っていたからともいえた。


「……馬鹿のふりをした馬鹿に、足元を掬われたということか」


 諦めたような、それでいてどこかハックルを見直したような感じでイントラは言う。


「馬鹿のふりをしていた覚えはないがな……連れていけ」


 ハックルはダミナに命令した。

 これ以上話をしていると、余計な温情をかけそうになりそうだった。


「了解しました」


 ダミナもその意を汲んだのか、短く答えるとイントラ達を連行していった。


「終わりましたな」

「そうだな。だが、これからが始まりとも言えるか」


 ねぎらうようなノキュに、ハックルははっきりとそう言った。今は不正をしていた人間を処分しただけに過ぎず、これからやることは山のようにある。


「確かにそうですな。あれだけの人数を処分したのですから、人手が足りなくなるでしょう。それも見越して、あの三人に声をかけたのだと思いますが」

「あの三人は信頼できるし、それだけの能力も持ち合わせている。だが、それぞれ本来の仕事を持っているから、こちらに協力できるのは限りがある」

「あの三人はそうでしょうな。ですが、その配下を借り受けるくらいは問題ないでしょう」

「やはり、それが一番手っ取り早いか。すぐに連絡を取ってくれ。それと、俺にはこの館は不釣り合いだ。人数も減ることだし、別の場所に移りたいと思う」

「そうおっしゃると思いまして、すでに候補をいくつか用意してあります」

「お前、本当は人の心が読めるんじゃないか?」


 ノキュのあまりの手際の良さに、ハックルは少し気味悪さまで感じていた。


「いえいえ、ハックル様とは長い付き合いですから。大体考えることはわかります。それに、あなたに内政のことを教えたのは誰だとお思いですかな」

「それも、そうか」


 ノキュの言葉に、ハックルはたまらず苦笑していた。ハックルに内政のあれこれを叩き込んだのはノキュなのだから、こちらの考えることは大抵お見通しでもおかしくはなかった。


「それと、一つだけ申し上げたいことがあります」

「何だ」

「ご自分を卑下するのはおやめください。あなたは自分を馬鹿と言いますが、本当に馬鹿なら私は内政のことを教えようとは思いませんでした」

「それは、ああ言えばあの手の輩には効くかと思ったんだ」

「あなたも中々に人が悪い」

「褒め言葉として受け取っておくよ」


 ハックルはふっと笑みを漏らしていた。


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