密談
「今のところは大人しくしているようだな」
イントラから渡された報告書に目を通して、ハックルは意外そうに口にしていた。
あの様子だとすぐにボロを出すのではないか、と予想していたが思っていたよりもしたたかな部分もあるらしい。
「万が一改心したのなら、それはそれでこちらの手間が減るというものでしょう」
別の席で書類に目を通していたノキュだったが、一区切りついたのか立ち上がった。
「ハックル様、少し休憩いたしましょう。サイカオにいた頃よりも、仕事量は増えておりますので」
「そうだな。サイカオではグロンや他の面々が手分けしてくれていたのもあるが……商人と職人が基盤の領土というのは勝手が違う。サイカオは自給自足なところもあったが、ここでは足りない食糧は他から購入するのが普通らしい」
サイカオにいた頃とは随分と勝手が違うこともあって、ハックル達は四苦八苦しながら仕事をしていた。経済を支える基盤から始まって、人口や文化、風土といったものが何もかも違っている。
それに慣れるためにも元からいる人間の力を借りたかったが、あの様子だとそれも難しかった。
「ハックル様、どうぞ」
ノキュが淹れてくれた紅茶を口にして、ハックルは一息ついた。
「良い茶葉を使ってるな。こんな贅沢品、サイカオじゃお目にかかれないな」
「全くもってその通りですな。まあ、領主であればこのくらいは役得というものでしょう」
「違いない、と言いたいところだが」
ハックルは遠くサイカオに思いを寄せていた。
今でも苦労しているであろうグロンやサイカオの民のことを思うと、自分だけが贅沢をしているのは心苦しくもある。
「人は、それぞれ与えられた場所で生きていくしかないのですよ。サイカオのことは、グロン様達に任せましょう。あなたはここセアンサの民のことを考えないといけません」
「……そう、だな。わかってはいるんだが、心境としては難しいものだ」
ハックルは紅茶を飲み干すと、ゆっくりと息を吐いた。
「しかし、ここの元領主は随分と荒稼ぎしていたようですな。そして、それ以上に金遣いが荒いとは呆れてものも言えないとはこのことかと」
「そうだな。サイカオで同じことをしていたら、間違いなく破綻している。だが、セアンサはそれに耐えられるだけの地盤があった、ということか」
呆れたように口にするノキュに、ハックルはそう応える。
現状を見る限りここまで税収を重くしなくても問題なさそうだが、それ以上に金遣いが荒いのならいくら金があっても足りなかったに違いない。
「やはり、直接聞くのが手っ取り速いか」
ハックルは前から考えていたことを口にした。
イントラ達が改竄しているのだから、真実を探るなら他に当たるしかない。少々準備に時間はかかるが、いずれはやる必要があることだ。
「そう言うと思いまして、既に準備は整っております」
だが、ノキュはハックルの思考を完全に読んでいたのか、既に準備ができていると報告する。
「相変わらず仕事が早いな。だが、俺がそうするつもりがなかったらどうしていた?」
「その時は、進言するまでのことです。ハックル様なら進言を聞き入れて下さるでしょう」
「随分と信用されたものだな。まあ、悪い気はしないが」
ハックルは笑みを浮かべると、残っている書類に目を通し始めていた。
「新しい領主様ねぇ」
「我々に話を聞きたい、とのことだが……どうして領主の館ではなく、わざわざこちらに出向くんだ?」
「さぁ、お偉いさんの考えはよくわからん」
協会の一室に、セアンサの有力商人や職人の代表が集まっていた。
商人協会のトップであるザント。
職人協会のトップであるオルドス。
そして、領主とその二つの協会の橋渡しをしてきたライナ。
いずれもセアンサでは名の知れた有力者達だった。
だが、三人ともこの状況に困惑を隠し切れずにいた。
領主自ら話を聞きたいというだけでも驚かされたのに、わざわざこちらに出向くというから無理もない話だ。
ノックの音がしたので、集まっていた代表達はそちらに視線をやっていた。
「待たせてしまったか」
ハックルが入室すると、その場の全員の視線が集まっていた。
「いえ、そのようなことは。それよりも、領主様自ら訪れるようなことはせずに、こちらを呼び出しても良かったのですが」
ライナがそう口にする。
三人の中で唯一の女性ではあるが、二つの協会と領主との間でやり取りを続けていたこともあって、並大抵の男では及ばないような雰囲気を身にまとっていた。
「本来なら、そうするべきなのだろうが……この領地は中々に厄介な問題を抱えているようだ。そういったこともあって、こちらから出向くことにした」
ハックルがそう言うと、その場の全員が理解できないという顔になっていた。確かに前の領主は横暴ではあったが、新しい領主が厄介な問題に思うようなことは全て清算されているはずだった。
「その前に、まだ名乗っていなかったな。俺はハックル、知っているとは思うが、ここの新しい領主になった。そして、こっちは……」
ハックルは自分が先に名乗ると、傍らにいたノキュに視線をやった。
「ハックル様の執事を務めている、ノキュと申します。どうぞお見知りおきを」
それを受けて、ノキュが恭しく一礼する。
その無駄のない動作に、その場の全員はノキュが只者でないと察していた。
「さて、自己紹介も終わったところで本題に入りたいのだが……」
「お待ちください」
ハックルがそう言いかけると、ザントがすっと手を上げた。
「まだ我々が名乗っていません。それとも、我々の名前など知る必要もないと仰せですか」
「……すまなかったな。確かに、お前達の言うとおりだ」
ハックルの言葉に、三人は驚いて互いの顔を見合わせていた。
自分達の主張は間違っていない。
それははっきりとしているのだが、ハックルがあっさりと非を認めて謝罪したことに驚きを隠し切れなかった。
「名前のついでに各々の立場も紹介してもらうと助かる。意見を聞くにしても、それを知っているかどうかで変わってくるからな」
「では、まずは私から……商人と職人のまとめ役をやっている、ライナです」
「自分は、職人協会の代表を務めているオルドスです。自分の店では主に細工品や宝石などを加工しております」
「商人協会の代表、ザントです。当店は主に職人に作って頂いた物を取り扱っております」
三人は自分の名前と立場を紹介した。
「つまり、各々がこの領地の有力者であるということでいいのか」
「……有力者、というと語弊がありますが。前の領主と直接やり取りをしていたのは、主に私達になりますね」
ハックルの質問に、ライナがそう答えた。
「なら話は早そうだな。前の領主は不正をしていて、それが原因で領主が俺に替わることになったわけだが……その辺りの詳しい事情が知りたい」
「何故、そのようなことを私達に?」
ライナはハックルが自分達を領主の館に呼ばなかった理由を察していた。前領主に仕えていた人間に聞かれたくない話をするに違いない、と。
「前の領主に仕えていた人間は、やましいことをしているようでな。おおよその見当はついているが、それだけで処分すると後々に面倒事を抱えるかもしれない。だから、多方面から徹底的に言い逃れができないくらいに追い詰めた上で処分しようと考えている」
「それは、我々を信頼してくれている、と受け取って良いのですかな」
「気分を悪くするかもしれないが、ある程度のことは調べさせてもらった。その上で、信用に値すると判断した」
ハックルがこの三人を呼んだのは、有力者だからというだけではない。各々を調査した上で、能力人格共に問題ないと判断したからだった。
「いえいえ、それは当然のことです。むしろ、何の根拠もなしに我々に当たったとなれば、逆に不信感を抱きますな」
ザントはハックルが見た目によらず、思慮深い人間だと感じていた。ただ有力者というだけで接触してきたのなら、見切りをつけようとも考えていた。
「で、領主様は何が知りたいのかね」
「そうだな……ノキュ、例の物を」
「承知いたしました」
ノキュはセアンサの収支表――とはいっても、イントラ達が改竄したものだが――を三人に手渡した。
「良いのですかな。このような重要なものを自分達に見せても」
「半分近くはでたらめだ。それに、俺は各々と腹を割って話をしたいと思っている。それは、その証と思ってくれればいい」
「ほう……そこまで言われると、職人としては応えないわけにはいきませんな」
オルドスはハックルの対応を気に入っていた。腹を割って話たいと言われて、その証まで見せられたら職人としては無下にすることなどできない。
「確かにこれはでたらめにもほどがありますが……これを正しい数値にしたとして、領主様はどうしたいのですか」
「領主様、と言われるとどうもしっくりこないな。名前の方で呼んでくれて構わない。で、これを正しいものにした場合どうなる?」
「ではハックル様。この収支表を適正なものに修正しますと、相当な用途不明金が出てくるようです」
ライナは収支表をざっと見通してから、そう言った。
「この短時間でそこまで見通すとは、さすがですな」
そのあまりの速さに、ノキュが感嘆の声を上げる。
「いえ、私は仕事柄こういったことが得意なものですから。それで、どういたしますか」
「まずこの事実を突きつけて、関係者を一斉に処分したい。そのための証拠集めを手伝ってもらいたい、というのが一つ。そして、これは事が終わってからの話だが、この金を有効に使いたいと考えている」
「それは、どういうことでしょうか」
「俺も領主としてやっていくからには、ある程度の金を納めてもらわないと困る。だが、これはどう考えても取り過ぎだ。お前達も苦労していたのではないか」
ハックルがそう言うと、三人は唖然としたような顔になっていた。
「どうしたんだ」
「い、いえ。そのようなことを言われるとは思わず」
「その辺りも、おいおいな。だが、今は目の前の問題を解決するのに協力してもらいたい」
「はい」
「了解しました」
「仰せのままに」
三人はハックルが全領主とは違う、と確信して返事をしていた。




